堕説・痕 分岐1 第六話 投稿者:セリス


ふと気がつくと、もう外は暗くなっていた。
ずいぶん長い時間、ここにいたようだ。
俺は涙を拭くと、本を持って立ち上がった。

居間に戻ってみると、四人が揃っていた。
「あ、耕一さん、おかえりなさい」
「おかえり。遅かったね」
「おかえりなさい・・・」
「お兄ちゃん、おかえり〜」
「・・・みんな、俺を待っていてくれたのか」
彼女達の優しさには、いつも救われている。
俺はいつもの場所に腰を下ろすと、四人に本の内容を説明することにした。
「みんな、きいてくれ。この本を読んで、幾つか大事なことがわかったんだ・・・」


「・・・ひろあきちゃあん・・・」
「何も言うな、あかり。大丈夫だ。すぐに帰れる」
浩之とあかりはまだ迷っていた。
「なんか、さっきから同じとこをぐるぐる回ってるような気がするよ・・・」
「こう、塀ばっかの道じゃあな。それにもう暗いし」
「どうしよう、ひろあきちゃん・・・」
「うーむ、まさかこれほどに人通りが少ないとはな。計算外だった」
「高級住宅街だもんね。みんな車で出かけるんだろうね」
「前に人とすれ違ったの、確か一時間前だったよな」
「この辺って、タクシーも全然こないよね」
「こんなところからタクシーに乗る奴なんて、いないんだろうな」
「そうだね」
なんだかんだ言いつつ、結構のんきな二人だった。
「あっ、ひろあきちゃん、見て」
あかりがある家の前に立ち止まり、表札を指さした。
「んっ、どうした、あかり?」
「ここ、柏木さんの家みたいだよ」
「柏木? ・・・どっかで聞いたような名前だな」
「もう、ひろあきちゃん。ホテルの経営者の名前じゃない」
「あ、そうだそうだ。よく覚えてたな、あかり」
「うん、ありがと。すごい大きい家だね」
「ま、あんだけでかいホテルを経営してんだ。金持ちにもなるさ」
「そうだね。すごいね」
「・・・そうだ。あかり、ここの人にホテルまでの帰り道を聞いていかないか?」
「そうだね。道を聞くぐらいならいいよね」
「よし、決まりだな」
浩之はインターホンに指を伸ばした。
 

「・・・ということなんだ」
俺はだいたいのことを説明すると、言葉を切った。
「おじさまが、そんな研究を・・・」
「知らなかった・・・」
「・・・おじさま・・・」
「・・・おじさん・・・」
みんなに親父のことを思い出させてしまったようだ。
だが、これは話しておかねばならない。
「あのフロッピーに何が入っているか・・・実物はないけど、だいたいの予想はつく。多分・・・」
「・・・はい。私達柏木家の者が持つ、エルクゥの力についてでしょう・・・」
楓ちゃんが答える。
「親父は危険なものだと書いていた。そして、それを俺に任せる、と。
俺は親父の希望を叶えてやりたい」
俺がそう言った時、

ピンポーン・・・。

呼び鈴が鳴った。
「あ、いいよ、あたしが出る」
梓が玄関に向かった。


ピンポーン・・・。

浩之がインターホンを押した。
「ひろあきちゃん、なんて言うの?」
「正直に言えばいいさ。散歩に出て道に迷ったって。間抜けな話だけどな」
「しょうがないよ。実際道に迷っちゃったんだから」
「まあな」

