Mery×3 X’mas  そのいち。 投稿者:沢村奈唯美


 クリスマスには、山下達郎とワム!。それと、辛島美登里も。最近サターン買ったから、
『ナイツ』のアカペラバージョンも、かな。ホントはいけないんだけど、ゲームのディスクを
CDラジカセに載せて、いつも聴いている。
 聖しこの夜。じんぐる・べる。もうすぐ、ここにも、イヴが来る。
 そして私はポストを覗く。おおきな木戸の脇の白い壁についた、ちいさなプラスティックの
透明な蓋を上げて中を見る。
 先刻、音がした。
   ぶろろろろーっ
 窓のガラスが遮って小さくなっても、郵便バイクの音だと直ぐに分かった。ここのとこ特に
気になる。以前はそんなに気に止めてなかったんだけど、今は気になる。あの夏が終わってか
らこっち、そして、イヴ前日の、今。


          ね、 ひとことで、答えて?
           私たちの事、好きですか?
 

 ポストの中は空だった。おかしいな、来たと思ったんだけど?
 くぐり戸を押し抜けて、道路に出てみた。右、それから左に首を回すと、郵便配達の赤いバ
イクがエンジンを蒸かして、一直線の道を去っていくのが見えた。遠ざかっていく……。
  ほら、遠ざかってく。
 

 耕一お兄ちゃんが東京に帰っていって、私たちの家は、少し、静かになったって気がする。
きっと、『元に戻った』って、それだけなんだろうけどね。今は4人、千鶴お姉ちゃん、梓お姉ちゃん、
楓お姉ちゃん、私、の4人で、昔のように暮らしている。叔父さんが亡くなる前と似たような感じで、
この『お屋敷』で。
 1番上の千鶴お姉ちゃんは、今日も、明日も出勤。クリスマスだからこそ、忙しいんだって。
こんな田舎、温泉くらいしか観光の目玉がないような所でも、やっぱりホテルに宿泊客は多いらしくて、
従業員に働かせておいて自分が出社しないのでは会長として示しがつかないと、どうにかこうにか
がんばっている。されどためいき、やっぱりためいき。でもウチの大黒柱だから、
頑張ってもらわないと困るんだけど、ねぇ?
 2番上の梓お姉ちゃんは、一応受験生って事で、これも、溜息つきながらも、はりきっている。
後輩の、ほら、かおりさん、ってひとが時折遊びに来るけれど……、勉強の邪魔にはなっていない
みたいだし。彼女と部屋で話をしたりするのが、いい息抜きになってるみたいだ。
実は今日も来ていて、そうなると、部屋のドアには鍵がかかってしまう。私、別に邪魔なんかし
ないけど……
 3番上の楓お姉ちゃんは、あんまり変わってない。私がサターンを買ったから、一緒にぷよ
ぷよをやったり、エターナル・メロディをやったり。エタメロでは若葉がお気に入りみたいだ。
楊雲かなーとばっかり思ってたんだけど。ちなみにアンジェリークではオリヴィエ。そりゃまぁ、
あのひと、耕一お兄ちゃんに似たとこ、あるけどね。
 4番目の私の事は自分の事だから、よくは分からない。よくは分からないまま、生きている。
あの事故で叔父さんが死んで、悲しかった。でも耕一お兄ちゃんに久しぶりに会えて、嬉しかった。
暫くこの家で一緒に暮らせたのは楽しかったけれど、どこか無理もしてたかもしれない。
もう少し甘えたかった、と思っても、もう、私、15だし。と思って遠慮してたからかもしれない。
耕一お兄ちゃんが帰っちゃってから、気が抜けちゃったみたいで、暫くは家でも学校でも、
ぼーっとしていた。そんな風に、その日をその日で生きている。

