「鍋」 ACT 1 投稿者:シャアのじんじろ毛


 「もういいんじゃねえか?フタあけるぞ」早く食いたいと急かす、意地汚い俺。
 「だーめ!こういうのは最後が肝心なんだから」やたらと仕切る、鍋奉行梓。
 「お兄ちゃん、もうちょっとだよ」くすくす笑う、天使の笑顔の初音ちゃん。
 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
  じっと鍋を見つめる、相変わらず無口な楓ちゃん。
 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・とろろ」
  意味不明なことを口走る、相変わらずピンぼけな千鶴さん。
 ぐつぐつぐつぐつぐつぐつぐつぐつぐつぐつぐつぐつぐつぐつぐつぐつぐつ
 ・・・・・・・煮える鍋。

 俺、柏木耕一は年末年始の学校休みを利用して、千鶴さんたちの待つ隆山町へ
遊びに来ていた。この海と山に囲まれた、豊かな温泉地で年を越すために。
 毎年毎年、年末はバイト三昧の日々を過ごし、大晦日になると一人で「ゆく年くる年」を観る。
そして、「○ちゃんの緑のたぬき」を年越しソバとして食し、最後に下宿から歩いて10分にも
満たない距離にある、道路の脇の祠で初詣をすます。
 我ながらわびしい。実に、わびしい。うん、わびしい。うううっ、わびしい。
 そんな寂しく惨めで孤独な年越しを過ごしてきた俺にとって、
千鶴さんからの電話は本当に嬉しかった。
 「耕一さん、年末はどうなされるんですか?もしご予定が空いてらっしゃれば、
こちらで一緒にお正月を過ごしません?妹たちも喜びますし・・・・・・」
 千鶴さんからの電話は俺を、気分は明るいサンシャイン状態にした。復活。
当然取るもの手につがず、全ての用、約束、ゼミのレポート、海の側で行われる某イベント、
何もかもほっぽりだし、俺は車中の人と化した自分に気がついた。

 隆山に着くと、すぐさま千鶴さんたち4人姉妹の歓迎を受けた。
 「お久しぶりです、耕一さん」暖かく迎えてくれた、温和な千鶴さん。
 「よっ、ヒマ人!またメシたかりに来たのかい?」相変わらず無礼な梓。
 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」無口、でもどこかに微笑みを感じる楓ちゃん。
 「いらっしゃーい!お兄ちゃん!」桂三枝みたいなセリフの初音ちゃん。
 久しぶりに聞く彼女たちの言葉のおかげで、体に溜まった長旅の疲れもストレスも
どこかへ吹き飛ぶ思いだった。みんな元気そうで本当に良かった。
千鶴さんは俺に旅行気分を味あわせてあげたいという気遣いからか、わざわざ鶴木屋本館の
特別和室を用意してくれ、そこで隆山名物の浜鍋をご馳走してくれるということになった。
 本館の特別室をタダで使うのはさすがに遠慮した俺だったが、
千鶴さんの「会長特権です」の一言が全てを収め、結局俺はそのゴージャスな部屋で彼女たちと
特別料理を楽しむことになった。公私混同はいかんと思うのだが、ま、いいか。

 鍋が用意されるまでの間は前菜、と言うには余りにも豪華だが、寒ブリの造りがお膳に並べられた。
このあたりは魚が名物で、どれをとっても生きがよくて美味しい。
 梓の話によると、この時期は特に寒ブリが最高らしい。
 「寒ブリをね、こう三枚におろしてお造りで食うと、これが最高にいけるのよね。
それをアテにしてここの地酒でくいっていくと、もうアンタ、ナニよナニ!」
とても現役女子高生の言葉とは思えず、お前はオバハンがとツッコんでしまいそうな梓のセリフだが、
それは間違いないだろう。そしてその言葉は嘘ではなかった。
 下手なブリの刺身なんて生臭いだけのしつこい味で、後で胃がもたれるような食感のするシロモノ
が多いのだが、このご馳走になった寒ブリは違った。こってりとして適度に脂がのっている。
それでいてしつこくなく生臭さなど微塵も感じられない。いくらでも入りそうだ。
やはりモノが違うのだろう。
 地酒もまた巧い。隆山の名物として温泉、魚とならんでもう一つ地酒が存在する。
きりっとしまった口当たりとさっぱりした味。それでいてまろやか、コクを感じ、嫌味けなどない。
口の中に残った寒ブリの味をきれいに流し、そしてまたこってりとした寒ブリが恋しくなる。
またつまむ。繰り返しだ。
酒が料理をすすめるという言葉に嘘はない。大企業が工場で造った酒だとこうはいかない。
「じろうえもん」という名前らしい。「菊姫」や「賀茂鶴」ほどメジャーな名前ではないのだが、
ポン酒愛好家の間では中々知られた、隠れた銘品らしい。知る人ぞ知るっていったところか。
何だか不思議だが、妙な誇らしさを感じる。

 そして期待の浜鍋のご登場。仲居さんが、かいがいしく鍋の材料を運んできて、準備を始めた。
 「待ってました!」梓の恥ずかしい掛け声。まるで観客が歌舞伎役者に掛けるような掛け声だ。
やっぱりこいつはババアくさい。
 「よけいなお世話だ!」いきなり飛んできた梓の裏拳。梓の甲の片が俺の顔面を見事にヒットする。
口に出してもいないのに気配で察知するとはさすがは梓。それにしてももう少し手加減しろこの鬼。
あ、鬼だった。
 梓と俺のありさまをみて苦笑する千鶴さんと初音ちゃん。その笑ってる姿はかわいいのだが、
笑っているだけで梓を止めもしないなんて鬼のような仕打ち。あ、鬼だっけ。
 その横には我関せずとばかりに、じっと仲居さんの仕度する姿を見続ける楓ちゃん。
これはこれで結構鬼だ。あ、鬼か。ん?しつこいって?ごめん。