がらっ・・・。

引き戸が開いた。
応対にでた梓は玄関前にいる二人を見て、怪訝な表情をした。
「・・・あの、どなたですか?」
「どうも、こんばんは。俺達は鶴来屋に泊まっている者ですが」
「ええ、そうなんです」
浩之達が自らの身分を話す。
「それはどうも。・・・それで、どうしてこちらへ来られたんです?」
「ええ、それなんですが・・・」
「あの、私たち、散歩に出たら、道に迷ってしまって・・・」
「・・・え? 散歩で道に迷った・・・?」
「はい、そうなんです」
「それで、ホテルまでの帰り道を教えていただけないかと思いまして・・・」
梓はあっけにとられたような顔をしていたが、直後・・・
「・・・ぷっ・・・あーっはっはっはっ・・・! さ、散歩で道に迷った・・・?
ばっかみたい! あーっはっはっはっはっは・・・!」
弾かれたように笑い出した。
こう大笑いされては、浩之達も気分がいいはずがない。
「・・・」
「・・・あの、道を教えていただけませんか?」
あかりがとってつけたように言うが、
「あーっはははは・・・」 
笑っている梓には聞こえていない。
「なんだなんだ、梓、どうした?」
「梓、なにを笑っているの?」
笑い声を聞いて、耕一と千鶴も来た。
「耕一! 千鶴姉! きいてよ! この二人、散歩で道に迷ったんだって! くくく・・・」
「散歩で道に・・・? ・・・ぷっ」
「ね、おかしいでしょ? あーははははは・・・」
「え? 道に迷った?」
ただ一人常識を持っていた千鶴が浩之達にきく。
「はい、そうなんです。それで、道を教えていただきたいと思いまして・・・」
救いの神を得たあかりが改めて説明する。
「まあ、それは大変でしたね。それで、どちらへ行かれるのですか?」
「鶴来屋へ帰りたいのですが・・・」
「それでは、お客様ですか?」
「はい、一応鶴来屋に泊まっていますから」
「それはそれは、とんだご無礼をいたしました。申し訳ありません」
「いえ、道を教えていただければ、それで・・・」
「・・・ちょっとあんた達。いつまで笑ってるんだよ?」
それまで黙っていた浩之が笑っている耕一と梓に言った。
「いやあ、だってなあ」
「散歩に出て道に迷うなんて、間抜けだよねえ」
耕一と梓はまだ笑い足りないようだ。
「そうですよ、耕一さん、梓。笑うなんて失礼です」
「あ、道を教えていただければ、私たちはそれでいいですから。ね、ひろあきちゃん」
「・・・まあな」
あかりがフォローする。
「いえ、お客様に不快な思いをさせて、申し訳ありません。・・・そうだわ。
よろしければ、ホテルまで車でお送りしましょうか?」
千鶴が浩之達に提案した。
「あ、なにも、そこまでしていただかなくても」
「いいえ、お客様に不快な思いをさせてしまったお詫びもありますし。ぜひ、
送らせて下さい」
「・・・どうしよう、ひろあきちゃん?」
あかりが浩之を見る。
「こう言ってくれてるんだ、送ってもらおうぜ」
「・・・そうだね。ひろあきちゃんがいいなら」
あかりは千鶴に頭を下げた。
「すいません。お願いします」
「いえ、構いません。では車を呼びますので、お茶でも飲みながらお待ち下さい」
千鶴は携帯電話を取り出した。
「あれ、千鶴さん。ここに車はないの?」
「ありますけど、私は免許を持っていませんから」
「なんだ、免許なら俺が持ってるよ。俺が運転しようか?」
「え、でも・・・」
「いいっていいって。俺も笑ってたしね。罪滅ぼしってことさ」
「耕一、あんた、免許なんて持ってたの?」
「まあな。なんかの役に立つと思ってさ」
耕一は浩之達を振り向いた。
「さっきは笑ったりしてごめん。代わりといっちゃなんだけど、ホテルまで送らせてくれないか?」
「はい、そうしていただけると、とても助かります」
あかりが答える。
「よし、決まりだ。じゃあ、早速行こう」
「はい。では今車のキーを持ってきますから・・・」
「・・・あの、私も行っていいですか?」
「えっ? ・・・楓ちゃん、いつからここに?」
「・・・さっきからいました」
「私も気付かなかったわ・・・」
「・・・」
「楓、なんで行きたいなんて思うの?」
「俺もホテルまでの道は知ってるし、一人でも特に支障はないけどな」
「・・・それは・・・」
楓はかすかに頬を染めると俯いた。
「ふふっ、わかってるわよ、楓」
千鶴が笑いながら言う。
「耕一さんと一緒にいたいんでしょう?」
「・・・」
楓はさらに赤くなった。
「耕一さん。楓も一緒に連れていってもらえませんか?」
「ああ、俺は構わないけど・・・」
耕一は浩之達を見た。
「私達も構いませんよ。ね、ひろあきちゃん」
「まあな」
「よかったわね、楓。耕一さんの邪魔にならないようにね」
「・・・うん。ありがとう」
楓ははにかむように微笑んだ。


                        第六話 了
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しばらく止まってたんで、四話まとめて送ったんですが・・・。
ちょっとトラブルがあったんで、間にヒトシさんの小説が
入ってますね。すいません。