ふと気がつくと、もう外は暗くなっていた。 ずいぶん長い時間、ここにいたようだ。 俺は涙を拭くと、本を持って立ち上がった。 居間に戻ってみると、四人が揃っていた。 「あ、耕一さん、おかえりなさい」 「おかえり。遅かったね」 「おかえりなさい・・・」 「お兄ちゃん、おかえり〜」 「・・・みんな、俺を待っていてくれたのか」 彼女達の優しさには、いつも救われている。 俺はいつもの場所に腰を下ろすと、四人に本の内容を説明することにした。 「みんな、きいてくれ。この本を読んで、幾つか大事なことがわかったんだ・・・」 「・・・ひろあきちゃあん・・・」 「何も言うな、あかり。大丈夫だ。すぐに帰れる」 浩之とあかりはまだ迷っていた。 「なんか、さっきから同じとこをぐるぐる回ってるような気がするよ・・・」 「こう、塀ばっかの道じゃあな。それにもう暗いし」 「どうしよう、ひろあきちゃん・・・」 「うーむ、まさかこれほどに人通りが少ないとはな。計算外だった」 「高級住宅街だもんね。みんな車で出かけるんだろうね」 「前に人とすれ違ったの、確か一時間前だったよな」 「この辺って、タクシーも全然こないよね」 「こんなところからタクシーに乗る奴なんて、いないんだろうな」 「そうだね」 なんだかんだ言いつつ、結構のんきな二人だった。 「あっ、ひろあきちゃん、見て」 あかりがある家の前に立ち止まり、表札を指さした。 「んっ、どうした、あかり?」 「ここ、柏木さんの家みたいだよ」 「柏木? ・・・どっかで聞いたような名前だな」 「もう、ひろあきちゃん。ホテルの経営者の名前じゃない」 「あ、そうだそうだ。よく覚えてたな、あかり」 「うん、ありがと。すごい大きい家だね」 「ま、あんだけでかいホテルを経営してんだ。金持ちにもなるさ」 「そうだね。すごいね」 「・・・そうだ。あかり、ここの人にホテルまでの帰り道を聞いていかないか?」 「そうだね。道を聞くぐらいならいいよね」 「よし、決まりだな」 浩之はインターホンに指を伸ばした。 「・・・ということなんだ」 俺はだいたいのことを説明すると、言葉を切った。 「おじさまが、そんな研究を・・・」 「知らなかった・・・」 「・・・おじさま・・・」 「・・・おじさん・・・」 みんなに親父のことを思い出させてしまったようだ。 だが、これは話しておかねばならない。 「あのフロッピーに何が入っているか・・・実物はないけど、だいたいの予想はつく。多分・・・」 「・・・はい。私達柏木家の者が持つ、エルクゥの力についてでしょう・・・」 楓ちゃんが答える。 「親父は危険なものだと書いていた。そして、それを俺に任せる、と。 俺は親父の希望を叶えてやりたい」 俺がそう言った時、 ピンポーン・・・。 呼び鈴が鳴った。 「あ、いいよ、あたしが出る」 梓が玄関に向かった。 ピンポーン・・・。 浩之がインターホンを押した。 「ひろあきちゃん、なんて言うの?」 「正直に言えばいいさ。散歩に出て道に迷ったって。間抜けな話だけどな」 「しょうがないよ。実際道に迷っちゃったんだから」 「まあな」 がらっ・・・。 引き戸が開いた。 応対にでた梓は玄関前にいる二人を見て、怪訝な表情をした。 「・・・あの、どなたですか?」 「どうも、こんばんは。俺達は鶴来屋に泊まっている者ですが」 「ええ、そうなんです」 浩之達が自らの身分を話す。 「それはどうも。・・・それで、どうしてこちらへ来られたんです?」 「ええ、それなんですが・・・」 「あの、私たち、散歩に出たら、道に迷ってしまって・・・」 「・・・え? 散歩で道に迷った・・・?」 「はい、そうなんです」 「それで、ホテルまでの帰り道を教えていただけないかと思いまして・・・」 梓はあっけにとられたような顔をしていたが、直後・・・ 「・・・ぷっ・・・あーっはっはっはっ・・・! さ、散歩で道に迷った・・・? ばっかみたい! あーっはっはっはっはっは・・・!」 弾かれたように笑い出した。 こう大笑いされては、浩之達も気分がいいはずがない。 「・・・」 「・・・あの、道を教えていただけませんか?」 