堕説・痕 分岐1 最終話 投稿者:セリス


俺が崩した扉。
その残骸の向こう、どこかで会った緑髪の女の子がいた。
最新型メイドロボ、マルチだ。
マルチは両手を口にあて、信じられないという驚愕の表情だ。
「セリオさん、危ない! 逃げて下さい!」
マルチは俺と対峙しているセリオ2に向かって叫ぶ。
一瞬とまどったが、すぐに分かった。
俺はエルクゥに変化し、その外見はとても人間には見えない。
一方、セリオ2の方は、とてつもない戦闘能力を持ってはいるが、一見した限りでは
普通の女の子、あるいは普通のメイドロボだ。
マルチが勘違いするのも無理はない。
「・・・」
だが、セリオ2はあくまで無反応だった。
微かにマルチを見たが、すぐに俺に向き直った。
「セリオさん、どうしたんです?! 危険です、早く逃げないと・・・」
「・・・」

ビュッ!

セリオ2が眼前に迫る。
避ける間もなく、セリオ2の体当たりを喰らう。

ドグォッ!

壁に叩きつけられる。
「く・・・」
もう立ち上がる気力もない。

コツ、コツ・・・。

セリオ2は、動けない俺のそばまで来ると・・・

バギイッ!

俺を一気に蹴り飛ばした。

ドガッ!

俺はそのまま壁に激突した。
そこは、偶然にもマルチのすぐそばだった。
「セ、セリオさん・・・?! どうしたんですか?!」
マルチが驚いている。
「なんだ、長瀬のところのHMR−12型か。一体何の用だね?」
男の、どこか不機嫌そうな声が聞こえる。
「あ、あなたは、セリオさんの開発主任の方ですか?! セリオさんは、一体
どうしちゃったんですか?!」
「セリオ? 別にどうもしやしないさ。いや、むしろ今までの方が異常だったのだよ」
「そ、そんな?! セリオさんはこんなことをする方じゃありません!」
「・・・ふう。まったく、お前はつくづく出来損ないだな。いや、お前を作ったのは、あの
長瀬だものな。長瀬の影響だな、これは」
「・・・確かに私は至らないロボットです。でも、セリオさんは・・・」
「そうだ。この私が開発主任を務めていたのだ。お前のような出来損ないになど、なるわけが
ないだろう」
「そうです! セリオさんは、こんなひどいことしません!」
「まったく、幸せな奴だな、お前は。本当に何も知らないんだな」
男は冷たい笑みを漏らした。
「ふ、ちょうどいい。マルチ、お前にいいことを教えてやろう。そこで寝ているお前達も、
冥土のみやげに聞いておけ」
男の冷徹な声。
「そもそも、なぜセリオはこんなにも多機能なのか、考えてみたことはあるか? 家庭用はおろか、
業務用としてもあまりにも高機能だ。こんなにも凝って作っていては、いかに天下の
来栖川グループでもとても採算があわん。これでは趣味の分野に等しい」
セリオ2は微動だにしない。
「いいか、よくきけ。セリオはもともと、軍事用として開発されていた機種なのだ。どのような
極限状況においても、いかに絶望的な状況下に陥っていたとしても、最期まで百パーセントの力を
発揮することができる兵士。これが、セリオの開発指針だったのだよ」
「・・・そ、そんな・・・?!」
「それが、来栖川の経営方針の転換により、急遽一般向けのメイドロボとして売り出されることに
なったのだ。セリオの高機能ぶりは、その名残を流用しているのだよ」
「・・・!!」
「そして、今ここにいるのは、軍事用として開発された当時の運動性を持ち、さらにエルクゥの力を得た
戦闘兵器・セリオ2だ。お前のような出来損ないのメイドロボなど、お呼びではないのだ。失せろ!」
男は冷酷に言い放った。
それと同時にセリオ2が行動を再開した。

シュッ・・・。

男の声に反応し、セリオ2はマルチを標的に定めたようだ。
マルチを攻撃しようとしている。
「マルチっ!」
俺はマルチに飛びついた。

ドザッ・・・。
ビシュッ!

俺達の頭上をセリオ2の腕が通り抜ける。
「・・・」
マルチはうつろな眼をしたまま、何も言わない。
「マルチ、大丈夫か?! おい、マルチ?!」
「・・・あなたは?」
「俺だ、耕一だ!」
「耕一さん・・・?」
「そうだ、こんな姿だが、俺は耕一だ! 信じてくれ!」
「信じますよ・・・」

ドガッ!

セリオ2が俺ごとマルチを蹴り飛ばす。

ダゥンッ!

