Mery×3 X’mas そのさん。 投稿者:沢村奈唯美


 耕一お兄ちゃんが、9月、この家に来たその当初、楓お姉ちゃんは、耕一お兄ちゃんを避け
ていた。私は知ってる。
 耕一お兄ちゃんは、叔父さんに良く似ていた。叔母さんにも似ていたかどうかは分からない。
もう何年も、私たちは叔母さんに会っていなかったから。会わないままに叔母さんは死んで
しまった。それでも叔父さんは私たちと一緒に暮らしていた。私たちの両親が死んでしまった
から、私たちと鶴来屋の面倒を見なければならなかったからだ。そして、耕一お兄ちゃんはひ
とりになった。
 
 あの頃の夏、みんなで耕一お兄ちゃんと遊んだのを覚えている。水門の所で梓お姉ちゃんが
溺れかけて、それを耕一お兄ちゃんが助けてくれた思い出が、消えないでまだ残っている。
 ううん、それは、もっと昔の事?
 幼かった私が言っている。
「また、遊ぼうねぇ、耕一お兄ちゃん?」
 耕一お兄ちゃんが言っている。
「おっけー」
 梓お姉ちゃんが、ドアの開いた黒い車の中に入ろうとして、叱られる。叱ったのは千鶴お姉
ちゃんで、そうしてるうちにドアは閉まってしまう。耕一お兄ちゃんは、ひとりで座った後部
席の窓を開けて、「じゃあ」と言った。
 叔父さんが、飯山さんに「じゃ、宜しくお願いします」と言っている。飯山さんは恭しく礼をして………
 あれ……叔父さんは乗らなくていいのかな………
 車が一本道を走り出してもずっと、楓お姉ちゃんは、ただ、耕一お兄ちゃんを見ていた。耕
一お兄ちゃんは、別れ際に何か言っていたような気もするけれど、私は覚えていない。
 車が去っていく。声が絶対に届かなくなってから楓お姉ちゃんが
「またね」って、笑って、私の頭に手を置いた。

 それから私は「またね」って、言ったっけ?

 遠ざかる。遠ざかる。
 エンジンの音は、遠ざかり小さく消えていく。
    ぶろろろろろろろー
 ポストの中は、やっぱり空だった。郵便配達のバイクが、一本道を、遠くへ去っていく。
 私はそれで溜息をつく。遅れてるのかもしれないね、師走だから。というのが、ちょっとの
希望。明日。明日になったら届くかもしれない。イブじゃなくて、クリスマスに届くようにし
たのかも。或いは速達で出して、配達のバイクが違うのかも。或いは宅急便で出して・・・・
 なんだかなー。道の真ん中で、私は苦笑する。息を吸い込んで、大きな動作で、かおりさん
の真似っぽく、くるりっ、とターンした。通用門をくぐって、中に入って、石畳の小島を蹴り
つけて渡っていく。
 とんっ  とんっ
 爪先で跳んでいたら、着地を失敗して、砂利の中によろめいてしまった。
 ぎゃっ、ぎゃっぎゃっ
 敷き詰まった白い小石の中に、左の爪先がなだれ込む。
「ーーーっとぉ」
 前に倒れて、石畳の上に手をついた。
 髪の毛が長いと、こういう時に不便だ。ついた手が髪を踏みつけて、そのまま立ち上がろうとして、
 痛かった。
 泣く程ではなかったけれど、泣きたい気分にもなる。なんか、ツイてない。でも、私、もう
高校生だし……おいそれとは泣けないよね。だって例えばさ、千鶴お姉ちゃんが高校生の頃に
は、こんな事で泣く事は許されなかった。だから、私も。もう泣けない。

 千鶴お姉ちゃんは意外とリラ・マイム。リラは生まれてすぐ両親に捨てられて、盗賊ギルド
のボスに育てられた青いショートカットの女の子。
   Stray Dog. Stray Dog. ヘリオドロープの瓶。……違うか。

