真昼の光は嘘をつく その13 投稿者: 沢村奈唯美
『ためいき』

 あのね。
 やっぱり。
 あなたに甘えたくて
 ここでこうして膝をかかえていた けれど
 
 あのね。
 こうして。
 ひとり 待っていても
 誰も わたしを 見つけてくれなくて
 
 嘘が ひとつ積もるたび
 こころは 水に還るよ?
 
 
 あのね。
 やっぱり。
 ひとりで泣いていたくなくて
 いつもほとんは あなたを待っていた けれど
 
 あのね。
 こんなに。
 なみだ も ながれなくって
 ここでこうして息をひそめていた。
 
 嘘が ひとつ消えるたび
 誰かが いなくなってく 

 
 あのね。
 やっぱり・・・・
 
 あのね。
 やっぱり・・・・ 

 
 
 やっぱり。
 水門の上に、橋みたいな場所がある。
 私はそこで上を見ていた。空ではない。上だ。
 霧霞む、山に囲まれた、タルコフスキーの映画にでも出てきそうな情景の中で、見えない空を上に探す私がいる。吐く息が白かったとしても、立ちこめる霧に紛れて目には映らない。
 資格を決めるのは、自分自身だ。それだけが、もう、はっきりしていた。
 頼れるもの、守ってくれるもの、そんなものが本当に全て何もなくなってしまって、ただ、はっきりしていたのは、それだけだった。
 私は口を噤んで、更に息を止め、体の向きを変える。
 帰ろう。帰っても、私が寄り掛かれるものなど、何もないけれど。
 何もなくても、私は電話をしなければならない。誰に支えられるでもく、耕一さんに電話をして、あなたのお父さんが死んだと、伝えなければならない。
 辛いじゃなくて、悲しいじゃなくて、諦めの空疎な溜め息だけが私の肺の奥から登り出てくる。
 それを嫌だと思ったら、この先、生きていけないのだ。
 電話が繋がったら、私の一言目は多分こうだ。
『あの、耕一さん、柏木耕一さんのお宅ですか?』
 耕一さんは応える。 
『はい』
 もしかしたら。留守番電話かもしれない。
 けれど、本人でも留守電でも、次の私の言葉はもう決まっている。
『千鶴です。隆山の』
 それから、
 それから、
 それから。 


 梓からの電話で、今日は遅くなると伝えられたと、初音が私の部屋を訪れる。
「昨日はゴメン」私は椅子に座ったまま、体をドア口の初音に向けて謝罪する。握った両手は膝に揃えて頭を下げる。
 初音は照れたように笑い、手を後ろに回した。
「いいよ。私も悪かったと思うし」
「そんな事ないよ。私、なんだかナーバスになっちゃってて」

 何故。

 大きく首を振る初音の赤いミニスカートの襞が、時計の振り子のように、ふらりふらりと左右に揺れた。
「余計な詮索しちゃったもん。怒って当たり前」
 初音は私のすぐ前でやってきて、ぺたんと腰を下ろす。正座で、私を見上げる。
 私は溜め息をつく。
 初音の目は大きく、今は、少しだけ潤んでいる。私のことを心配しているのが分かる。
 その目を見詰めて、私はそして斜めに頷く。頬に触れたシャギーがこそばゆかった。
「ありがとう」私は言った。「いい子ね、初音」
 照れて初音は、嬉しそうに肩を窄めた。
 何故だろう。
 初音には、こんなに簡単に言えたのに。
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なんか以前より更に間が開いてしまいましたが・・・
『真昼の光は嘘をつく その13』です。
HDD飛んじゃってテキストデータ消失しちゃったんで、
自分の同人誌見ながら打ち込んだり直したりしています (笑)

http://www3.airnet.ne.jp/nayurin/