堕説・痕 分岐1 第九話 投稿者:セリス


「柏木耕一君だね? はじめまして、だね」
「・・・あんた、誰だ?」
俺のいる牢屋に、白衣を着た男が来た。その隣には、祐介の姿もある。

ガチャッ・・・。
キイィィィ・・・。

「出たまえ、耕一君。来てもらいたいところがあるんだ」
男は牢屋の鍵をはずし、扉を開いた。
「・・・」
俺は何も言わず、男を見た。
「断っておくが、妙な考えは持たない方がいい」
「・・・どこへ連れていこうって言うんだ?」
「すぐにわかるよ」
男は歩き出した。
「・・・行きましょう、耕一さん」
「・・・」
「耕一さん・・・」
「わかってるよ。行かなきゃ、また電波とやらを浴びせるんだろ?」
俺は憎々しげに言い放った。だが・・・
「・・・すいません」
「・・・?」
祐介から帰ってきたのは、意外な言葉だった。
「・・・今は従って下さい。おとなしくしていて下さい。お願いします」
ぎりぎり、俺に聞こえるくらいの声。
「・・・どういうことだ?」
「・・・あとでお話します。今はとにかく・・・」
「おい、何をしている? 早く来たまえ!」
男が振り返って俺達を呼んだ。
「あ、はい! 今連れていきます! ・・・耕一さん」
「・・・分かった。あとでな」
「はい」
俺は男の後に従った。

「ここだ。さあ、入りたまえ」
いちいち偉ぶった言い方をするので、癇に障る。
「・・・なんだ、ここは?」
男に連れられて入った部屋は、どこかの医療施設を思わせるつくりになっていた。
部屋の中央にベッドが置かれ、そのそばに巨大な機械がある。
「そこにベッドがあるだろう。そこに横になってくれ」
「・・・何だって言うんだ? ・・・よっと」
俺が言われた通りにベッドに乗ると、
「ご苦労だった。後は我々に任せたまえ」
その言葉と同時に、白いガスが吹き付けられた。
「うわっ! ・・・な、何だ、これは?!」
「催眠性のガスだよ。心配いらん、意識を失うだけで、後遺症などはない」
「・・・催眠性・・・? い、一体、何を、する、つもり・・・」
全身から力が抜けていく。
「・・・すぐに・・・神観・・・呼べ・・・」
男の声も聞こえなくなり、俺の意識は闇に溶けた。


「すぐに精神観測班を呼べ。記憶を探る」
男の声を背に、祐介は部屋を出た。
そのまま廊下を歩き、研究所ロビーへ出た。
「・・・月島先輩」
「遅かったじゃないか。どうしたんだ?」
月島は椅子から立ち上がり、祐介の方へ歩いてきた。
「・・・いえ。遅れてすいません」
「まあいいさ。とりあえずここから出よう」
「はい」
二人は研究所を出ると、雑踏の中に紛れた。
「・・・どうでした?」
「やはり、一部の独走らしい。君の予想通りだったよ」
「では・・・」
「ああ。奴等は機密を重視しているからね。こちらもそれを利用させてもらおう」
「・・・今までの苦労が報われるわけですね」
「ふっ、なかなかの名演だったよ」
「・・・日程ですが、明日はどうでしょう?」
「彼は大丈夫なのか?」
「若干後遺症が残るかもしれませんが」
「では、もう少し遅らせた方がいい」
「ですが、あまり遅らせると、研究が進んでしまいます」
「・・・やむを得ないか」
「はい」
雑踏の中に二人は消えていった。


・・・・・。
意識が戻った。
俺は目を開け、あたりを見回した。
さっきまでの牢屋だ。
「・・・くそっ!」

バンッ!

