Merry×3 X’mas そのなな。最終話。 投稿者:沢村奈唯美


 ポストの中は空だった。
  石畳の小島を蹴り跳ねて渡り辿り着く。プラスチックの蓋を落として、くぐり戸を抜けて
道へ出た。
 郵便配達のバイクはいつのまにかもう、去ってしまっていた。
 エンジンの音さえ聞こえない。
 道の真ん中で息を吸う。
 午の空は色が薄く、街は、黄昏に染まるように彩度を落としたパステル・カラーで染まっ
ている。肺に吸い込んだ空気は冷たかった。遠く近く、連なる山が見える。ここは、こんな
土地。
 もう、2月になっていた。ヴァレンタインが近い。耕一お兄ちゃんには毎年チョコ送って
たけど、どうしよう、………………今年は。
 もう卒業の時期かもしれない、甘えたがるの。子供じゃないんだし。
 
 いつか見た夢の中の言葉が、ふと浮かぶ。
「そうね」

 私は目を閉じた。塀の漆喰に背を凭れる。白いセーターに白い外壁は、静かに、素早く溶
け込んで行く筈だ。白。私は白になる。 
 どこにでも転がっている筈のものに、今でも私は気づけない。こころの痕が、まだ自分で
見えていた。もっと、もっと時が経てば。
 私たちの事好きですか?
 いつも、訊きたかった。叔父さんがこの家に来た時、叔母さんが死んだ時、耕一お兄ちゃ
んがここに来た時、いつでも、訊きたかった。訊けなかったのは、それが新しい私の傷にな
るのが嫌だったからで、私はいつも、傷つきたくなくて傷つけたくなくて、ひとり憶病に震
えている。
 空はやがて暮れるだろう。午が終われば夕になり、太陽が沈めば夜になる。
 なんだかなー。
 溜息を吐き出して、私は目を開けた。もう一度息を深く吸い込んで、空気は冷たいと実感
させる。
 凭れていた背を勢い良く跳ね上げた。戻ろう、家へ。
 また一度、目を閉じた。会いたいな。そう思ってみる。思えばまた、切なくなる。
 言って欲しかった言葉の意味は、ただひとつ。


 私。私はウェンディ。小さい頃からいじめられていた為に、人間不信に陥っている女の子。
いつも自分のカラに閉じこもり気味で、物事を素直に受け取れないでいる。でも、そんな自
分が、嫌な人間なんだって本当は分かってる。分かってる。
 

 ひとつだけでいい。

 空は船を。
 水の空気を。
 飛んで会いに行く。
 
 会いたいな、それでも。

  
 声が聞こえる。 
 それから雑踏。人々の足音。切符の販売機の横に立っている私には、吐き出されてくる人
々の、背中だけが見える。 
 コートやダウンに身を包んで、人々が歩いていく。硝子の扉へ向かって、10の階段を降
りて、街へ。街へ降りていく。硝子の向こうの、鋭く白い光の中へ。
 また違う。多分、次の電車。
 吐き出す息は直ぐに湯気になり、白いもやになって目の前を昇っていく。煙草の煙のよう
で、それは、哀しい気分をこころに呼び覚ます。
 
 死はね、確かにドラマチックなの。絶対の終焉だから、他人の感情の隆起を容易く呼び起
こす。
 でも安直。
 ゲームの中の『勇者』と一緒で、安易で自分勝手なヒロイズムに支えられている。
 そういう物を私は、憎んだ。

 ねぇ、私たちの事、本当に好きだった?
 お父さん、お母さん、それから、叔父さん…………

 ずっと生きていて欲しかった。                                           
  少なくとも、生きていられる限りは、ずっと。
 それが重荷になるのは今の私なら分かるけど、でも、私たちを好きでいてくれるなら。
 ずっと。

 
 声が聞こえる。
 そして雑踏。反対側のホームに停車した電車の客だと分かって、それでも、顔を上げた。
 歩いていく人。背中が見えて、凭れる背の私を通り越し、光の中へ溶けていく。
 このうちの何人かは、うちの客かも知れない。
 また違う。それは分かってた。でも、ついうっかり乗り過ごして、次の駅から戻ってきた
って事だって、考えられるじゃない。
 
 
 帰りにはケーキを買おう。
 あの店で、いつものあの店で、あの人と二人で。
 チーズケーキをふたつと、ショート、プリン。初音は確かサバランが好き。
 それともホールで買っちゃうのもいいかな。
 かなり遅れたけれど、蝋燭を立てて火を灯して、そして、メリー・クリスマスをもう一度
するのも、きっと、悪くない。
 メリー・クリスマス。
 呟いてみる。誰にも聞こえないように。
 私には聞こえるように。
  メリー・メリー・クリスマス。
 
 メリー・メリー・メリー・クリスマス。




 雑踏の音。白い息。
 溶けていく白い光。
 聞こえる。
 息を吸った。
 目を閉じる。
 人の足音。
 電車がレールの上を走っていく音。
 階段を登ってくる。登ってくる。
 みんなあなたを待っている。梓も楓も初音も、私も。
 みんなにはまだ知らせていない。驚く妹たちの顔が思い浮かんで、少しの罪悪感と悪戯心
がこころに交互に現れていた。
 足音は迫り来る。自動改札が最初の切符を飲み込むかしゃ、と言う音が耳に届いた時、私
は遂に待ちきれなくなって、背中から驚かしてやろうという当初の計画を捨てて、左の肩越
しに振り向いた。
 


 だから私は生き続ける。
 まだここに、私の好きなひとたちがいるから、今、ここで生きている。
 
  
                                 了


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 クリスマスものなのに    
 年が明けても続いてる「Merry×3 X’mas」
 ようやく最終話です(笑)
 約一年前の原稿を増やしたり削ったりしたら、なんか時間がかかってしまいました。
 久々野さんも、確か今日戻ってこられるハズですし、ほーら、
 最終回には間に合ったね、と言う事で。(笑)

 そうだ、この「Merry×3 X’mas」のテキストデータが欲しい方が
 もし、万が一、いらっしゃいましたら、僕の所までメールを下さいませ。

 あ、そ、それではそろそろ出発しないと、
「セブンイヤーズ・イン・チベット」に間に合わなくなってしまいますので
 今回はこれで。
   
 それでは〜