堕説・痕 第八話 投稿者:セリス


ガラガラ・・・!
ピシャン!

「おい! これは一体どういうことだ?!」
「・・・あなた、自分の立場を理解しているんですか?」
「理解しようにも、いきなりこれじゃあ、分かるわけがないだろう!」
俺は目の前に立っている祐介に食ってかかった。
「拘束されたまま何時間も車に乗せられて、目隠しされたまま歩かされ、
やっと目隠しがなくなったと思ったら、いきなり牢屋に入れられたんだ!
何を理解しろって言うんだ?!」
祐介はやれやれといった風に肩をすくめ、
「とりあえず、あなたは我々の支配下にあるということですよ」
「支配下だと?! ふざけるな! 俺はお前達の言いなりになんか、絶対ならないぞ!」
「・・・そのセリフ、もっと違う場所で言うべきですよ。この状況下では、
誰が見てもあなたは我々の支配下にありますからね」
「・・・」
「まあ、そんなに心配しなくてもいいですよ。何もとって食おうってわけじゃ
ないですから。数日で解放されると思いますよ」
そう言うと、祐介はどこかへ歩いて行こうとした。
「お、おい、待て! どこへいくんだ?!」
祐介はそれには答えず、
「あ、そうそう。あなたの持つ力、エルクゥでしたっけ? それで牢を破ろう、
なんて思わない方がいいですよ。もう僕の電波は浴びたくないでしょう?」
それだけを言って去っていった。
「・・・くそっ!」
俺は歯ぎしりして祐介を見送るしかなかった。


「なぜ、奴を連れてきたのだ? 私の指示は、キーワードを探すことだったはずだが?」
同じ建物の一室で、祐介はある人物と対峙していた。
「この本を見て下さい」
祐介は赤い本を差し出した。
「・・・・・ふむ」
彼は本を受け取ると、ざっと目を通した。
「・・・なるほど。つまり、キーワードは奴が知っているというわけだな?」
「はい。ただ、本人は知らないようです」
「・・・?」
ここで初めて、彼の表情が変わった。不審そうな感情を表している。
「おそらく、無意識の内に知らされていたのでしょう。耕一本人にとっては、ごく
当たり前の日常の中でのことだったので、気付いていないのだと思います」
それでも、祐介の声に変化はない。
「耕一の記憶を調べてみて下さい。キーワードを見つけられるでしょう」
「・・・わかった。早速調べよう」
彼はまた無表情に戻った。そして、
「ごくろうだったな。これで、契約完了というわけだ」
「・・・・・」
祐介は答えなかった。
「まあいい。下がれ」
「はい」
祐介は素直に従い、一礼すると退出した。


コツ、コツ、コツ・・・。

祐介は人気のない廊下を歩いていた。
歩きながら考えていた。
なぜ、こんなことになってしまったのかを・・・。


「ねえねえ、祐くん。瑠璃子さんが行方不明になってるって噂、知ってる?」
「え? 瑠璃子さんが?」
ある日のお昼休み、いつものように沙織ちゃんが遊びに来た。
「そう。瑠璃子さん、三日ほど休んでるでしょ? それで、家にも帰ってないんだって」
「まさかあ。瑠璃子さんが三日も外泊なんて、するわけないよ」
「ほんとよ。ここんとこ月島先輩も元気ないでしょ? あれも、瑠璃子さんが
帰ってないからっていう噂なの」
「うーん、確かに、月島先輩元気ないけど・・・」
「でしょう?」
でも、やっぱり僕には信じられない。
あの瑠璃子さんが行方不明なんて・・・。
「でも、やっぱり信じられないよ。瑠璃子さんが行方不明なんて」
「まあ、祐くんはあたしの言うことが信用できないっていうの? ・・・悲しいわ。
所詮あたしなんて、遊びでしかなかったのね?」
沙織ちゃんは大袈裟に悲しがっている。
「なんでそうなるんだよ。そんなこと言ってないじゃないか」
「いーえ、言ったわ。ああ、あのときの優しかった祐くんはどこに行ってしまったの?
こんな血も涙もない男だったなんて・・・」
「あのね・・・」
なんて、この時はいつもの冗談で済んだ。でも・・・。

