真昼の光は嘘をつく その5 投稿者: 沢村奈唯美
澱まず流れる商店街の朝の景色。
 歩いて駅に向かうモスグリーンの背広を着た若い男性。開店の準備をしているドトール。学生の頃、何度か入った。職を持たない老人たちの散歩する姿。犬を休ませ語る恋人たち。動物を飼いたいと思ったことはない。鉄格子のシャッターの奥で、オモチャは電源が入るのを待っている。高い段に据えられているのは、大きなクマのヌイグルミ。ヌイグルミは、欲しかった。もっと可愛いの。
 そして人の住む場所を離れていく。
 幾重にも折り返す坂を車は上っていく。窓の外に連続する杉の木立ちのひとつひとつを私は目で追っていく。
「良かったよね?」
 初音がそう言った。………訊いた
  もちろん。よかったわよ。
 私はそう答えた。
 そうか、あの子……分かっているのか。私が耕一さんとセックスしてるって事。
 だから、許容しろと。楓を。
 私は窓から目を逸らす。そして、自分の膝に目を落とし、今度は楓の言葉を想った。
「好きなのよ、耕一さんの事」
 もしかすると、あの子も。
 初めて体を重ねたあの夜からほぼ毎晩、どちらかがどちらかの部屋を訪れている。考えて見れば、気付いて当然かも知れない。平屋に一列、私たち姉妹の部屋は並んでいるのだ。私の部屋から声が漏れていなかったとは言い切れない。私の喘ぎ声で目を覚ましたとか。やだな。
 感じているフリなんてしようとするから。ホント、やだな。
 両耳の下が熱くなるのを感じて、私は顔を俯けた。塞がない耳に、嗄れた声が届く。
「そろそろ温泉の季節ですね」
 運転席からだった。飯山さんだ。
「あ、そうね」顔を撥ね上げ、私は、ルームミラーの中の彼に返事をする。
 勤続十五年になる飯山さんは、父の代からの運転手で、『アダムスファミリー』に出てくる執事に良く似ていた。厳つい顔をした体格のいい大男で、運転手と言うよりは、ボディガードで通用する容貌だ。実際は、私よりもずっと礼儀正しい、おとなしくて実直な性質の人間だった。
「ほら、あすこ。もう葉が色付きはじめている」
 その声と発言の内容とのアンバランスに失笑しながら、私は、飯山さんが顎で指した先に目を向ける。
「ホントだ」
 口に出した時には、紅い葉を付けた木々は、私の横を流れ、後方へと過ぎ去っていた。左の膝をシートに載せ、身体を捻ってそれを追う。
「会長は、まるで子供のようですね」そんな私の姿に、飯山さんはくつくつと肩を震わせなから苦笑する。
 私は慌てて前へ向き直り姿勢を正す。
「ごめんなさい」
「ようがす。ようがす。少し、安心しました」
 その言葉の意味を少し考えて、結局訊き返す。
「安心?」
「ええ」
「なんで?」
 カーブにさし掛かり、飯山さんがハンドルを切った。車体が大きく揺れる。揺らぐ体を右手で支え、シートベルトをつけ忘れた事に今更気が付く。
「ちーちゃんは、やっぱり、ちーちゃんのままだな、と。年は取りたくないものですね。年を取ると、人の成長が妬ましくなる。例え半人前でも、いつまでも、あの頃のままであって欲しいと思ってしまう」
「馬鹿にしてるの? 飯山さん」私は眉間に皺を寄せながら口元では笑みを浮かべ、ルームミラーにその顔を向けてみせる。
「おや、失敬」飯山さんは前を見たままで笑った。
 軽く息をついて、私はまた、自分の膝を見た。懐かしい呼び名を耳にした気分は、そう悪くはない。
 自分が「千鶴」になったのがいつの事だったかを覚えていない。幼い頃、父も、母も、私を、「ちーちゃん」と呼んだ事は覚えているのに、それがいつまでの事だったのかを忘れている。
 忘れて生きるものなのね、人は。
 それは言い訳だ。
 車体の機構で抑えられて尚も響くエンジンの振動を、腰に感じていた。
「妬み、ですか?」私は訊く。
「ええ」飯山さんは即答した。
「なんで?」
 そうだな…… 僅かな時間で言葉を纏めて、それから飯山さんは私の問いに答えた。
「自分が王様になっていたいからではないですかね」
 王様。
 その意味を考え黙り込んだ私を乗せたまま、車は会社へ着いた。
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うああ、実はあと5日以内に『制グラ』アンソロジーのマンガをあげないといけないんですが…
最近気づいたこと。

リーフキャラばっか描いてたから、目が小さいキャラは描きづらい!! (笑)






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