  ぶろろろろー。
 戻ってこないかな、なんて期待を込めて、ちっちゃくなってくバイクの後ろ姿を見ていた。
戻ってこなかった。遠くで角を曲がって、ブレーキをかけた音がする。アイドリングの音がする。
 ああ、ヨソの家には配る物があるのね。
 声をかけられて後ろを振り向いた。
 初音。
「ふん?」
 振り向いたら、千鶴お姉ちゃんがいた。ネイビーブルーのスーツとタイトで、左手には、
四角い白い紙の箱。右の肩にはヴェルサーチ。ショルダーストラップは黒い皮。
困り顔の金色メデューサが丸い縁の中。
「何してんの?」
「あ、早いね」驚いた感じで言ってから、「おかえり」ってつけ加えた。
「ただいま」微笑んでくれる千鶴お姉ちゃんは大人だ。24歳。飯島直子を少し幼くして、
ボーッとさせたような感じの顔をしている。サイドにシャギー入ってるし、今にも『がんばってこー』
とか言いだしそうで、やっぱり、企業の会長なんて感じじゃない。世襲制って訳ではないのだろうに、
何故かな? 
 何故だろ?
 なんて事を考えて、考えて私は、やっと気付いて訊いてみる。
「飯山さんは?」私は訊いた。
 いつも、千鶴お姉ちゃんを送迎してる黒のセダンが見当たらない。しゃがれた声で『こんにちは』
とか私に言ってくれる運転手の飯山さんの姿がない。
「ん? ああ、買い物するから、って、途中で降ろしてもらっちゃった」
 千鶴お姉ちゃんは、提げてた箱を、私の目の高さまで持ち上げた。風になびく草の模様がレリーフに
なってて、出来た影は薄いブルーに見えている。

  ・・・kin・・・kon

 自動ドアが開くと電子のカウベルが鳴るその店は、駅前商店街の入り口から左の三件目にある。
思い描いた。
 白い包装紙にくるまれた一口サイズのスゥイート・ポテトは、レジ前の篭の中。レジとか篭
とか載っかってるのは、縁の丸くなってるガラスのケース。その中にいろんな種類のケーキが
並んでいる。チーズケーキをふたつと、ショート、プリン、私はサバランが好き。
「ホール?」私は訊いた。
「うん」
「食べきれるかなぁ」と、苦笑する私に、千鶴お姉ちゃんは、
「あら」と、眉を寄せ上げて「いつも毎年、そうだったじゃない?」
    それは気づかないふりではなくて本当に気づかない仕草    
「え」 
 
    kin・・・kon・・・・
                
 声に出た。
 少し経って、やっと千鶴お姉ちゃんも気付いたみたいだった。
  くるり
 と踵で90度左にターンして、家の門へと体を向ける。
「郵便、来ないね」なんて私は独り言。
 そして足を一歩前に進める。
「師走だからね。遅れてるのかもよ」
 私を追い越して、千鶴お姉ちゃんが、くぐり戸を片手で押した。先に中に入って・・・・
その後ろで私はネイビーブルーに向けて呟いてみる。呟いてみた。
「そんなもんかな」
 閉めてね、と言われた通り戸を閉めた。
「そんなもんよ。この時期だと、来る時一気に来て、来ない日は、全く来ないって。大体20日
を過ぎると郵便の信用度は極端に落ちるのです。っても、まぁ、ウチはDMくらいしか来ないけど、
いつも」
「え、来るよぉ」
 千鶴お姉ちゃんの後に続いて、砂利の海に浮かぶ石畳の島々を飛び跳ねて飛び跳ね私は歩く。
お姉ちゃんは立ち止まりもしないで、
「何が?」玄関に着く。
「手紙」
  たっ  、たっ、  たっ・・・
 私も玄関にたどり着く。
 千鶴お姉ちゃんが私を振り向いて言った。
「持ってて」白い箱を私に差し出す。
「ん」
 受け取って結構重い事に気づいた。手提げの把手があったのだけれど、箱と一緒の紙で出来
たそれはなんだか頼りなくて、千切れて落っことしたくない私は、両手で胸の前に抱えてみる。
形が崩れるのも嫌だもん。
 お姉ちゃんがガラスの引き戸を開ける。
  からから。
 滑車の回る音を立てて戸が開く。
  から。
  丸石の敷き詰められた三和土を踏んで、靴を脱ぎ、上がって、お姉ちゃんがまた振り向いた。
「ありがと」
 そう言って把手を摘んで、箱を持ち上げて、また片手に提げて言う。
「玄関、鍵、かけといてね」
 言われたとおりに鍵をかけているうに、
     ほら、かちゃり・・・
 千鶴お姉ちゃんは居なくなってしまった。
 三和土に、揃えられて靴だけがある。銀の馬具飾りのついた、黒のスクエアトゥ・ローファーで、
ヒールは3センチくらいある。こういうの、昔は履いてなかったよね、お姉ちゃん。
 
 今年は、そうだったいつも毎年、じゃないんだ。
 
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暫くご無沙汰してました。
覚えていらっしゃる方、おひさしぶりです。
そうでない方、始めまして。
沢村奈唯美ともうします。男です(笑) 
え、コミケの準備も終わったし、って事で、予告通りの第一回です。
時期柄、ちょうどいいかなぁ、なんて。  

ふぅ。とにかくやっと、ここの作品も読めるぞっと。(苦笑)