壁にぶつかる時、咄嗟にマルチをかばった。
「・・・くぅっ!」
「・・・」
マルチはやはり何も言わない。
うつろな眼で中空を見ているだけだ。
「耕一君。そんなことをしていると、君の方が参ってしまうよ。もう少し、セリオ2の性能テストに
付き合ってくれないかね?」
嘲るような男の声。
「・・・くそっ!」
俺も死を覚悟した、その時。

スッ・・・。

突然マルチが立ち上がり、セリオ2と対峙した。
「・・・ですよね・・・?」
「・・・マルチ?」
「・・・うそですよね・・・? セリオさん・・・」

ポタッ・・・。

何かが地面に落ちた。
それは、マルチの涙だった。
「うそですよね・・・。セリオさんが、人を殺すために作られたなんて・・・。セリオさんは、私と
同じように、人間の皆さんのお役に立つために作られたんですよね・・・?」
「・・・」
「うそですよね・・・。セリオさんは、人を幸せにするために作られたんですよね・・・」
「・・・」
「うそですよね、セリオさん・・・」
マルチは少しずつセリオ2に近づいていく。
「・・・ふっ、この期に及んで何をするかと思えば・・・。無駄だ、セリオ2は戦闘に不要な機能は
すべて排除してある。セリオ2の意識・感情・記憶などは、すべて消去済みなのだよ。お前が
何を言おうが、セリオ2に何の変化も与えらんよ」
「・・・」
「うそですよね、セリオさん・・・」
「まったく長瀬のロボットは・・・。セリオ2、やれ」

バキッ!

マルチはセリオ2に吹き飛ばされた。
「きゃああっ!」
「マルチっ! ・・・てめぇっ!」
俺は力を振り絞って立ち上がった。
今戦えるのは俺だけだ。
俺がやらなければみんなやられるだけだ。
再び臨戦態勢をとろうとしたが・・・
「耕一さん、やめて下さい! お願いです!」
「マルチ?! どうして! あいつは・・・、セリオ2は敵なんだ!」
「違います! 敵なんかじゃありません! 私と同じメイドロボのセリオさんです!」

ドガッ!

「・・・ぐっ!」
「・・・!」
セリオ2の攻撃。
「・・・これでもか?! これでもセリオ2は敵じゃないっていうのか?!」
「そうです、セリオさんは敵なんかじゃありません! 絶対に!」

スッ・・・。

マルチは再び立ち上がった。
「・・・セリオさん、どうしたんですか? あなたは、こんなことをする方ではないでしょう?」
セリオ2は何も言わず、ただマルチと対峙している。
「・・・セリオさん。あなたは、私よりずっと優秀で、何でもできて、でもとっても優しいセリオさん
でしょう? いつもドジばかりして困っている私を、優しく助けてくれて・・・」

ポタッ・・・。

マルチの涙がこぼれる。
「・・・いつも一緒にバスに乗って学校に通ってましたよね。私がお金を忘れてバスの料金を払えなくて
困っていたとき、優しく助けてくれましたよね・・・」
「ちっ、鬱陶しい。セリオ2、一気に片づけてしまえ」
「・・・」
セリオ2は動かない。
「どうした、セリオ2! 私の声が聞こえんのか?!」

ポタッ・・・。

俺の顔に、滴がかかった。
マルチの涙かと思ったが、違った。
それは・・・
「・・・セリオさん・・・」
「・・・」
「ばっ、馬鹿な?!」
セリオ2の涙だった。
「そ、そんなはずがない! セリオ2には、意識も感情もないはずだ! 涙など、流すはずは・・・」
何も言わず、無表情のままだったが、セリオ2は泣いていた。
「・・・セリオさん、おかえりなさい・・・」
マルチも泣きながらセリオ2を抱きしめた。
やはり無表情だったが、セリオ2が笑ったような気がした。
「・・・よかったな、マルチ・・・」
俺も目を拭った。
「・・・ふっ、茶番はそこまでにしてくれないかね、諸君?」
男の落ち着き払った声が響いた。
「貴様、いまさら何をするつもりだ・・・?!」
「性能テストとしてはまずまずだ。これ以上は望まん。次に生かせばいいのだからな」
男はそばにあった機械のボタンを押した。

ビーッ、ビーッ、ビーッ・・・。

突然セリオ2の身体から警報音が鳴りだした。
次の瞬間、突然セリオ2が動いた。

ガシャーンッ!

セリオ2は容易くガラスを破ると、男のそばに控えた。
「きっ、貴様! 何のつもりだ?!」
セリオ2は俺達を振り向いた。
そこには、優しい笑顔があった。
そして・・・

ドグオオオオオオオオオオーーーーンンンッッッ!

