となりの七瀬くん 投稿者: マイクD
七瀬 彰、197×年3月6日生19歳O型。
俺、藤井冬弥の小学校時代からの親友。いわゆる「竹馬の友」てやつ。
女性的な容姿、中性的な顔立ち、おっとりとした性格のミステリーおた・・・いや、ファン。
長も、短も知り尽くした、はてはお互いのけ・・いや、お尻のホクロの場所までも知り尽くした仲。
ちょっと天然が入っているけど、気の優しい、とってもいい奴だ。
彼女いないけど。

大学の学食。40年前からそのまんまの設備とメニュー。はいつくばるネズミの屍骸とゴキブリの巣。
下手をすると、そこいら辺の公立高校の方が遥かに優れた設備とメニューであるという、国宝級の学食。

カオスとカオスのドッキング。レッドキングではない。そんなことはどうでもいい。
その学食で昼食をとったときのこと。
俺はカレー、彰はラーメンを頼んだ。

「おばちゃーん、俺カレー、大盛」
「おばさん、僕はラーメン」
「はいよ、カレーにラーメンお待ち!」

俺は不意に横をみる。彰の顔を。みると眉を下げ、あきらかに不快な顔つきをしている彰の姿が。

「おばさん、ラーメンに指がはいってるんだけど・・・」

なるほど。ラーメンを手渡そうとしたおばはん、みれば鉢を持つのはいいが、
鉢を支える親指がスープの中にモロに浸かっている。しかも第二関節まで。

「あ、あの、おばさん・・・ラーメンの中に指が入っているんだけど・・・・」

彰はのたまう。

おばはん曰く

「ああ大丈夫、熱くないから」

はっはっはと豪快に笑うおばはん。
いや、そうじゃなくて。

十分後、トイレの中で、わかってねえんだよババアと何10辺も口走りながら、
ラーメンを捨て、その後壁に向かって拳を突く彰の姿があった。涙を流しながら。

内気で他人に言いたいことの言えない、気の優しい彰くん。
そんな気の優しい彼が、僕らは大好きだ。
彼女いないけど。




七瀬 彰、197×年3月6日生19歳O型。
ちょっと天然が入ってぼおっとしているけど、とってもいい奴だ。

これもまた一つの話。
それは俺と、俺の幼稚園以来の幼なじみ、河島はるかとリフレッシュコーナーでくつろいでいた時の話。

「彰、ぼおっとしてると女の子にもてるって、聞いたことある?」
「?」
「・・・聞いたことない?」
「ないけど・・・」
「ほら、少女マンガに出てくる男の子ってさ、ちょっと天然入ったぼおっとした奴がもててんだろ?」
「・・・そうなの?」
「だからさ、彰って結構女の子の間で、ポイント高いと思うぜ・なっ、はるか?」
俺ははるかに同意を求めるように、肘をついてはるかにゼスチャーする。

「・・・うん、そうだね」
にっこり微笑む、はるか。

「彰って顔立ちいいし、可愛い系だもんな。なっはるか?」
「・・・・うん、そうだね」
にっこり微笑む、はるか。

「・・・・」
「・・・・」
「・・・・」
「・・・・」

その後しばらく、普段以上にぼおっと惚け、女の子のグループがいると見ると、何気なくツツと近づく彰の姿をよく目にした。

「・・・・あいつって、えっちだな」
「うん、えっちだね」
二人一緒に妙な納得をする、俺とはるか。

人にだまされやすく、ちょっと天然が入っている、お人好しの七瀬くん。
ちょっとえっちだけど、そんな彼が僕らは大好きだ。
彼女いないけど。




七瀬 彰、197×年3月6日生19歳O型。
ちょっとアーティスティックな趣味を持つ、とってもいい奴だ。

「へぇ、彰が絵を描いてる」

美術室。休憩時間、一緒に美術室の横をふらりと歩いていた俺と、
高校時代からの先輩で俺達のお姉さん的な人、澤倉美咲さんが目にしたものは、油絵に取り組む彰の姿だった。

「彰、何描いてんだ?」
「あ、冬弥。それに美咲先輩」
「七瀬くんて油絵が趣味だったの?知らなかった、私」
「へへへ、最近始めたんです」
「結構さまになってんじゃん。ハカセくんみたいな格好で」
「・・・・冬弥、それ、誉め言葉?」
「無論」
「で、七瀬くん、何描いてるの?」
無理矢理話を変えようとする美咲さん。たぶん気をそらそたのか。

「おお、そうだそうだ。彰ちょっと見せてみそ?」
「だ、だめだよ。まだ完成してないんだから」
「いいじゃん。変だって笑わないから」
「・・・・絶対?」
「うん、絶対」
という言葉は、破られるために存在する。

「・・・じゃあどうぞ!」

彰はそう言うや否や、くるうりとカンバスを俺達の方に向けた。

「・・・・なにこれ」
「・・・・どうかな?」
「どうってお前・・・」

みると、真っ暗に塗られた全体像、そして所々に座禅を組んだチベット僧が鎮座し、
さらに中央にはマグマ大使のゴアのような顔をしたおっさんが犬にまたがり槍を持ち、
なぜかおっさんは頭にカニの甲羅を逆さにつけて、さらにその上にバナナの皮をのせていた。

「・・・どうかな。こんどの公募展に出展してみようと思うんだけど・・・」
それは辞めた方がいいと思う。懸命な処置だ。

「題名も決めてあるんだ」
ニコニコしながら得意げに話す彰。
「・・・・・なんて?」
「『漆黒のジャマイカ』」
謎である。

「・・・どこいらへんがジャマイカなのかな、彰クン?」
「ええー、わかんないかな。ほらここ」
そういって彰が指で指し示した場所には、ジャマイカの国旗がなるほど描いてある。右隅に。しかも小さく。

「・・・・変?」
変だ。変すぎる。あまりにもオブライエン的だ。そんな人知らないけど、確かにオブライエン的だ。

「あら、上手ねー」
戸惑う俺とは対照的に、はじめて絵を描いた子供の絵を誉めるような口調で話すのは、美咲さん。
「ほんと?美咲先輩」
目を爛々と輝かせる彰。こいつ美咲さんに誉められるとすぐこれだ。ちっ。
「ええとっても上手よー」
何を言うか、美咲さん。甘やかしてはいけない。もっとこう、言わねばならないことがあるだろうが。
一発ビシッと言ってやらねばならないことが。
大阪弁に訳すと「一発ガツンとかましたらなアカン」となることが。
それにしてもなぜこういうシチュエーションの時に、妙にはまるのだ。大阪弁は。
そんなことはどうでもいい。
今はこのオブライエン的な絵画を問題にせねばなるまい。

しかし見れば二人はその後、抽象絵画論についてたたかわせ、もはや俺のことなど眼中にない。
なぜだ、なぜなんだ。余りにも不条理だ。マイクDだ。

それにつけても恐るべきは、オブライエン。お前はいったい誰何だ、オブライエン。
俺はオブライエンにいたたまれず、その場を去っていった。
さらばオブライエン。また会おうオブライエン。そんな人知らないけど。

アバンギャルドで、美咲さんが大好きな、オブライエンな七瀬くん。
ちょっと変な奴だけど、そんな彼が僕らは大好きだ。
彼女いないけど。

彼に幸多からん事を。(完)