堕説・痕 第五話 投稿者:セリス


        「・・・そんな事情があったんですか」
        「大変だったんだね」
        「ま、そーゆーこと」
        なんとか、うまく事情を説明することができた。
        「じゃあ、さっき言っていた日記というのは・・・」
        「親父の日記さ」
        「おねえちゃん、まだ探してるのかな?」
        「いい加減みつけてもいい頃だと思うんだけどね」
        梓がため息をついた。

        結局千鶴さんが居間に戻ってきたのは、それから三十分も経ってからだった。
        「ああ、やっとみつけたわ」
        千鶴さんは赤い本を見せた。
        「それが、親父の日記?」
        「はい。昨日見ましたから、はっきり覚えてます」
        「そんな目立つ本探すのに、どれだけかかってんのよ・・・」
        「うっ・・・、まあ、見つかったんだから、良かったじゃない」
        「ま、そうだけどね・・・」
        梓はお茶をすすった。
        「と、とりあえず、読んでみようよ」
        「そうですよね。早速読んでみましょう」
        そう言うと、千鶴さんは俺に日記を差し出した。
        「・・・? どうしたの、千鶴さん?」
        「やっぱり、これを読むのにもっとも相応しいのは、耕一さん、あなたでしょう」
        「そうだね。耕一、あんたが読みなよ」
        「読んで下さい・・・」
        「お兄ちゃん、早く読んで」
        「・・・みんな・・・、ありがとう・・・」
        みんなの優しさが嬉しかった。
        俺は目頭を拭うと、千鶴さんから日記を受け取った。

        「・・・ねえ、ひろあきちゃん。ここ、どこ?」
        「さあな。どこだろうな」
        浩之とあかりは、ものの見事に道に迷っていた。
        「来る時には、こんな高級住宅街なんて通らなかったよね」
        「うーん、どうかな。俺はよく覚えてないからな。
         お前が通ってないって言うんだったら、多分通ってないんだろ」
        「そんなあ、ひろあきちゃん・・・」
        あかりは浩之にぴったりくっついて、心細そうにしているが、
    浩之は特に気にしていないようだ。
        「ひろあきちゃん、なんでそんなに普通にしていられるの? 怖くないの?」
        「怖い? 何がだよ」
        「だから、帰れなくなっちゃう、とか思わない?」
        「あのなあ。いくら道に迷ったって言っても、
     ホテルを出てからまだ2時間も経ってないんだぞ」
        「それはそうだけど・・・」
        「いざとなれば、タクシーに乗るなり、その辺歩いてる人に道を聞くなりできるだろ」
        「あ、それもそうだね」
        「余計な心配しすぎなんだよ、お前は」
        「ごめんね、ひろあきちゃん」
        「まあ、悪いことじゃないけどな」
        「うん。ありがとう」
        あかりはにっこり微笑んだ。

        今、俺はこの前来たときに使っていた部屋にいる。
        千鶴さんたちが気を利かせてくれたのだ。
        「私たちがいては、読みにくいでしょう」と。
        俺は彼女達の優しさに感謝すると共に、手に持っている親父の日記の表紙に手をかけた。

        その本は、正確には日記ではなかった。
        親父が調べ、研究したことをまとめたレポートのようなものだった。
        俺は時間を忘れ、親父の忘れ形見を読みふけった。

        ・・・私の家系には、代々呪われた力が受け継がれている。
           特に男にはその力が強く遺伝するらしく、我が家系の男
           達は皆、ある年齢に達すると力が目覚め、自我を失い、
           ただ殺戮を求める獣となってしまうのだ。
           ごく希に、その力を自らの意志の支配下に置くことが出来る者もいる。
           私の父がそうであった。
           その力をもとに、「人間」として大成功を収めることが出来た。
           だが、残念なことに、力を制御する力は私には受け継がれていなかった。
           そのことを自覚した時、私は自ら命を絶とうと思った。
           近い将来、確実に私も獣になってしまうという絶望もあったが、
       最愛の妻と息子を私が殺してしまうかもしれないということが、
       何よりもつらかったのだ。
           だが、私は死ぬわけにはいかなかった。
           私には護らねばならぬ者達がいた。
           彼女達のためにも、私は生きねばならなかった。
           私は力を制御する方法を求め、様々な文献を調べた。
           その結果、私は、我が血筋に流れる呪われた力の秘密を知ることが出来た。  
           これは非常に危険なものだ。
           私は研究成果の全てをフロッピーにまとめると、残った書類を全て焼き捨てた。
           これは公表してはならぬことだ。
           出来ることならば、このまま隠し通しておきたい。
           だが、私はもう長くはないだろう。
           力を制御できぬ者は、獣となる運命なのだ。
           私はこのフロッピーをどう扱うかを、わが息子に一任することにした。
           あいつなら、きっと私の希望を叶えてくれると信じている。

                               柏木 賢志

        「親父・・・」
        本文を読み終え、ふとため息を吐いた。
        「俺に任せる、か・・・。あっさり渡しちまって、親父にあわす顔がないぜ・・・」
        本を閉じようとした俺は、最後のページに何か走り書きのようなものがあるのを見つけた。

           耕一。         
           すまない。
           俺はいつも、お前に負担をかけてばかりいるな。
           俺を恨んでいるだろう。
           俺を憎んでいるだろう。
           それでもいい。
           耕一。
           たとえお前が俺をどう思っていようと、お前が幸せなら、それで俺も幸せなんだ。
           耕一。
           父親らしいことを何も出来なくてすまなかった。
           だが俺は、お前という息子がいて、ほんとうに嬉しかった。
           一度、お前と酒でも酌み交わしたかった。
           耕一。
           できることなら、鬼のことなど知らず、一生平穏に生きてくれ・・・。

        「・・・親父・・・」
        何も考えられなかった。
        ただ涙が溢れていた。
        皆の優しさに感謝しながら、俺は泣いた。

                                  第五話 了


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        すいません! 次回は頑張ります!

        >司堂さん
        そろそろ、ぼくもこのコーナーに参加したいなと思っていました。
        ちょうどいい機会でした。
        こちらこそ、ありがとうございました。

                                  セリス