心、優しさ 外伝3 〜マルチのいない風景〜 投稿者:セリス


静かだ・・・。
俺の家って、こんなに静かだったんだ・・・。
マルチがいないというだけで・・・。

朝。
一日の始まりを告げる、さわやかな季節。
俺はいつも通りの時間に目を覚ます。
そして、いつも通り布団に潜り込む。
そうすれば、いつものように、マルチが俺を起こしに来る・・・。
・・・・・。
そこまで考えて、思い出す。
マルチは、いないのだということを・・・。
誰も、俺を起こしに来てはくれないのだということを・・・。

大学へ行く。
同じ学校のあかり、雅史とも会う。
だが、二人が言うことは同じだ。
「浩之ちゃん、元気ないね」
「浩之、元気だしなよ」
彼等の気遣いに感謝しつつ、ほんの少しだけ、その無神経さに腹を立てたりする。
マルチがいない。
俺は、元気を出せるはずもない。
今日も気怠く一日を過ごす。

帰宅途中、マルチの妹を見かけた。
さすがに大ヒット商品で、あちこちで見かける。
マルチも、妹を見つけるたび、声をかけていた。
だが、姿形は同じでも、笑顔を見せるのはマルチだけだ。
妹達は、いつも同じ表情。
そんな彼女達を見るたび、マルチは複雑そうだった。
「妹達は、幸せなんでしょうか?」
俺にそんなことをきいてきたこともある。
その時、俺は何も答えられなかった。
ただ黙って、泣いているマルチを抱きしめるだけだった。

夜。
俺は帰宅する。
ドアを開けると、一瞬、笑顔で出迎えてくれるマルチの幻が見える。
そして、すぐに消える。
・・・もう、マルチはいないんだ。
哀しい事実を再認識させられる。

そして、俺は眠りにつく。
マルチがいた、幸せだった頃を思いながら・・・。
マルチの夢をみられるように、と願いながら・・・。

翌日も、同じだった。
朝。
誰も起こしに来てはくれない。
誰も、温かい朝食を作ってはくれない。
俺はトースターで簡単に朝食をとる。
高校の頃に編み出した食べ方だ。
そして、マルチを思い出す。
もういない、俺の大事な女の子の事を・・・。

昼。
あかりが俺を心配する。
「浩之ちゃん、大丈夫? 元気出してよ。マルチちゃんなら・・・」
「・・・」
俺は黙ってあかりを見た。
「・・・浩之ちゃん」
「・・・頼む。マルチの事は、言わないでくれ・・・」
「浩之ちゃん・・・」
あかりも、それ以上何も言わなかった。

夕方。
俺は、帰宅する。
今日は上手く時間を潰せなかった。
マルチがいた頃は、できる限り早く帰るようにしていた。
だが、もうそんなことをする必要はないんだ。
家に帰っても、誰も待っていないんだから。
笑顔で迎えてくれる、優しい女の子はいないんだ・・・。

家に長くいると、マルチとの日々を思い出してしまう。
それがつらくて、俺は毎日外で時間を潰している。
今日はそれもできなかった。
ビデオでも見ていよう。
俺はそんなことを思いつつ、ドアを開けた。
すると・・・。

ぱたぱたぱた・・・。

「おかえりなさいませー」
・・・いやに鮮明な幻が見えた。
目の前のマルチは、とても幻とは思えないほど鮮明で、いつも通りの笑顔だった。
「・・・よせよ。これ以上、感傷に浸らせないでくれよ・・・」
視界が滲んできた。
今まで我慢していた物が切れたようだった。
「感傷? どうしたんですか、浩之さん?」
マルチの姿がぼやけてきた。
「・・・はは、ほら、やっぱり幻じゃないか・・・」
俺はマルチに手を伸ばした。
・・・温かかった。
「浩之さん。私、幻じゃないです。ちゃんとここにいますよ」
マルチは俺の手を自らの胸に当てた。

とくん・・・とくん・・・とくん・・・。

優しく脈打っていた。
「マルチ・・・」
俺はマルチを抱き寄せた。
「浩之さん・・・」
マルチは、温かかった。
その温もりに、マルチが帰ってきたことを実感した。

五分後、居間。
「マルチ。いいのか?」
俺はマルチに尋ねた。
「はい。あちこちのスタッフの方も一生懸命手伝って下さいましたから」
笑顔で応えるマルチ。
「そうか。よかったな、メンテナンスが無事終了して」
「はい。セリオさんのスタッフの方も手伝って下さったおかげで、四日かかるところが二日で
終わりましたから」
「寂しかったぜ、マルチ。これからもよろしくな」
「はっ、はいっ! こちらこそよろしくお願いします!」
マルチがいる。
それだけで、毎日が希望に満ち溢れているようだ。
俺は心の穴が消えていくのを感じた。

                   外伝3 〜マルチのいない風景〜 完

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マルチ:こんにちは。今回は、私、マルチと・・・。
楓  :・・・柏木楓です。
マルチ:の、二人で対談してみます。
楓  :よろしく。(ぺこっ)
マルチ:えーと、初対面ですよね? はじめまして、楓さん。
楓  :はじめまして。
マルチ:・・・楓さん、対談なんですから、もっとしゃべって下さいー。
楓  :・・・ごめんなさい。
マルチ:・・・じゃ、じゃあ、気を取り直してあとがきいきますぅ。
楓  :今回の話・・・ちょっと・・・。
マルチ:内容はともかく、一度私と離れた浩之さんを書いてみたかったそうです。
楓  :内容・・・あの唄が思い浮かびます。
マルチ:あの唄、ですか?
楓  :そう。「痕メモリアル」のバッドエンディングテーマ、「女々しいエルクゥの唄」・・・。
マルチ:・・・と、とりあえず、目的は達成できましたよね。
楓  :・・・そう・・・かもしれない。
マルチ:あ、そうそう、本文中、一文だけ、「痕」からの流用文があるそうです。「あまりにも良い文だ
   ったので、使わせてもらいました。すみません」・・・伝言です。
楓  :・・・私の話ですね。
マルチ:楓さんの話は、泣けますよね。
楓  :・・・。
マルチ:・・・じゃ、じゃあ、今回はこれくらいで。

セリス:やっぱりこの二人じゃ対談にならなかった・・・。

>アルルさん
ありがとうございます。
これからも幸せなマルチを書いていきます。