壁を叩く。
「何がどうなってるんだ?」
もちろん答えなど期待していない。
「・・・すべて、彼等が仕組んだことですよ」
「・・・!」
見ると、牢屋の正面に祐介がいた。
「どういうことだ?」
俺は祐介の方に近づこうとしたが、
「駄目です! そのまま、そのままで聞いていて下さい!」
「・・・?」
「カメラは映像のみなんです。音声は伝えません。それを利用して、こうして会話して
いるんです。会話していることを悟られないようにして下さい!」
「・・・わかった」
俺は祐介とは全然関係ないふりをした。
「僕も耕一さんの見張りをしていることになっています。ですから、しばらくは誰も
来ません。話を聞かれるおそれはありません」
「・・・話してくれるな? さっきのことも含めて・・・」
「はい。そのつもりです」
祐介は話し始めた。
「彼等が欲しているもの、それはあなた達が持つ、エルクゥの力です」
「エルクゥの力を・・・?」
「そうです。その力を、自らの私利私欲に利用するつもりなんです」
「馬鹿馬鹿しい。この力、どうやったら金になるんだ?」
「・・・それは僕にもわかりません。でも、彼等は喉から手が出るほど欲しているんです。
あなた達を襲ったのも、その力を得る為なんです」
「じゃあ、楓ちゃん達が警察にいたっていうのも・・・」
「そうです。彼等がここに連れてきたんです」
「・・・・・」
「でも、彼女達を調べても、力の秘密は分からなかった。それで、拘束しておくメリットが
なくなり、解放したんです」
そこで祐介は一息ついた。
「・・・あなた達は僕を憎んでいるでしょう。それは当然です。それだけのことを僕は
しています。でも、少しだけ、僕を信じてくれませんか?」
「・・・お前を信じる?」
「前にも言いましたが、僕ともう一人、電波の力を持った人がいます。僕達はもう
ここにいたくありません。だから、この研究所を破壊してしまいたいのです」
「・・・本気か?」
「はい。でも、僕達二人だけでは百パーセント失敗します。あなたの力が必要なんです」
「・・・・・」
「あなたが僕を信用できないのはわかります。それでも、今だけは僕を信じて下さい!」
祐介は真剣だった。
彼の言葉に嘘は感じられない。
「・・・わかった。お前を信じよう」
「ありがとうございます、耕一さん。・・・そろそろ交代の時間なので、僕は行きます。
次にお会いしたとき、詳細を話します」
祐介はどこかへ去ろうとした。
「待て! その前に一つだけ教えてくれ!」
「・・・何ですか?」
「なぜ、お前達は奴等に従っているんだ?」
「・・・・・」
祐介は何も答えようとしない。
「教えてくれ、祐介!」
「・・・確かに理由はあります。でも、どんな理由だろうと、言い訳にすぎません」
そう言う祐介は、この間と同じ悲しげな眼をしていた。


俺がここに入れられて、一日が経った。
俺はもう無意味に動くことはしなかった。
来るべき時に備え、力を溜めておくのだ。
すでに祐介から計画はきいている。
いや、計画と言うほど大袈裟なものではない。

「耕一さん。あなたの持つエルクゥの力、それに対抗することができるのは、僕と
月島先輩だけなんです。その僕達があなたと共に行動するわけですから、あなたを
止められる人間はいなくなります」

祐介と同じ電波使いというのが、あの拓也だと知ったときはさすがに驚いた。また、
フロッピーを奪ったのも彼だという。
だが、怒りは感じなかった。
彼等も、俺と同じように、守るべきものがあったのだろう。
それを守るため、やむなくの行動だったのだ。

「耕一さんは、最高研究室を目指して下さい。「CYBERNETICS CONTROL」というプレートが
かかった部屋です。僕達が方向を指示します」
「そこのコンピューターを破壊し、トップ達の記憶を操作してやれば、この研究所は
破壊されたも同然です」

俺としては、彼等の指示通りに動けばいいわけだ。
確かに彼等に騙されている可能性もある。
だが、あの言葉に嘘は感じられなかった。
俺は彼等を信じる。
それでいい。
・・・・・。
もうすぐ二人がここに来ることになっている。
それが決行の合図だ。

コツ、コツ、コツ・・・。
 コツ、コツ、コツ・・・。

足音が聞こえてきた。
俺はいつでも鬼を解放できるようにした。


同時刻。
「いやあ、楽しかったな。またな、マルチ」
「はいっ、どうもありがとうございました!」
隆山温泉への旅行を終えた最新型メイドロボ・マルチが、研究所の玄関前に立っていた。


                              第九話 了