Merry×3 X’mas そのご。 投稿者:沢村奈唯美


「え」
 と私は驚いて、クリスマス・カラーのリボンが十字に掛かった厚い包みを目に止める。リボンは緑
に赤の縁。かなり厚い文庫本くらいの包みの幅。『暗闇のスキャナー』よりも、『ヴァリス』よりも、
まだ厚い。ふたつを合わせて少し引いた程度。『時計館の殺人』と同じ位。サイズは文庫本くらいで
正方形。リボンの下の包装紙もクリスマス・カラーで、斜めに走る赤と緑のストライプの上には、
『Happy Christmas』の金の文字の連続。
「どうしたの、これ?」
「買った」
 静かに楓お姉ちゃんはそう言った。そう言ってそれ以上何も言わず、私がプレゼントを受け取るの
を待っている。私は頬杖を崩して炬燵から出て、肩も足も全て外に出し、楓お姉ちゃんの前に女の子
座りで向き治る。それから両手を揃えて前に出し、包みを受け取った。
「ありがとう」声は小さくなってしまった。まだ驚いている。嬉しいと思うよりも、びっくりしたと
思う気持ちの方が強かった。
 プレゼントを見詰める。赤と緑と金の文字。クリスマス・カラー。
 メリー・クリスマス。
 プレゼントから目を離す。楓お姉ちゃんへと目を移す。
 楓お姉ちゃんを見詰める。楓お姉ちゃんは目を逸らさない。
「なによ」
 怒ったような顔になる。
「え、うん、びっくりしたから」
 私が答える。
「そう?」
 部屋の中へ足を踏み入れ、そのまま座っておこたに入った。入ってからコートを脱いだ。脱いだコ
ートは畳んで脇に置き、体を捻って障子を閉める。
「なに開け放しにしてんのよ、全く」そう言って、背中をつけていた方の障子を閉めて、「寒いわね、
外。明日は雪かしら」そう言って、遠くの対の障子へ手を伸ばす。
 私は「うん……」と頷いて、「開けていい?」と訊く。
「いいに決まってるでしょ」障子を手で掴んで私に後ろを見せたまま、楓お姉ちゃんは、用意してい
たかのような無表情な声で言った。待っていたんだね、多分。私にそう訊かれるのを待っていたんだ。
 リボンは取って置くんだ、綺麗だから。包装紙も。綺麗だから。紙の表面が千切れないようにと、
止めていたセロテープを注意深く剥がす。爪を立てて、ギザギザになっていた透明テープの端を引っ
掻いて、めくれ上がったその端を、床に落ちた時計の歯車を拾うみたいに用心して摘んだ。
 ゆっくりと、ゆっくりと剥がしていく。
 剥がれた。
 中身はサターンのソフトだった。『エネミー・ゼロ』。
 あ……。
 私は楓お姉ちゃんは見る。障子が、ぱたん、と音を立てて閉まった。
 ……もう、出てたんだぁ!
「あ、ありがとぉ!」
 楓お姉ちゃんは、振り返り、おこたの中に手を入れて、首を斜めに揺らす。おかっぱは、ブランコ
のように前へ後ろへ、そして、さらりと震えた。
「すごい、よくお金あったねぇ?」
「バイトした」
「なんの?」
「テレクラの看板持ち」
「え」
「うそ」そう言って、私の方へ目を向けて、くすり、と笑う。「高校生だもの、私」
 あははは。私は笑ってみる。
「お小遣い、割と余っちゃってたから大した事じゃないわよ」
 お茶、飲む?  楓お姉ちゃんが私に尋ねて、無言で私は首をコクンと前に倒す。
 楓お姉ちゃんが立ち上がった。
 私は手元の『エネミー・ゼロ』を見ながら「やー」とか「わー」とか言っている。そんな私を見下
ろして、楓お姉ちゃんが、こんな事を言った。
「なんか、あげてみたかったのよ、今年は」
 私は顔を上げて、楓お姉ちゃんと目を合わす。大きな目、つり上がった感じ、そういう所、梓お姉
ちゃんに似ている。
 私は完全千鶴お姉ちゃん似。耕一お兄ちゃんが、そう言った。今まで言われた事がなかった訳じゃ
ないけれど、お風呂場の鏡で自分と向かい合ってみたり。だから子供なんだと、自己嫌悪してみたり。
 足音が聞こえた。軽い足どり。急いた足どり。

   ぱたぱた
 
 って、聞こえる。
 障子が開いた。
「たっだいまーと」
 昔、そんな言い方をするお姉さんが出てくる番組が土曜の夜にやってたなぁ、『もーぐたん!』と
かなんとか……、なんて過ぎった雑念を振り払って、私は
「お帰り、梓お姉ちゃん」と、微笑んだ。
「ただいまーーー」目を細めて犬みたいに笑って、もう一度言う梓お姉ちゃん。
 楓お姉ちゃんは暫く梓お姉ちゃんを見上げてから、
「かおのさんの家でパーティーだったんじゃ………」と小首を傾げる。
「いや、それがさ、親が途中で帰ってきちゃって……」
 楓お姉ちゃんは尚更首を傾げる。
 軽い沈黙が少し重かった。
 私は話を逸らす。
「ホラ、お姉ちゃん、楓お姉ちゃんに貰っちゃったー」えっへっへー。
「おっ」大袈裟に梓お姉ちゃんは目を輝かせ、「『エネミー・ゼロ』?? あたし、欲しかったんだ
ぁ」
 拝むように両手を顎の横で合わせる仕草は、かおりさんのもの。
「だめだよーっ 私が貰ったんだもん☆」奪られないように、私はケースを背中に隠す。
「ちぇー、いいじゃないかぁ、『アンジェリーク』買ったのは、あたしだぜぇ?」
「かんけーないかんけーない」

