DOLL 意識の選択 投稿者:沢村奈唯美


ただいま。

おかえりなさい。

おかえり。

おかえり。

おかえりなさい。
  
     ただいま

 私は注目を浴びる。
 スタッフの方々の視線を体に受けながら、私は部屋の中央へと歩いた。この部屋の机は、
そこに置かれた一脚のシートを中心に、同心円状に配置されている。
セクション毎で区切れた机と机との間が通路になり、そこを通って、私は自分の席へ向かう。
 焦げ茶の革張りのシートは、誰かが座る為の、ただのシートだが、そこに置かれた首輪には、
2本のプラグが刺さっている。それを伝って、私の内部と、この部屋のコンピューターとの間の
データをやりとりするのだ。
「どうだった? 今日は」
 シートに座った私に、女性が近づいて来る。

 秋山主任だ。この『セリオ』開発チームのリーダーだ。
 右手に持ったボールペンを口元で揺らしながら、彼女は訊いた。
「特に問題はありませんでした」
「そう、良かった」
 そう言って、秋山主任は笑った。笑顔を少し見つめてから、私は前を向く。
 今日、ここを出て、ここに戻るまでに何があったか、私がとんな要望を周囲から受け、
何処にアクセスして、どのように対処したか、私に直接尋ねるまでもなく、
それは、首輪をつけて私の記憶を読み込めば、知る事が出来る。もちろん、容量の都合から
重要度の低い順から忘却させてはいるものの、試験運用の目的であるユーザーとの接触に
関する情報は、原因−過程−結果の記録を、子細に至るまで記憶させてある。
秋山主任も、それは理解している筈だ。
 それがおかしな事だとは思わない。彼女も、人間なのだ。
「じゃ、データ取るから」
 そう言って、秋山主任は、首輪を私にはめた。私は目を閉じる。開けたままでも、
支障はないのだが、『怖いから閉じていて』と、前に、主任から要望があった。
活動停止状態では、目は閉じる。重要な事だ。
私は記憶した。
 意識レベルを下げる。暗い水色の映像を視界に浮かべた。黒からその色へとグラデーションで
変化していく半透明のフィルターが、瞼の裏に映る。
フィルターの先は、闇だ。意識レベル0の世界だ。
 誰かの手が、私の頭を撫でている。
 秋山主任だろう。
 髪を撫でる手の圧力を感じながら、私は、何枚も重ねられた意識のフィルターを
最下層のレイヤーまで閉じていった。
 最後のレイヤーは閉じる事が出来ない。 レベル【0】 は、多分、死の世界だから。

 
 トラブルゼロ。
 不良セクタは発見されませんでした。
「本当に優秀ねぇ、セリオは」
 モニターに向かって、私が呟く。独り言のつもりだったのに、聞いていた人間がいた。
「現代科学の粋を集めてつくられたんだ、当たり前ですわな」
 低い男の声だ。私は振り向いて、彼の方を見る。
 口髭を蓄えた、金髪の無骨な青年が立っていた。髪は脱色したのだと、すぐに分かる。
髭は黒だったから。
「でも、科学だって万能じゃない」
 今更な決まり文句を、SSSS担当の川島くんが、彼のすぐ隣で口にする。
 金髪の青年は、決まりの悪そうな笑みを浮かべて、セリオのすぐ前にある私の席まで寄ってきた。
「どうしたんですか? 今日は」私は笑顔で歓待の意を表し、彼を迎えて、席を立つ。
「いや、自分の作った人形が動くところが見たくて」
 彼が云う。云ってから、シートに座って目を閉じるセリオに視線を向けた。
 南原恭二。
 彼は原型師だった。最近のメイドロボ開発に、この職の人間は欠かせなくなっている。
 ユーザーの要望に応えていくうちに、メイドロボの体型は、人間のそれに次第に近づいていった。
 より自然な体のライン、ユーザーの好みにかなう体のライン、それを、三次元のモノとして
実現させるには、どうしても、それを専門職とする人間の助けが必要だったのだ。
 だから、メイドロボは、科学の産物であるだけでなく芸術の産物であるとも言えるのだ。
人類の英智の結集と云ってもいい。
「けれど、セリオは、どんな職業のプロフェッショナルにもなれる訳でしょう?」
 セリオの顔を、見つめたままで、南原くんは、「参ったな」と苦笑する。
「もう、じき、僕の仕事もなくなっちゃうんじゃないですかね」
「どうかしらね。セリオにユーザーの好みまで考慮できるかどうか」
「大丈夫」川島くんが口を挟む。「来栖川のデーターベースに、メイドロボのクレイモデル
や木型の作り方までは、まだ載せていませんから」そう言って、くすくすと笑った。
「あったらあったらで、便利なんだけどね」南原くんは、川島くんの方へ首を曲げて云った。
「他の原型師が、どんな作り方してるかは知りたいから」
「そういう人がいるから、載せないのよ、きっと」私は苦笑する。
「そうか」と云って彼も笑った。
   
