歪んだ王国 #1 投稿者:沢村奈唯美


いつもの席に座って瑠璃子を待った。
クーラーの効いた店内にいると現実の感覚を失う。
けれど、今年は猛暑になると新聞が言っていた。確かに外は暑かった。
七月。初旬。午後2時。12分。
そろそろ期末の時期だから、この時間でも外には学生が多い。
そこに埋もれたくはない。違う学校の生徒であっても、同じ学校の生徒であっても、
なるべく、一緒に居たくない。
人間は基本的に嫌いだった。
だから、線路際、小さなビルの地下にある、あまり学生の入らないような、このレストランで、
僕はいつも瑠璃子を待つ事にしていた。
瑠璃子は妹だ。僕の家族だ。
 
「おまたせ」
瑠璃子が、そこに現れる。
拓也が目を上げた。眇めるように目を細めて、小さな笑みをつくりあげる。
拓也が言う。
「ああ」
瑠璃子は拓也に微笑みを返す。格子ような背もたれの椅子を引いて、兄の向かいの席に座る。
鞄は、隣の開いている席の上に置いた。
瑠璃子が言う。
「今日ね、安房直子読んでたよ、ずっと」
妹の右の耳の向こうに、瑠璃子に出す水を用意している
ウェイターの姿を拓也は見つけた。
拓也が笑う。
「何やってんだよ、学校で」
「でも、授業中はやめといた。期末前だし。読んでたのは、休み時間とか、お昼の時とか…………」
瑠璃子の前に水の入ったコップが置かれる。壁に生えたライトを浴びて、その縁が丸く光る。
テーブルの、艶を押さえた黒い化粧板の上で、それは、月のようだった。
瑠璃子がアイスコーヒーを頼む。
書き付けもしないで、ウェイターはキッチンへと戻って行った。
「なんか、電波飛んでた」瑠璃子が言った。
貝の形をしたシェードを被った照明は、黄昏の色をしている。
テーブルの片側に接した壁の、瑠璃子と拓也との中間、
頭の少し上のあたりから、それが、ふたりとテーブルの上とを照らす。
「本読むのはいいけど」拓也が言った。
BGMが聞こえる。呻くようなチェロと、途切れ途切れに単音を弾くピアノの音が認識出来る。
ノイズが混じっていた。
「ひとづきあいは大切にしとけよ」
「だいじょうぶ。一応、友達はいるよ、私」
そう言って瑠璃子は、にっこり、と微笑んだ。
拓也は自分のアイスコーヒーのストローに口をつける。


 
つづく。

■作者より
いやぁ、おしごとやら HP開設の手伝いやらしてたので、
ひさびさになってしまったら、増えてること、増えてること(笑)