「もうすぐ着くよ、千鶴さん」 「・・・はい・・・」 「楓と初音、大丈夫かな・・・」 「・・・なに、大丈夫さ。俺達が家についたら、ちゃんと帰ってて、 おかえりなさいって言ってくれるさ」 「・・・そうですよね・・・」 「うん、そうだよね・・・」 そう言いながらも、千鶴さんと梓の表情は冴えない。 俺が二人を励まそうと口を開きかけた時・・・。 「お客さん、着きましたよ」 タクシーの運転手が言った。 「ああ。どうも」 俺は料金を払うと、二人を促して車から降りた。 柏木家・・・。この由緒正しい、広大な家に、たったの四人しか住んでいない。 だが、今、この家に誰かいるような気配はない。 「だめだ。やっぱり、鍵がかかっている」 俺は二人を振り向いて言った。 「・・・」 千鶴さんは無言で鍵を取り出した。 カチャリ・・・。 軽い金属音が響く。 ガラッ・・・。 玄関に入る。 だが、やはり人の気配はない。 本来なら、初音ちゃんが「おかえりなさい」と言ってくれるはずなのだ。 「・・・楓、初音・・・」 千鶴さんが小さくつぶやく。 「楓ー! 初音ー! いないのー?」 梓も奥に向かって呼びかける。 無論、返事があるはずもない。 「楓ちゃん、初音ちゃん・・・」 いったい、どこに行ってしまったんだ・・・。 「・・・とりあえず、少し休もう。ね、耕一、千鶴姉」 梓が靴を脱ぎながら言った。 「・・・隆山行き、政府専用特別急行神風三号、間もなく発車いたします・・・」 「フッ、さすがに日本を代表する企業だ。一個人のために専用列車が使えるとはな・・・」 そう言いながら、彼は列車に乗り込んだ。 「さて、と・・・。今の内にしっかり睡眠をとっておくか・・・」 彼はシートをリクライニングで倒すと、軽い寝息を立て始めた。 「はあはあ、ぜえぜえ、ふうふう・・・」 「ふっ、所詮は小僧。この程度のことで息を乱すとはな!」 「ばっ、ばかやろお! あ、あれのどこが、「この程度のこと」、な、なんだ!」 おもわず浩之はセバスチャンにくってかかった。 「み、見ろ、みんな、しゃべれないほど、つ、疲れ切ってるじゃねぇか!」 そう。彼等はセバスチャンの凄まじい運転に、精魂尽き果ててしまっていた。 一人をのぞいて。 「せ、先輩、よく、へ、平気だね・・・」 「・・・・・」 「え、すいません、だって? わたしは慣れていますから? あ、いや、先輩が悪いわけじゃないよ」 「・・・・・」 「あ、ああ、そんな悲しそうな顔しなくていいからさ・・・」 「そうとも! お嬢様にはこれくらい、何でもないことなのだ! これくらいで音をあげるとは、所詮、庶民よ!」 「てめえにそんなこと言う資格はねえ!」 「・・・ひ、ひろあきちゃん・・・」 あかりが発言した。 「と、とりあえず、チェックインしようよ。いつまでもロビーにいても、しかたないよ」 「あ、ああ、そうだな。先輩、チェックインしようぜ」 「・・・・・」 「え、もうしてある? これが部屋の鍵だって?」 浩之は芹香から鍵を二つ受け取った。 「1220と1221か。12階の部屋ってことだな。じゃ、部屋割りは・・・」 「いっかあああーーーん! 小僧、お嬢様と一緒の部屋になることなど、絶対に許さんぞぉーーー!」 突然セバスチャンが割り込んだ。 「誰がそんなこと言ったよ! ここは妥当に男と女でわけりゃいいだろ!」 「え、じゃあ・・・」 「ああ、俺と雅史が1220にするから、お前、先輩、琴音ちゃん、マルチは1221に行ってくれ」 「うん、わかった。・・・あれ? 執事さんは?」 「ああ、このじじいはもう帰るってさ」 「馬鹿者! 貴様がお嬢様に悪いことをせぬように、近くで見張らねばならぬ! 帰ることなどできぬわ!」 「じじい、なにがなんでも乱入するつもりか・・・」 そうだ、言ってやれ浩之。作者もこいつは出す予定はなかったんだ。 「先輩からも言ってやってよ、このじじいにさ」 「・・・・・」 「お、お嬢様・・・。わかりました、この長瀬、いったんは退きます。 ですが、またすぐに参上いたします! 小僧、お嬢様に悪さをせぬように!」 「悪さなんかしねえよ!」 「では、失礼いたします、お嬢様」 そう言って一礼すると、セバスチャンはロビーから出ていった。 「やれやれ、やっと帰った。ありがと、先輩」 「・・・・・」 「早く部屋へ行きましょう、って? そうだな、とりあえず少し休みたいよ」 浩之はあたりを見回した。 「おーい、みんな、生きてるかー? 部屋へ行くぞー」 その声に応えて、 「う、うん、行こう」 「・・・そ、そうだね、部屋で、休もう・・・」 「へ、部屋は、どこですか・・・」 「うううう、つかれました・・・」 という声があがった・・・。 