「長瀬祐介君だね?」
放課後、僕が校門を出たところで不意に声をかけられた。
ふと見ると、黒のスーツを着た男が僕を見ていた。
「・・・はい、そうですが」
「君に用があるんだ。車に乗ってくれないか?」
そばに止まっていた車を示した。
「・・・すいませんが、今日は用事がありますから」
そう言って断ろうとした。
なにか、胡散臭いものを感じたからだ。
「月島瑠璃子さんが、君に会いたいと言っているんだが」
男は意外なことを口にした。
「瑠璃子さんが?」
「ああ。車に乗ってくれないか?」
男はもう一度繰り返した。
「・・・わかりました」
僕は車に乗った。

「長瀬ちゃん・・・」
「瑠璃子さん!」
どこか、大きな研究所みたいな所。
そこの一室で、僕は瑠璃子さんと会った。
「瑠璃子さん、どうしてこんな所に?」
「・・・ごめんね、長瀬ちゃん」
瑠璃子さんは泣いていた。
「瑠璃子さん、どうしたの?」
「・・・ごめんね、ほんとにごめんね」
瑠璃子さんはただ泣くばかりだった。
「瑠璃子さん、それじゃわかんないよ。とりあえず帰ろう。ね、瑠璃子さん」
僕がそう言った時、
「すまないが、彼女を帰す訳にはいかないんだ」
部屋の入り口が開き、白衣を纏った研究員風の男が入ってきた。
「・・・どういうことです?」
僕は男の方を見た。
「彼女には、いろいろ協力してもらわねばならないのでね。当分ここで暮らしてもらう
ことになっているんだよ」
「そんな! 学校があるんですよ!」
「当分と言っても、そんなに長い訳じゃない。せいぜい一月くらいだ。それくらいなら
構わないだろう?」
男はさも当然と言わんばかりだった。
「そんな勝手な! 瑠璃子さん、こんな所すぐに出よう!」
「・・・・・」
瑠璃子さんはただ泣くばかりだった。
「月島さん。長瀬君に会いたいという君の希望、叶えてあげたんだ。今度は我々の
希望を叶えてくれないかね?」
「・・・はい」
「では、長瀬君。わざわざすまなかった。帰りの車も用意してある。いつでも
帰ってくれて構わんよ」
男は部屋から出ていった。
「・・・瑠璃子さん、どうしてあんな奴の言いなりに・・・?」
「・・・・・」
「瑠璃子さん・・・」
「・・・・・」
瑠璃子さんは何も言ってくれなかった。
ただ泣くばかりだった。
「くそっ、こうなったら・・・!」
僕は電波の力を使おうと思った。でも・・・
「やめて、長瀬ちゃん。お願い、やめて」
「瑠璃子さん? どうして・・・」
「やめて、お願い。私ならいいの、だから・・・」
「瑠璃子さん・・・」
そう言って、瑠璃子さんはまた泣くのだ。
「・・・わかったよ。今日はもう帰るよ。じゃあね、瑠璃子さん」
「・・・うん。ばいばい、長瀬ちゃん」
僕は研究所をあとにした。

「ご苦労様でした。それでは、我々はこれで」
僕を家まで送り届けると、車は走り去っていった。
「・・・・・」
車に乗っている間中、同じことを考えていた。
瑠璃子さんのことだ。
瑠璃子さんの手前ああ言ったが、やはり何とかして助けてあげたい。
それには、電波の力を使うしかないだろう。
それに・・・。