あかりがとってつけたように言うが、 「あーっはははは・・・」 笑っている梓には聞こえていない。 「なんだなんだ、梓、どうした?」 「梓、なにを笑っているの?」 笑い声を聞いて、耕一と千鶴も来た。 「耕一! 千鶴姉! きいてよ! この二人、散歩で道に迷ったんだって! くくく・・・」 「散歩で道に・・・? ・・・ぷっ」 「ね、おかしいでしょ? あーははははは・・・」 「え? 道に迷った?」 ただ一人常識を持っていた千鶴が浩之達にきく。 「はい、そうなんです。それで、道を教えていただきたいと思いまして・・・」 救いの神を得たあかりが改めて説明する。 「まあ、それは大変でしたね。それで、どちらへ行かれるのですか?」 「鶴来屋へ帰りたいのですが・・・」 「それでは、お客様ですか?」 「はい、一応鶴来屋に泊まっていますから」 「それはそれは、とんだご無礼をいたしました。申し訳ありません」 「いえ、道を教えていただければ、それで・・・」 「・・・ちょっとあんた達。いつまで笑ってるんだよ?」 それまで黙っていた浩之が笑っている耕一と梓に言った。 「いやあ、だってなあ」 「散歩に出て道に迷うなんて、間抜けだよねえ」 耕一と梓はまだ笑い足りないようだ。 「そうですよ、耕一さん、梓。笑うなんて失礼です」 「あ、道を教えていただければ、私たちはそれでいいですから。ね、ひろあきちゃん」 「・・・まあな」 あかりがフォローする。 「いえ、お客様に不快な思いをさせて、申し訳ありません。・・・そうだわ。 よろしければ、ホテルまで車でお送りしましょうか?」 千鶴が浩之達に提案した。 「あ、なにも、そこまでしていただかなくても」 「いいえ、お客様に不快な思いをさせてしまったお詫びもありますし。ぜひ、 送らせて下さい」 「・・・どうしよう、ひろあきちゃん?」 あかりが浩之を見る。 「こう言ってくれてるんだ、送ってもらおうぜ」 「・・・そうだね。ひろあきちゃんがいいなら」 あかりは千鶴に頭を下げた。 「すいません。お願いします」 「いえ、構いません。では車を呼びますので、お茶でも飲みながらお待ち下さい」 千鶴は携帯電話を取り出した。 「あれ、千鶴さん。ここに車はないの?」 「ありますけど、私は免許を持っていませんから」 「なんだ、免許なら俺が持ってるよ。俺が運転しようか?」 「え、でも・・・」 「いいっていいって。俺も笑ってたしね。罪滅ぼしってことさ」 「耕一、あんた、免許なんて持ってたの?」 「まあな。なんかの役に立つと思ってさ」 耕一は浩之達を振り向いた。 「さっきは笑ったりしてごめん。代わりといっちゃなんだけど、ホテルまで送らせてくれないか?」 「はい、そうしていただけると、とても助かります」 あかりが答える。 「よし、決まりだ。じゃあ、早速行こう」 「はい。では今車のキーを持ってきますから・・・」 「・・・あの、私も行っていいですか?」 「えっ? ・・・楓ちゃん、いつからここに?」 「・・・さっきからいました」 「私も気付かなかったわ・・・」 「・・・」 「楓、なんで行きたいなんて思うの?」 「俺もホテルまでの道は知ってるし、一人でも特に支障はないけどな」 「・・・それは・・・」 楓はかすかに頬を染めると俯いた。 「ふふっ、わかってるわよ、楓」 千鶴が笑いながら言う。 「耕一さんと一緒にいたいんでしょう?」 「・・・」 楓はさらに赤くなった。 「耕一さん。楓も一緒に連れていってもらえませんか?」 「ああ、俺は構わないけど・・・」 耕一は浩之達を見た。 「私達も構いませんよ。ね、ひろあきちゃん」 「まあな」 「よかったわね、楓。耕一さんの邪魔にならないようにね」 「・・・うん。ありがとう」 楓ははにかむように微笑んだ。 第六話 了 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− しばらく止まってたんで、四話まとめて送ったんですが・・・。 ちょっとトラブルがあったんで、間にヒトシさんの小説が 入ってますね。すいません。