ピンポーン・・・。 呼び鈴がなった。 「はーい」 梓が玄関に向かう。 俺と千鶴さんは居間でお茶を飲んでいる。 「おいしいお茶だね」 「そうですね」 家に帰ってきたことで、千鶴さんと梓も、少し落ち着いたようだ。 よかったよかった。 と思ってたら・・・。 ダダダダダッ! 「ち、千鶴姉! 耕一! 楓と初音が・・・!」 「えっ!? 楓と初音がどうしたの!?」 「と、とにかく来て!」 「ああ!」 急ぎ玄関に向かうと・・・。 「こんにちは、お二人とも」 「長瀬刑事!?」 「ああ、楓、初音!」 「我々が保護しました」 「柳川・・・いや、柳川刑事」 玄関には、柳川、長瀬と、楓ちゃん、初音ちゃんがいた。 「おねえちゃあん・・・」 「姉さん・・・」 「二人とも、無事でよかった・・・」 千鶴さんは目に涙を浮かべている。 もちろん梓もだ。 「どうも、ありがとうございます」 俺は長瀬刑事に言った。 「いや、礼なら柳川刑事に言ってくれ」 「柳川刑事にですか?」 「ああ。彼が二人を保護したんだ」 「そうなんですか。ありがとうございます、柳川刑事」 「いえ、職務を果たしただけです」 柳川は素っ気なく言った。 「では、我々はこれで。帰ろう、柳川」 「はい。それでは失礼します」 「ほんとうに、ありがとうございました」 「ありがとうございます」 二人は一礼して出ていった。 「楓、初音、あなた達今までどうしていたの?」 居間に戻ると、千鶴さんが二人にきいた。 「うーん・・・、よくわかんない」 「学校にいたんだけど、急に眠くなって・・・。気がついたら、警察にいたの・・・」 「なにそれ?」 「・・・自分でもわからない・・・」 楓ちゃんは俯いてしまった。 「・・・まあ、二人とも、無事で何よりだよ」 「そうね。二人が無事だったんですもの、それでいいわ」 「そうだね」 それが俺達の実感だった。 「・・・そういえば、耕一さん、どうして、ここにいるんですか?」 楓ちゃんが顔をあげた。 「うん、それは親父の・・・」 答えようとして、はっと思い出した。 「そうだ、日記だ! あれを見るためにここに来たんだった!」 「あっ、そうでした!」 「すっかり忘れてたね・・・」 「日記ってなあに?」 初音ちゃんが不思議そうにきく。 「詳しい事情は後で説明する! とりあえず日記を探そう!」 「はい!」 「うん!」 俺達はそれぞれの方向に散っていった。 「・・・なんですか? 日記って・・・」 「ねえ、いったいなんなのー?」 事情を知らない二人を置いたまま・・・。 そのころ、鶴来屋の十二階では、浩之達が身体を引きずるようにして歩いていた。 「・・・ううう、ひろあきちゃん、まだあ?」 「もう少しだって・・・おっ、あそこか」 「や、やっと、着きましたか・・・」 「あううう、エネルギーが・・・」 「も、もう少しだね・・・」 「・・・・・」 「・・・せ、先輩は、皆さん頑張って下さい、と言われてます・・・」 「・・・よし、ここだ!」 浩之は1221号室の前で立ち止まり、振り向いた。 「おーい、あかりー。お前達の部屋はここだぞー」 「ひろあきちゃん達の部屋は?」 「すぐ隣りさ」 そう言って、隣を指さした。 「これがルームキーだ」 「ん、ありがと」 「じゃ、またあとでな」 「うん、ひろあきちゃんもね」 あかりは部屋の鍵を開けると、 「みんなー、わたしたちの部屋はここだよー」 そう呼びかけた。 「や、やっと、休めますね・・・」 「エネルギーを充電できますぅ・・・」 「・・・・・」 「・・・せ、先輩は、ゆっくり休んで下さいって、言われてます・・・」 そんなことを言いながら、四人は部屋の中へ入っていった。 「おっ、なかなかいい部屋じゃないか。なあ雅史?」 「・・・」 「おい雅史、どうした?」 「・・・ひろあき・・・よくしゃべるげんきあるね・・・」 「ああ、じじいと色々しゃべってたら、なんか元気になってきたぜ」 「・・・タフだね・・・」 「まあな。それが俺の取り柄だし」 「・・・すごいよ・・・」 そう言うと、雅史はベッドに倒れ込んだ。 「お、おい、雅史?」 「・・・ごめんひろあき・・・すこしやすませて・・・」 「ま、まあ、いいけどよ・・・」 「・・・ありがと・・・おやすみ・・・ZZZ・・・」 「ま、雅史・・・。なんて寝付きのいいやつなんだ・・・」 そんな浩之の気持ちを知ってか知らずか、雅史は静かな寝息をたてていた。 「うーん、どうすっかな。俺は眠くないしな。むこうで誰か起きてる奴、いるかな?」 浩之は1221号室の方を見た。 