ウィーン、ウィーン、ウィーン・・・。

エマージェンシーを告げる警報ベルがけたたましく鳴り響く。
アナウンスはひっきりなしに非常事態を知らせている。
敵は、たった二人の高校生。
僕と、もう一人は・・・
「ふっ、まさか君と手を組むことになるとはな。予想もしなかったよ」
「僕もですよ、月島先輩。これがほんとの非常事態ってやつですね」
「ははは、違いない」
瑠璃子さんを助けるため、僕と月島先輩は研究所内部へと侵入した。
この、要塞のようなところから瑠璃子さんを助けるためには、僕だけでは不安がある。
そこで、僕と同じ電波の力を持つ月島先輩に協力を頼んだ。
瑠璃子さんを助けるためなのだ。月島先輩が拒むはずもない。
そして、今こうして攻め込んでいるわけだ。
「瑠璃子がいたのはどこなんだ? 長瀬君」
「もう少しです」
僕が答えた時だった。
「待っていたよ、長瀬君。おや、月島君も一緒か。これは都合がいいな」
聞き覚えのある声がした。
「・・・お前は昼間の・・・」
「・・・? 誰なんだ、彼は?」
廊下の角から、研究員の男が現れた。
「ああ、月島君とは初対面だったね。はじめまして。私はここで研究員をしている者だ」
男は慇懃に自己紹介した。
「お前などどうでもいい! 瑠璃子はどこだ?」
月島先輩は電波を飛ばした。だが・・・
「ああ、やめておきたまえ。私にはきかんよ」
「・・・そ、そんな馬鹿な?!」
そう。男のまわりに電磁波のバリアが存在していた。
「まったく・・・。人の話は最後まで聞くものだよ」
「・・・何を話すというんだ?」
「うむ、聞く気になったようだな。ではこちらに来たまえ」
男は廊下を歩いて行った。
僕と月島先輩も、ついていくしかなかった。