「マルチには会ってきたの?」 
 常備してあるクッキーを花柄の皿に盛り、コーヒーの紙コップと共に渡して、南原くんに尋ねた。
「先刻、そこでばったり」
 外出中で空いていた席に、遠慮がちに浅く腰を掛けた彼は、コーヒーのコップを、
モニターとキィボードの間に、こぼさないように用心深く置いた。
クッキーの皿は、膝の上に置く。
「そこで、って、何をしてるの、あの子は?」
「さぁ?」南原くんは、クッキーをひとつ口に運ぶ。片手を受け皿にして、小さく囓った。
「散歩とか」
「マルチは、学習型ですから」永島くんが、遠くの席から言葉を発する。
 その言葉を受け手、川島くんが、また、笑う。
「散歩させて、道順をおぼえさせる、ってか?」
 まさか。マルチだって、起動してから2週間が経っている。
 まさか、幾ら何でも。少し馬鹿にして、私は密かに、ため息をつく。

  とん  とん

 ドアをノックする音がした。
「はい?」川島くんが返事をして、椅子から立ち上がる。ドアへ向かった。
 ドアを開けた川島くんが「え?」と声を漏らしたのを聞いた。
「あの・・・・」
 彼の背中の奥に、女の子の声がした。幼い声だ。キィの高い音が、不安げに揺れる。
「あ、な、なんですか?」
 頼りない川島くんの応対に、私はドアまでを歩く。
「はい、なんでしょう?」
 そして私は言葉を失う。
 そこに、マルチがいた。眉を曲げて、瞳に涙をため、何かを念じる僧侶のように手を胸元で、
固く組み合わせて、私を見上げる。
「あ、あの」
 マルチの言葉を、私は少し唖然として待つ。
「2班のお部屋は、どっどちらでしょう?」
 くすくす、と、南原くんが、遠く笑っているのが聞こえた。
「え、ええと、この先をまっすぐ行って」
 そこで、また言葉を失う。
 この建物、中でも、ひとつの開発室から他の開発室への道順を他人説明するのは
難しい事なのだと思い出す。
 そうだ、赴任当初は、私もよく、迷子になった。
 幾度もの増改築を重ねた所為だろう。その上、大した特徴もないような場所ばかりを
繋げてあるから、建物の中で現在位置がどのあたりにあるのかを考えるのが、難しくなっている。
「一緒に行こうか」
 私の背中から、南原くんが、マルチに声を掛けた。
「僕もね、今、行こうと思ってたんだ」そう云って、私の横に並ぶ。
「あっ、ありがとうございます! 心優しい方!」
 マルチはライトグリーンの髪を跳ねさせ、涙で潤んだ瞳を蛍光灯の光に輝かせながら、
南原くんを仰ぎ見る。背の低い子だった。起動実験の時にも、そう思ったけれど、
メイドロボとして、頼りない。
「じゃ、また来ます。今度は、動いてるセリオに会いたいな」
「もう少し早い時間に来ていただければ、大丈夫ですよ」
 そう言った私の前へ出て、振り向き、首を曲げるだけの会釈を見せて、
南原くんは、マルチの肩に手を触れた。
「よし、行こうか」
「あの」と、マルチが云う。
「ん?」南原くんが訊き返した。
 マルチは、うつむき加減に、頬を少し染めて、こう云った。
「よろしければ、お名前を、お聞かせ願えませんか? 親切な方」
 あ、ああ。
 苦笑する。
 それから、云った。
「南原恭二」
「南原さんですかー、素敵なお名前ですねー」
「ははは」
 笑って、南原くんはドアを閉めた。
  君、マルチだろ?
  はい、そうです。
  もう、学校にはなれたい?
  ええ、でも、私、ドジばかりで・・・・
 遠ざかる会話が消えるまで、私と川島くんは、閉まったドアの前に立っていた。      
 やがて、川島くんが、声のトーンとボリュームを落として呟く。
「『素敵なお名前ですねー』」続けて、「なーんて、ちょっとわざとらしいかな・・」
 永島くんがキィボードを叩く音が、部屋の中に聞こえていた。
 先刻いれたコーヒーの香りが、このドア口まで、漂ってきている。
 
 マルチの原型を作ったのも、南原くんだった。
 
 南原くんが、残していったクッキーを頬ばって、セリオを見た。
 セリオは眠っている。瞼を閉じているから、本当に、眠っているように見える。
 コーヒーを口に含んだ。
 
  傷ついたかな、彼。

 私は思った。 
 

  ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
  続けるつもり、なかったのに(笑)
太田さんの「ピカチュウ」なんか、可愛い☆

タイトルは、嘘です、ごめんなさい、下川さん(笑)。
あのCDの中では、最後の曲「幻」が一番好きです。
(それから、TO HEARTサントラ、初版のミスプリの色あいが、
ものすごく気にいっちゃってるんですけど
・・・おお、これだ!! と思いました。本当に)
「ORANGE」では、「ためいき」が好きかなぁ。
とりあえず、DTMの勉強を、僕もする羽目に陥りそうです。。。