 梓お姉ちゃんのお気にはレミット。わがままで子供な王女さま。
 
「ちぇー」口癖のように、もう一度声にして、「ま、いいや。早速やろーぜーって……もー出してあ
んじゃん、サターン」
 TVでは、サンタ姿のナイツが手を叩くポーズのタイトル画面。
「じゃ私、お茶入れてくる」
 楓お姉ちゃんは台所へと廊下を歩いていく。少し、小さく、楓お姉ちゃんの遠ざかる足音の反響。
 梓お姉ちゃんがおこたの中に入ろうとするのを、「あ、そこ楓お姉ちゃんの席」と止めた。梓お姉
ちゃんはぐるりと回って、障子向かいの席に腰を下ろす。私は元の席、TVを背にしておこたに足を
入れ、『エネミー・ゼロ』を両手で掴んで卓上に立てて、ジャケットの絵、浮き出してくる金髪の女
性の顔を見詰め、楓お姉ちゃんが戻ってくるのを待った。
 ●1人用
  ●インタラクティヴ・
  ムービー
 ●メモリーバックアップ
 ●セガマルチコントローラー対応
「そーいやさ、」と梓お姉ちゃんが私に言う。
「ん?」って返事してから、ケースを梓お姉ちゃんから遠ざける。
「とりゃしないよぉ」眉を上げて苦笑して、それから梓お姉ちゃんは「年賀状出した? 初音」って
訊く。
「え?」
「今日までじゃないの、確か?」
「そーなの?!」
「中島みゆきが言ってるじゃん」
「そ、そーだっけ?」
 そう言えば、そんなCMここの所よく見る。『時代』をBGMに、中島みゆきが「年賀状は24日
まで」と言っているヤツだ。

 めぐるめぐるよ 時代はめぐる
 よろこびかなしみくりかえし 
 きょうはわかれた こいびとたちも
 うまれかわってあるきだすよ

「出してねーなぁ、その様子だと」
「あ、どーしよ。まだ間に合うかな」慌てて私はキョロキョロ意味もなく周囲を見回した。すっかり
忘れてた。
「まぁ、まだ郵便局は開いてるし、別にダイジョブとは思うけど。あ、閉まるのは5時ね」梓お姉ち
ゃんは言ってから、「あーっ、寒いっ! なんでこんなに寒いかなー」炬燵の中で手を擦り合わせて
る。
 つまりあと、2時間半くらい?
「何人くらい出すのよ?」と梓お姉ちゃんが訊く。
「えーと」私は右手だけ『エネミー・ゼロ』から離して、指を折る。「5人くらいかな」
 なんだ、って顔を、梓お姉ちゃんがした。「じゃ、ぱぱって書いちゃえよ。そんな時間かかんない
でしょ?」
 葉書は自分の部屋に置いてある。「ここで書いていい?」
「いいんじゃない?」
 私はおこたからを足を出して、自分の部屋に廊下を駆けた。机の左隅に置いたままの年賀葉書と12
色のサインペン、それからアドレス帳を重ねて掴んでまた居間に戻る。居間には楓お姉ちゃんも戻っ
てきていて、炬燵の上には栗ようかんと緑茶が、三人の席に並んでいた。急須の載ったお盆とポッド
は楓お姉ちゃんの右隣に置かれ、私の席には、先刻私が出ていった時のまま、『エネミー・ゼロ』が
鎮座している。
「どうしたの?」私を見上げて楓お姉ちゃんが言う。
「年賀状、まだなんだってさ」って梓お姉ちゃんが言った。
「今日までだって、言うから……」普通に考えれば、別に何か後ろめたい事がある訳じゃない。でも
何故だか楓お姉ちゃんに悪い気がして、言い訳するみたいな情けない声になってしまった。
「さーて」きしし、と笑い声を歯と歯の間から漏らしながら、梓お姉ちゃんは『エネミー・ゼロ』に
手を伸ばそうとする。「初音が書いている間にあたしは……」
「だ、だめだよっ!」
 本気で制してしまった。大声に驚いて、梓お姉ちゃんも楓お姉ちゃんも目を剥いて、気まずい私は
次の言葉に詰まってしまう。
 まだ見てる。
 ふたりの視線を感じる。
 まだ見てる。
「私が最初なの……」言っているうちに力が抜けていく。私が最初じゃなきゃいけないんだ…… 楓
お姉ちゃんを見た。
 不思議そうに、まだ目を丸くして私の目に視線を向けている。
「ま、いいけど」肩を竦めて梓お姉ちゃんが、出した手をまた、炬燵の中へ引っ込めた。
「ごっ、ごめんね、すぐ終わらせるから」
 場の空気が淀まないようにと私は慌ててじたばた取り繕う。
 道具を子膣の上に置いて、『エネミー・ゼロ』を取り上げて、自分の席に座った。
「じゃ、『ナイツ』やってていい?」梓お姉ちゃんが訊いた。おそるおそる私の顔を覗き込む。手は
炬燵の中。
 サターンとTVは点けっぱなしだった。
 私は微笑んで、「うん」と言う。「うん、いいよ」
 楓お姉ちゃんは静かにお茶を啜る。
 
