「鍋」 ACT 4 投稿者:マイクD


<あらすじ>
鶴来屋グループの会長を務める柏木千鶴の妹梓は、鶴来屋存立を賭けて
美食家唐筑前と、鍋による料理勝負を行うことになった。梓は果たして
どのような鍋で勝負に挑むのか・・・・・・。
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「怒りのぶつけどころってお前、そりゃ要するに単なる八つ当たりじゃねえかよ」
梓の「怒りのぶつけどころが欲しいだけ」という言葉に俺は呆れ返った。
「それじゃいけない?」しゃあしゃあと言う梓。
「当たり前だ、んなもんに付き合ってられるか。俺は東京へ帰る」
「耕一!小鳥の様な乙女の危機を見捨てるっていうの?
さっきは「しょーがねな」とか調子の良いこと言っときながら」
「誰が小鳥の様な乙女だ。牛も一ひねりで絞め殺せそうな腕力の女が、何を言いやがる」
「フン、逃げられると思ってるの? 楓!」
立ち去ろうとする俺を見て、梓はつかさず楓ちゃんに命令するかのような口調で叫ぶ。
するとどこから持ち出したのか、楓ちゃんは荒縄で俺の体を
ボンレスハムを縛るように縛り上げてしまう。
瞬殺の速さとは正にこのことを言うのか。それにしても楓ちゃん
どこでこんな荒技を身につけたというのだ。このお子様は。
「は、放せー」
「ふん、逃がしゃしないよ」
「この鬼ー」
「そうだよ」
「・・・・」そうだった。

「お兄ちゃん・・・・初音を見捨てないで・・・・お願い・・・・」
「・・・・」
瞳に雫をあふれさせ、行っちゃいや行ったら初音泣いちゃうからねいいでしょ
お願いだから1/1ピカチュウ買ってママ、
と言いたげなポーズを取る初音ちゃん。なんやねんそれ。
「耕一さん、逃がしはしませんよ。
柏木の男子たるもの、最後まで責任をとってださい」
「・・・・」
ゆらありと髪をゆらめかせ、つぶやく千鶴さん。
周りの温度が4度ほど下がったような気が。
あのー責任って俺、部外者なんすけど。
「・・・・・耕一さん、死ぬ時は最後まで一緒です・・・・・」
「・・・・」
俺の体を縛り上げた縄を手に持ち、そっと俺の耳元で物騒なことをささやく楓ちゃん。
楓ちゃん、思えばACT 1からまともなセリフを口にしたのは
これが最初のはずだが、初めて喋ったセリフがこれかい。この娘がある意味一番恐い。
「・・・・・耕一。アンタはこの町に足を踏み入れた時から、もう火鉢の中に手を突っ込んでんだよ。
アンタと私、いやさ、私たちは一蓮托生呉越同舟、呂布と陳宮、朱元章と徐達毛沢東と林彪のように
切っても切れない間柄。逃げようなんて言葉、よもや口にはしないだろうね。しない?よろしい。
だったら、さあ、最後まで付き合って貰うからね!!」
最後に耳にするセリフは梓のドスの効いたお言葉。
口を歪め歯を出して、にたありと笑ってやがる。
あのー呉越同舟って、この場合意味が違うと思うんですけど。
それに例えにだした連中は、どいつもこいつも仲間の裏切りで非業な最後を遂げた奴ばかりじゃないか。

4人が4人皆それぞれに違ったセリフを口にしたが、
要は皆が皆、俺を脅迫威嚇しているに過ぎない。
俺は小刻みに体を震わしながらみんなの顔を見上げる。あ、目がすわってる。
俺は今改めて、鬼の一族に生まれたという己の身の不幸を嘆いた。

「真面目な話、半端な鍋じゃ太刀打ちできないぞ。どんな鍋で勝負する気だ?
相手は変態オヤジとはいえ、一応は名の通った美食家なんだから」
気を取り直した俺は、梓にたずねる。
「だからさっきも言ったじゃん。あの浜鍋で勝負するって」梓。
「でもそれだけだとインパクト弱くねえか?」
「例えば?」
「審査する人間は温泉組合の人間、即ちここ地元の人間だろ。
地元の人間が地元の郷土料理を食べたって、印象にかけるんじゃねえのか?」
「でも逆に言えばさ、地元の郷土料理だからこそ、地元びいきで
評価を高くするっていうのもありなんじゃない?」
「お前そりゃ甘いぞ」
「だいじょーぶ、だいじょーぶ。んじゃ、ぼちぼち始めるとすっか!」
よっこらしょっとと言うオバハンくさい掛け声とともに腰を上げる梓。
こうなったら俺も腹を据えるしかない。もうヤケクソ。

「梓お姉ちゃん、私も手伝う!」すっくと立ちあがり叫ぶように言う初音ちゃん。
「耕一お兄ちゃんや梓お姉ちゃんが真剣に戦うのに、
私だけのんびりと見てられないよ。私にも何か手伝わせて」
ほんまにええ娘や、この娘は。素直すぎる。でも真剣というのは違うと思うが。
「・・・・・・・・・」
「え、私は料理なんかできないけど、
耕一さんが戦うのを黙って見ているわけにはいかない。
だから私も何か手伝わせてだって?楓ー、さすが私の妹! よーし、頭なでなでしてあげる!」
楓ちゃんの健気な言葉。美しい姉妹愛。
「妹達ばかりに任せて長女たる私が指をくわえて見ているだけでは
しめしがつかないわ。よし、ここは私も一肌ぬいで・・・・」
握り拳をぎゅっとにぎりしめ、みなに言い渡すように話す千鶴さん。しかし、
「んじゃ初音、とりあえず材料揃えよう。めぼしいものは・・・」梓。
「えーとね。お魚に白菜、椎茸、豆腐にお味噌、それからえーと・・・・」初音ちゃん。
「あのー、もしもし?」千鶴さん。
「楓、早速明日市場に行って材料揃えてきて」
「・・・・・・・」(コクン)
「あ、俺も明日行くよ、朝市に。楓ちゃん、一緒に行こう?」
「・・・・・・・」(ぽっ)
顔を赤らめ、もじもじしながらうなずく楓ちゃん。
「あ、あのー私も・・・」
「あ、楓お姉ちゃんずるい。私も一緒に行く。いいでしょ耕一お兄ちゃん?」
「うん。それじゃあみんなで行くか」
「あのー・・・・」
「さーて燃えてきた!! 腕が鳴るー!」
「おーい」
「それでさー」
「それでね・・・・」
「うーん、むずかしーねー・・・」
「・・・・・・」
「あさー」
みんながみんな、千鶴さんを無視する。しかも意識的に。そしてあからさまに。
ま、無理もないが。
料理という言葉に千鶴さんを触れさせてはならぬ、というのは柏木家の血の鉄則。
情けは無用。かわいそうだが。
心の中で、俺は千鶴さんに手を合わせた。「合掌」と。

・ ・・・・・・・・・・・・ACT  5へ続く

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はい、こんばんは。マイクDでございます。
ACT 4、遅まきながらアップしたのでここに掲載させていただきます。

今回はストーリー展開はあまり進んではおりませんし、
料理をネタにするとさけられない千鶴さんネタをお約束で使いましたが、
それはご愛敬ということで・・・・(汗)
そのかわり話は会話文主体だったので、以前にくらべると若干読みやすくなった
のではないでしょうか。

ではまた長くなるのでこの辺で。またACT 5でお会いいたしましょう。