こちらは1221号室。 「みなさん、お休みなさい・・・」 「お休みなさいです・・・」 「・・・・・」 「・・・あ、先輩は、わたしも少し眠ります、って言われてます・・・」 「あ、あれ、みんな寝ちゃうの?」 あかりが一人、うろたえていた。 「わたしはなんか元気になってきたんだけど・・・」 だが、既に三人は夢の世界へと旅立っていた。 「ううう、どうしよう・・・」 そのとき、とびらが小さくノックされた。 「・・・誰か、起きてる奴、いるか・・・?」 「その声、ひろあきちゃん?」 「あかりか? 起きてんのか?」 「うん。ちょっと待って、今ドアを開けるから」 ガチャッ・・・。 「どうしたの、ひろあきちゃん?」 「雅史も寝ちまったんでな。ちょっとあたりを散歩でもしようかなと思ったんだが・・・」 「散歩? わたしも行っていい?」 「ああ、誰か誘おうと思ってたんだ。起きてんのはお前だけか?」 「うん。みんな寝てるよ」 「そっか。じゃ、二人で行くか」 「うん、行こう」 あかりは嬉しそうに笑った。 「・・・うーん、ないなあ。梓、そっちはどうだった?」 居間に戻ってきた俺は、同じく戻っていた梓にきいた。 「それらしいものは見あたんなかったよ」 「そっか」 「だいたい、千鶴姉がみっけたんだから、あたし達が探しても意味ないんじゃ・・・」 「そういえば、そうかもしれない・・・」 「あのー、さっきから、何を探していたんですか?」 楓ちゃんが口をはさんだ。 「だから、日記だって」 「誰の日記なの?」 初音ちゃんも加わってくる。 「親父の日記だよ、初音ちゃん」 「え? おじさま、日記なんかつけてらしたんですか?」 「うーん、まあそのあたり、いろいろ事情があってさ・・・」 「どんな事情?」 「そうだね、今のうちに話しとこうか」 「そうしよっか。千鶴姉はまだ探してるみたいだし」 俺達は事情を説明することにした。 「始まりは、千鶴さんが親父の物の整理をしていたことなんだ・・・」 「ひろあきちゃん。どこに行くの?」 「あてなんかあるか。ただブラブラ歩くだけだ」 「歩くだけ?」 「ああ。もともと散歩ってのはそんなもんだろ」 「うん、そうだね」 お気楽な会話をしながら、浩之達は道を歩いていた。 「あ、道が分かれてるよ。右と左、どっちに行く?」 「どっちでもいいよ。お前が決めろ」 「うーんと、えーと、じゃあねえ・・・」 「ああもう、こんなもんに悩むなよ。右に行くぞ」 「ああ、待って、ひろあきちゃーん」 ・・・知らない街をこんな風に歩いてたら、絶対道に迷います。注意しましょう。 「あ、おみやげ屋さんだ。ちょっと見ていこうよ」 「そうだな。学校の奴らにおみやげ買ってってやらねーとな」 「あーーーーっ! くまのシャーペンがあるよ! ひろあきちゃん!」 「なになに、 「初音のないしょ!! 限定特典、作りすぎて余ったんで、一本十円で売ります・リーフ」? なんのこっちゃ」 (ああっ、すみません、リーフさん!) 「ねえ、どうしよう、ひろあきちゃん?」 「シャーペンくらい、欲しけりゃ買えばいいだろ。十円なんだし」(ごめんなさい!) 「そうだね。おじさーん、このシャーペンくださーい」 「はいよ、税込み十円ね」(許してください!) 「あかり、おみやげはまだ買うなよ。帰る前に買えばいいんだから」 「うん、わかってるよ。ひろあきちゃん」 新たなくまグッズを入手したあかりはごきげんだった。 「・・・どうでもいいけどあかり。あーーーっ、くまだ、なんて言うなよ。 悪魔でもいたのかと思っちまったぜ」 「ごめんね。ひろあきちゃん」 「ま、いいけどよ」 たわいもない話をしながら、二人は土産物屋を出た。 「そろそろ帰ろうよ、ひろあきちゃん」 「そうだな。みんなが起きてるかもしれないしな」 だが、ここまで適当に歩いてきた二人が、帰り道など覚えているはずもなかった・・・。 「・・・まもなく、終点・隆山に到着致します・・・お忘れ物のございませぬよう、ご注意ください・・・」 「・・・ふう・・・」 彼は目を開けると、小さく伸びをした。 「隆山・・・こんな田舎に、また来る羽目になるとはな・・・」 自嘲的に言う。 「だが、もうミスはしない。これでケリをつける!」 彼の目がスッと細くなった。 第四話 了 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− あああああ・・・どんどんTo Heartになってく・・・。 >久々野 彰さん お褒めの言葉、ありがとうございます。 「自虐の歌」・・・ああ、ぼくのことを言われているようだ・・・。 セリス