仕度が整った。準備を終えた仲居さんの「あとはご自由に」という言葉に従い、
俺達は鍋が煮込むのを待つばかりとなった。
 ここの浜鍋は豪華な魚は使わない。磯で獲れた名もないような下魚を使う。
やっぱりここの名産品である味噌をダシにして、親の敵のように「じろうえもん」を鍋に注ぐ。
そして掌くらいの大きさや、ブツ切りにされた下魚をポイと鍋の中にほおりこむ。
あとは白菜、豆腐,太ネギ、春雨、マイタケ、つみれ、etcと、鍋にはかかせない材料をぶち込んでゆく。
シンプルといえばそれまでだが、これがめちゃくちゃに美味い。コクがありまろやか。魚ちりにはつきものの
魚臭さが微塵もない。これまた寒ブリ同様、酒がすすむ。
こんな味がだせるのも、魚といいダシといい、味噌から具まで土地で採れたものばかりだからだろう。
都会で同じような鍋をしても、こうはいかない。

 「もういいかな」梓は声と共にフタをあける。むわっと部屋中をに拡がる湯気と匂い、たまらない。
思わず唾をごくうりと飲む俺。そして梓。
 「うわあ、すごくいい匂い・・・・・・」はしゃぐ初音ちゃん。
 「ああん、また太っちゃうー」年甲斐もなくブリブリふりまくる千鶴さん。
このねーちゃんはまた性懲りもなくダイエットしとるのか。あいてっ、なぜ殴る。
 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
そして鍋の中から顔を出している魚をじっと見つめる楓ちゃん。
魚とメンチ切りあってどーしようというのだ、この娘は。

 美味い、じっつっに、美味い。それ以上形容する言葉が見当たらない。
ボキャブラリーに乏しい俺や作者のシャアのじんじろ毛には、それ以上形容する言葉を知らない。
言えることはただ一つ、20年生きてきた中で最高に美味い鍋の一つにランクされることは間違いない。
 「ほふはふほふはふ、このまったりとして・・・・」グルメマンガの読みすぎだ、梓。
 「おいしーねー」にっこりしながら魚と格闘する初音ちゃん。中々ほほえましい。
 「ああん、また太っちゃうー」同じセリフを反復しながらも、すでに4匹目の魚を
  平らげようとしている千鶴さん。
 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」無言ながらも、ほくほくと豆腐や野菜類を食べる,
  ベジタリアンの楓ちゃん。
 「やっぱりここの鍋は最高よね!いつ食っても」と梓。
 「てことは、いつも鶴木屋でこの鍋を食ってんのか?」訊ねる俺。
 「ええ、いつもってことはないんですけど。
  ここの鍋を一度食べたら病みつきになっちゃうんで・・・・・」と職権乱用の千鶴さん。
 「あのね、ここのお鍋ってなんかの雑誌にも紹介されてるんだって。
  すごく有名なんだよ。ねえ、梓お姉ちゃん?」初音ちゃん。
 「うん、一度TVも取材にやってきたりしてさ、わりと有名なんだよ、この鍋。」梓。
 「わざわざ全国から足を運んできてくださるお客様もおられるんですよ」
  経営者としてはホクホクだろう、千鶴さん。
 「このお鍋って予約してからでないと用意してくれないんだって。先客順に」初音ちゃん。
 「じゃあ中々食べられないシロモノなんだな」俺。
 「そうだよー、ありがたがって食ってもらわないとねー」ニヤリとして話す梓。
 「耕一さんは特別ですから・・・・・・・」千鶴さん。どことなしに、はにかんでいる様子。
  俺はその一言にじーんとくる。
 「あーっ千鶴姉、赤くなってるー」茶化す梓。
 「ほんとだ、赤くなった赤くなった」あおりたてる初音ちゃん。
 「もうっ、また姉さんをからかって。これは部屋の暑さで赤くなってるだけです!」
  照れながらぷうっとふくれる千鶴さん。
 「・・・・・・・・・・・」相変わらず無口だが、微笑む楓ちゃん。
 何年ぶりだろう、こんな温かい鍋を囲むのは。親父と別れ、お袋と二人暮らしになってからは
 家族で鍋を囲むということに縁がなくなった。そしてお袋と死に別れてからは、
 なおのこと皆無となった。
 鍋を囲むというのは大学の呑み会でもあることだが、あのにぎやかさとはまた別の物だ。
俺は別の物を欲していた。
 俺に欠けていたのはこの温かさなのだ。お互いが微笑みあい、お互いを思いやり、お互いが心と体を温めあう。
俺の欲していたのは「団欒」という古くてちっぽけだけど、とてもとても温かいものなのだ。
 千鶴さんたちの何気ないやり取りを見るうちに、目頭に溜まるものを俺は感じる。
普通の人間が見たら、そこらの家族のごく当たり前の、ごく普通の姿なのに。
俺ってこんなに弱かったか?こんな感激屋だったか?ちっ。

 そんな温かい団欒をかき消す声が、隣の部屋から聞こえてきた。
 「この鍋は出来損ないだ。とてもじゃないが食べられない」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ACT 2へ続く

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はい、初投稿です。どぞよろしく。
いやー難しかった。時間もかかるし。
実は小説の真似ごとを書いたのはこれが初めてで、無茶苦茶手間どりました。
ラストはなんかなんか在りがちの湿っぽい収め方となりましたが、
一応まだ話は続くのでどうかご容赦ください。

いつもは読む側だったので気付かなかったのですが、書く側に回って初めて見えてくるものも
多々ありました。
小説を書くってほんとに大変な行為なんですね。みなさんに脱帽。