 ちっ。 ちっ、ちっ。
 どうせ、誰も聴いてないんだし構わない、と思って舌打ちしながら玄関までを今度は普通に歩いた。
 引き戸を開ければ滑車は音を立てる。誰もいない我が家。そう言えば、日本語には、元々、
「の」という所有格はなかったらしいんだって。だから、私「の」家、じゃなくて、我「が」
家、という言葉があったんだ。正しい日本語を使え〜なんて、やたら固執するヒトがいるけれ
ど、そう言っているヒトの殆どは本当は正しい日本語なんか知らないんじゃないかな。大体、
どれを指して正しいって基準にしているのかも分かんないし。日本語は、ひとつじゃないんだ
ぜ? だから、母「国」語、というものは存在しない。ひとつの国は、ひとつの言葉だけを使
っている訳じゃないから。単に、母語、と言うのが、言語学では常識になっている。それから
、言葉は生き物だからね。絶えず変化し続けるものなんだ。例えば、フランス語と中国語と東
北弁と標準語を比べて、どれが美しくて、どれが醜いとか、そういう事もないし、使いやすい
言葉は生き残って、使いにくい言葉は廃れてしまう。それは、まぁ、現在的には、弱小民族の
文化変容とアイデンティティ喪失の問題を生み出したりもするんだけど……………
 耕一お兄ちゃんが、団扇はたきながらでも、ちゃんと大学生だなって思った瞬間。
 誰もいない私ん家。みんな、出払っていた。千鶴お姉ちゃんは会社だし、梓お姉ちゃんは、
かおりさんの家で、多分かおりさんとふたりでパーティー。楓お姉ちゃんは、知らない、帰っ
てくるなり、どっかへ行った。今日は終業式だったから、早く帰ってきて、11時ジャスト頃
だったかな、家、出たの。黒のタートルネックに赤のPコート羽織って。なんか、『同級生2』
の唯ちゃんみたいだった。服だけ。と言っても、サターン版まだ出てないから、雑誌で見た
だけなんだけどさっ。
 玄関には、鍵を掛ける。「がちゃり。」
 お昼は、もう食べた。うどんを作った。もう、午後は回っている。
 とた、とた、とた
 廊下を歩いた。
  とた、とた、とた
 私も、どっか行こうかなー、なんて思わなくもないけれど、外、寒いし、おっくうになって
しまう。そう言えば、私の友達、みんなで集まってなんかやるって聞かないなー、なんて思っ
たら、ハブにされてんのかなーと、ちょっぴり不安になった。考えてみる。ミサオちゃんは英
会話教室のパーティーとか言ってたしぃ、ユーコはなんか、ライブ行くって言ってたっけ? 
 あ、大丈夫。みんな、用事があったんだ。
 居間に行って座椅子に座る。座椅子は部屋の中央に出したままにしてあった。籐編みの背も
たれは堅い。光を滑らせる焦げ茶色のニス。
 誰もいない。人が居るのなら静かでも、例えば、台所で蛇口を捻って水が流れる音とか、誰
かの部屋でクローゼット開けた時の、ぱきっ、って何かが折れたみたいな音とか、お風呂場で
バスタブにお湯張ってたりする音とかがが聞こえたりする。流石に息づかいまでは無理だけれ
ど、人の歩く振動とかを体感出来る。こんな時は。
 思い出す。思い出してみる。
 あの頃はセミが鳴いていた。耳につく。
 誰も居ない。けど、耕一お兄ちゃんの部屋を覗きに行けば、確かにお兄ちゃんはそこにいて、
私が「遊ぼう」とねだれば遊んでくれた。
 でも本当はもう、そんな事をねだっていい歳じゃない。
 どうしよう。明日にしよう。
 どうしよう。それじゃ切ない。
 だから今日、今を逃すわけには行かなくて、私は結局また甘えようとする。私、もう15なのに。
 ひとり座椅子でぼーってしててもつまんないので、とりあおず、おこたを敷く事にした。敷
いていない時おこたはいつも、部屋の隅っこで壁に立てかけてある。今日もそう。今年の夏か
らクーラーがついてこの部屋、暖房は良く効くんだけれど、長年の習慣からだろうか、やっぱ
り、おこたの方が落ちつく気がする。足が暖かいのが気持ちいい。本でも読んでいるとやがて、
すねの辺りが熱くなって、腿に布団が被さる柔らかい重み。
 それに、暖房つけるんなら障子を閉めなくちゃならないから。誰かが通る筈の廊下とこの部
屋を区切らなくてはならない。
 中島みゆきの『群衆』を歌いながら、おこたを敷いた。
   あわれんでも はかなんでも
   ひゃくねんもつづかないどらまですか
 ちょっと、度忘れ。だから、何フレーズも飛ばす。

   せめて君だけは私をみつけて

 外部電源コンセント、挿入! とか頭の中で言いながら、壁のコンセントに、おこたのプラ
グを差し込んだ。コードを手繰って、スイッチ兼温度調節コントローラーを引き寄せる。
 ローラーを左に回して
 かちっ。
 プラスティックな音がしてスイッチが入って、更にローラーを回して『3』にした。
 炬燵の中に、両手を入れて、また暫くぼーっとしていたけど、これじゃぁ、先刻と変化ないじゃん、
  とほほほほほほ。
 そんな風に気付いて炬燵の中を潜ってTVの前に顔を出した。TVの側には、白い悪魔=サ
ターンがキャスター付きの灰色のプラスチックの台に乗せて置いてある。ゲーム機専用の台な
のだ。CDロムなら、下の引き出しに、30枚入る。て言っても、まだ5枚も持ってないけれ
ど。
 サターン、それからTVの電源を入れた。サターンはコンセント差し込みっ放しだった。き
ゅいんきゅいんとCDロムが回りだす。あ、入れっぱなしだったんだ・・・
 チャンネルはビデオ2。ビデオ1はビデオだからゲームはビデオ2。スピーカーから『ソニ
ックチーム』ーム、ーム、とエコー。
 入っていたのは『ナイツ』だった。白い悪魔を買ったら付いて来た冬季限定バージョン、通
称『クリスマスナイツ』。実はお気にの霞んだパステル画っぽいOPが始まる。肩までおこた
に潜らせながら、肘を畳に顔を支えて、絵の揺れる画面を見ていた。
  流れ出す、聖しこの夜を奏でるジングル・ベルの音。
  重なっていく、少し甘い、少したどたどしい、鼻にかかったような少女のような女のひと
の声のナレーション。
 
   まちは赤や緑のくりすます・からーに彩られています。
   ひとびとはたいせつなひとへのプレゼント探しでおおいそがし。
   エリオットとクラリスは、そんなひとごみの中にいました

 ただいま、と声がして、楓お姉ちゃんが障子を開けて立っていた。
 
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予告時間に間に合ったかな? (笑)
何しろ、元の原稿が去年なもので、サターンソフトの発売状況など、
古いデータてあるところはご容赦下さい(笑)
ワザと直さないんですけれどね。
西山さん、掲示板の方ではありがとうございます。
まぁ、この時期にクリスマスネタが重なるのは、みなさま予測している事でしょうし(笑)
きっと、節分の時には痕ネタが増えるだろうな、というのと同じ位。(笑)
大澤さん、・・・という訳です、千鶴さんは。
いえ、アレを読んでから加えました(笑)