俺の視界は光に沈んだ。


「・・・一さん、耕一さん・・・」
「う、うーん・・・、誰だ・・・?」
「起きて下さい、耕一さん」
「・・・ああ、わかったよ」
俺は目を開いた。
目の前にはすすだらけのマルチの顔があった。
「耕一さん! よかった、気がついたんですね!」
「あ、ああ・・・。ここは・・・?」
あたり一面は瓦礫に埋まっていた。
日光が降り注いでいる。
「長瀬さんと月島さんも気がついてますよ。あちらにいます」
マルチが指さした方を見ると、瓦礫の山をかき分け、祐介と拓也が何かやっている。
「祐介! 拓也! 無事だったんだな!」
俺は二人の方へ歩き出した。
「あ、耕一さん。気がつきましたか」
「お元気そうで何よりです」
「ああ、お前達もな。それより、何やってんだ?」
「コンピュータのデータが破壊されたかどうか、確認してたんです。うまく破壊できたみたいです」
「データ・・・? あっ、そうだ! フロッピーがなかったか?」
「フロッピー・・・ですか? 何のフロッピーです?」
「この前拓也にとられたやつだよ。それを取り戻すってのが、そもそもの目的だったからな」
「・・・すいませんでした」
「・・・申し訳ありません」
「おっと、もうそれはいいよ。お前達にも、事情があったんだろうからな」
「ありがとうございます」
「そう言っていただけると、気が楽です」
「それより、どうだ? あったか?」
「うーん、それらしいものはありませんでしたけど・・・」
「でも、ここが最高研究室でしたからね。必ずここにおいてあったはずです」
「この惨状ですから、おそらく破壊されているでしょう。たとえ無事だったとしても、
この瓦礫の中からたった一枚のフロッピーを探すことなど、不可能です」
「・・・そうか。それならいいんだ。それよりも・・・」
俺はあたりを見回した。
「この有様は一体どういうわけなんだ?」
「さあ・・・」
「僕達が気付いた時には、もう・・・」
「・・・セリオさんが自爆したんです」
いつの間にかそばに来ていたマルチが言った。
「セリオさんの開発主任の方が、セリオさんの自爆装置を作動させたんです。その爆風で、研究所が
半壊したんです・・・」
悲しげな口調だ・・・。
「なぜ、僕達は助かったんだろう?」
「・・・たぶん、あのガラスのおかげです。あれが壁となって、衝撃を和らげて
くれたんでしょう・・・」
「・・・セリオは、自爆するって、分かっていたんだな・・・」
「・・・はい。だから、私達を助けるために、ガラスの向こうへ行ったんでしょう・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
誰も、何も言えなかった。

ピーポー、ピーポー・・・。

どこからか、救急車のサイレンがきこえてきた。


来栖川グループ本社・最高会議室。
「・・・以上が、研究所より得られたデータです。なお、研究所は半壊、すべてのデータは
破壊されました」
白衣を纏った男がスライドを映しながら説明している。
「素晴らしい。研究所一つでこれだけのデータが入手できたのなら、安いものだ」
「いや、研究所が潰れたおかげで、情報の攪乱にもなる。むしろ喜ぶべきだろう」
「彼等も気の毒です。私達の手の上で踊らされているとも知らずに」
会議に列席しているメンバーが討論する。
「エルクゥの力・・・。たいしたものだ。ほとんど研究もせずに使って、あれだけの能力を
発揮できるとは・・・」
「わずか一日足らずの付け焼き刃ですからね。我が社の製品とエルクゥとは、相性がいいのかも
しれませんね」
「うむ。まだまだ研究の余地ありだが、将来の我が社の根幹を担うことになるかもしれん」
会議のメンバー達は一人の男を見た。
「君の情報は素晴らしいものだったよ。幹部への昇進を約束しよう、柳川刑事」
柳川は静かに頭を下げた。


「耕一さん。これからどうします?」
「ん? そうだなあ・・・」
駅前を歩いていた俺は三人を振り返った。
あのあと病院へ引っ張って行かれたんだ。
マルチは俺達の付き添いだ。
「とりあえず、一度隆山へ行くよ。千鶴さん達、心配してるだろうし」
「そうですか」
「えっ、耕一さん、隆山の方なんですか?」
「ああ、まあな。お前達はどうすんだ?」
「僕達は、家に帰ります。ね、月島先輩」
「そうだな。瑠璃子も心配してるだろうし」
「私は、来栖川の本社の方にいくことになってます」
「そうか。じゃ、ここでお別れだな」
「はい」
「ええ」
「お名残惜しいですが、仕方ありませんよね・・・」
俺達は駅前で別れることにした。
「じゃ、またな。縁があったら、また会おうな」
「はい。それでは」
「お元気で、耕一さん」
「あの、みなさん、色々ありがとうございました!」
四人はそれぞれの方向に散っていった。


一人になった俺は空を見上げた。
見事な秋晴れだ。
「さて! みんな心配してるだろうし、急ぐとするか!」
空はどこまでも澄み渡り、秋の太陽は優しい日差しを投げかけていた。


                             堕説・痕 分岐1 終