「瑠璃子さん!」
「瑠璃子! 無事だったのか!」
「長瀬ちゃん、お兄ちゃん・・・」
男に連れられていった部屋に、瑠璃子さんはいた。
「君達は、彼女を助けに来たんだろう?」
男がきいてきた。
「・・・ええ、まあ」
「うむ、そうだろう。だが、無駄足だったね」
「なに?!」
「君達ご自慢の毒電波とやら、あれは、我々幹部クラスには効果がないよ」
「・・・・・」
「さっき君達も見ただろう。月島君の電波を浴びながらも、私はなんともなかった」
「・・・・・」
「彼女を守るのは、私のような幹部クラスの守衛なのだ。電波のない君達など、
ただの高校生にすぎん。返り討ちにあうのが関の山だったのだよ」
「・・・・・」
僕達は何も言えなかった。男の言う通り、電波がなければ瑠璃子さんを助けることなど
まず無理だ。
「それに、運良く助け出せたとしても、我々には無限に等しい資本力がある。すぐに
我々の手の者が君達を追っただろう」
「・・・・・」
「そんな状況から救ってあげたんだ。感謝されてもいいくらいだと思うがね」
「・・・・・」
「ふむ、まあいいだろう。それよりもっと大事な話がある」
「・・・大事な話?」
「そうだ」
男の表情が変わった。
「昼間話したように、我々には瑠璃子さんの協力が必要なのだ。だが、君達は
瑠璃子さんを助けたいと言う」
「そうだ、瑠璃子を助けにきたんだ!」
「まあ落ち着きたまえ。我々が瑠璃子さんに協力してもらいたいというのは、他ならぬ
電波の力についてなのだ」
「電波の力・・・?」
「そうだ。なぜ彼女はそのような力を持っているのか、それを知りたいのだ」
「だったら、僕や月島先輩も持ってるのに、なぜ瑠璃子さんを・・・?」
「それは・・・」
男はそこで一旦言葉を切り、僕達の眼を見た。
「な、何か・・・?」
「・・・聞いた話では、君達は元々電波の力など、持っていなかったそうじゃないか。
本来は瑠璃子さんだけの力だったはずだ。それを君達が持つようになったのは・・・」
「あっ・・・、それは・・・」
さすがにその先は言われたくなかった。
男の方もその辺は分かっていたらしい。
「ま、そんなことはいいんだ。とにかく、電波の力を持ち、さらに他人の電波の力を
開花させることもできる。なぜそんな力があるのか、それを知りたかったのだ」
「貴様、瑠璃子に何をしようというんだ?!」
月島先輩が電波を飛ばした。
「ほんとに落ち着きがないな、君は。せっかくいい話をしようとしているんだ。
黙って聞きたまえ」
「いい話、ですか・・・?」
「ああ。確かに瑠璃子さんの電波の力は魅力的だが、今我々が研究しているのは、
もっと別の力についてなんだ」
「別の力・・・?」
「うむ。君は、「雨月山の鬼」と呼ばれるおとぎ話を知っているかね?」
「雨月山の鬼、ですか・・・? いえ、知りません」
「私、知ってる」
それまで黙っていた瑠璃子さんが口を開いた。
「え? 瑠璃子さん、知ってるの?」
「うん。室町時代を背景とした、和製のヒロイックファンタジーだよ」
「その通り。鬼退治を題材とする、まあどこにでもあるような昔話だね」
僕はなぜ男が急にそんな話をしだしたのか、さっぱり分からなかった。
「あの、それが何か?」
「君もせっかちだな。あわてるこじきはもらいがすくない、と言うだろう?」
男は話に水をさされ、不機嫌な顔をした。
「あ、すいません」
「まあいい。とにかく、その話の中で、主人公の侍は鬼の力を得るんだ」
「え? 主人公が鬼の力を?」
「そうだ。このあたり、なかなか斬新な発想だ。・・・ただのおとぎ話にしては」
「・・・?」
「主人公はその力で鬼達を打ち倒すと、人間に戻ったということだ。なかなか面白い話だよ。
機会があれば読んでみるといい」
「はあ・・・」
「おっと、話がそれてしまったな。それでだ。なぜ私がこんな話をしたか、だが・・・」
男は眼を光らせた。
「この話、実は事実を元にしたものらしいのだ」
「それくらい、特に珍しいことではないでしょう。ヤマタのオロチの話だって、
史実を元にしているって説もありますし・・・」
「違う、史実ではない。事実を元にしているのだ」
「事実・・・?」
「そうだ。室町時代、実際に鬼が現れ、次郎衛門という侍がそれを打ち倒したのだ。
これは歴史的な事実なのだ」
「・・・そんな馬鹿な。そんな話、どんな教科書にも書いてませんよ」
「それはそうだ。これはトップクラスの機密事項だ。このことを知っているのは、
全国でも数えるほどしかいないだろう」
「・・・そんな機密を、なぜ僕達に?」
「うむ。それなんだが、鬼の力を得たという侍、次郎衛門。彼の子孫が現在も
生き続け、その血筋の中には鬼の力が眠っていると言う」
「・・・・・」
「今我々が総力を挙げて研究しているものこそ、その鬼の力なのだよ。だが、少し
欠員がでてしまってね。長瀬君と月島君に協力してもらえないかと思ったのだ」
「僕達に研究員になれと・・・?」
「いや、研究スタッフの方ではないんだ。実行員になってもらえないかと思うんだ」
僕達は顔を見合わせた。
「どうします?」
「急にそんなこと言われてもな・・・」
「・・・・・」
僕達が悩んでいると、
「確かに拒否するのは自由だ。だが、この研究が打ち切られた場合、おそらく電波の
力の研究が本格的に始まると思うがね」
「・・・!」
「さらに、現在の君達は、不法侵入者だということもお忘れなく。我々に協力して
もらえるなら、同志となれるんだが・・・」
「・・・・・」
「まあ、そんなに心配しなくてもいい。この研究が終わるまででいいんだ。それに、
この研究が成就すれば、もう瑠璃子さんの電波の力も必要なくなるだろうからね。
瑠璃子さんの身の安全も保障されると思うが」
そうだ。
もしここで断れば、また瑠璃子さんの身に危険が迫るんだ。
「月島さん、仕方ないですよ」
「そうだな、瑠璃子のためだ・・・」
やむなく、僕と月島先輩は男に協力することにした。

初めのうちはよかった。
ただのお使いみたいな仕事だけだった。
だが、やがて僕達は、「実行員」という名の、本当の意味を知ることになる。
断ろうものなら、「電波の研究を始めるぞ」と脅された。
そして、いつしか・・・。


コツ、コツ、コツ・・・。

祐介の脳裏に、自らの放った電波で苦しんでいる少女の姿がよぎった。
「・・・!!」
無意識の内に唇をかんでいた。
彼は今、ある決意を固めていた。


                           第八話 了