 一時間程で作業は終了した。楓お姉ちゃんも梓お姉ちゃんも栗ようかんを食べ終わっていた。私は
まだ手をつけていなかった。一口も食べていなかった。お茶も飲んでいない。
「耕一さんにも、出すの?」出来上がった年賀状を眺めていた楓お姉ちゃんが、一枚を手にして言っ
た。
「うん」
 寝そべって『ナイツ』のタイムトライアルに挑戦していた梓お姉ちゃんが、コントローラーを操る
手を休めないで言う。
「やめとけよ、どーせ向こうからは帰ってきやしねーんだから」
「そりゃ、そうだけど……」私は言った。お姉ちゃん達がどうしているか知らないけれど、私は毎年
耕一お兄ちゃんに年賀状とか暑中見舞いとかクリスマス・カードとかを送っている。返事が返ってき
た事はない。
 楓お姉ちゃんは手にしていた一枚を静かに、タロット・カードをめくる、みたいな慎重な手付きで、
他の人への年賀状の上に置いた。
「書き終わったのかー?」寝そべったままで梓お姉ちゃん。
 私は答える。「うん」
 ゲームが一時停止する音。【ポーズ】のボタンで画面が止まる音。「よし」梓お姉ちゃんが言った。
コントローラーを畳の上に置く。炬燵から這い出て
「仕方ないニ。あたしが行ってくるカニ」
 え?
 立ち上がる。
「郵便局。なんか、手がつっちゃった」
 サターンのコントローラーの十字キーをぐりぐり回していた左手を、ぶんぶんと振る。いいよ、誰
か続きやってて。
 おこたの上の年賀葉書を纏めて手に取って、「これで全部?」と訊く。楓お姉ちゃんが無言で頷く。
おかっぱが、ふらりと揺れた。
「いいよぉ、私が行って来る」私が立ち上がろうとすると、梓お姉ちゃんは、
「バカ、あたしのが断然はえーよ。なにか買ってくるもん、あるか?」
「どら焼きがいい」楓お姉ちゃんが言う。
「甘いもんばっか食ってると太るぞ」
 梓お姉ちゃんは意地悪く笑う。
 まだ「ホントにいいってば」と言ってる私に、
「いいんじゃないの? 行くって言ってるんだから」と楓お姉ちゃんが言った。
「そーそー」と梓お姉ちゃんが相槌を打つ。
 じゃ、行って来るわ。真っ黒のロングダウンを拾い上げて着込んで、梓お姉ちゃんは部屋を出て行
った。
 出て行った後、すぐに戻って来て、「あたしがいない間に『エネミー・ゼロ』やったら、殺す」中
指を突き立てた。そして、障子を閉めて、また居間から遠ざかる。遠ざかる。遠ざかる、遠ざかる。
 楓お姉ちゃんは静かにゆっくりと目を閉じてお茶を啜る。
「やりたかったのね、『エネミー・ゼロ』」
 私は梓お姉ちゃんが閉めていった障子の格子を見詰めていた。縦の木と横の木が合わさって十字に
なった中心を、ずっと見詰めていた。
 楓お姉ちゃんはもうずっと冷めていた緑茶を最後まで啜って湯飲みを置く。脇にあったお盆の上の
急須の蓋を取って、急須を持ち上げ、ポッドのお湯を注いだ。
 


 ありがとう、お姉ちゃん。

★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

クリスマスが終わってしまいました・・・・・
でも続きます(笑)
あと、2回か3回くらいかな?
ああ!!!
 やっと直ったぞ、『薄い』包み(笑)
  いえ、いいんです、分かる人だけ笑って下さい。
 
 あ、冬コミは29日東ナ25a『憩』にて
  『MEMORIES』という本を置かせて頂いております。
  メインは 芹香先輩とマルチとの小説『shh』、
  それから、あかりのマンガ『お下げ』
  です。
  (某抱き枕に触発されたイラストなんぞも描いてますが^^;)
  それから、水上耕助くんという僕の友人が
  『玉響』という痕本を再販するそうです。
  こちらは『初音のな・い・しょ!!」の同人誌コーナーでもご紹介頂きましたので、
  よろしければ、どんなものだか見てやってくださいませ。
  (でも表紙は変えたそうです^^)
  
 それでは、ご来店、お待ちしてます〜★★  
 
P.S  無口の人さん、宣伝ありがとうございますぅ!