堕説・痕 分岐1 第四話 投稿者:セリス


「もうすぐ着くよ、千鶴さん」
「・・・はい・・・」
「楓と初音、大丈夫かな・・・」
「・・・なに、大丈夫さ。俺達が家についたら、ちゃんと帰ってて、
 おかえりなさいって言ってくれるさ」
「・・・そうですよね・・・」
「うん、そうだよね・・・」
 そう言いながらも、千鶴さんと梓の表情は冴えない。
 俺が二人を励まそうと口を開きかけた時・・・。
「お客さん、着きましたよ」
 タクシーの運転手が言った。
「ああ。どうも」
 俺は料金を払うと、二人を促して車から降りた。

 柏木家・・・。この由緒正しい、広大な家に、たったの四人しか住んでいない。
 だが、今、この家に誰かいるような気配はない。
「だめだ。やっぱり、鍵がかかっている」
 俺は二人を振り向いて言った。
「・・・」
 千鶴さんは無言で鍵を取り出した。

 カチャリ・・・。

 軽い金属音が響く。

 ガラッ・・・。

 玄関に入る。
 だが、やはり人の気配はない。
 本来なら、初音ちゃんが「おかえりなさい」と言ってくれるはずなのだ。
「・・・楓、初音・・・」
 千鶴さんが小さくつぶやく。
「楓ー! 初音ー! いないのー?」
 梓も奥に向かって呼びかける。
 無論、返事があるはずもない。
「楓ちゃん、初音ちゃん・・・」
 いったい、どこに行ってしまったんだ・・・。
「・・・とりあえず、少し休もう。ね、耕一、千鶴姉」
 梓が靴を脱ぎながら言った。


「・・・隆山行き、政府専用特別急行神風三号、間もなく発車いたします・・・」
「フッ、さすがに日本を代表する企業だ。一個人のために専用列車が使えるとはな・・・」
 そう言いながら、彼は列車に乗り込んだ。
「さて、と・・・。今の内にしっかり睡眠をとっておくか・・・」
 彼はシートをリクライニングで倒すと、軽い寝息を立て始めた。


「はあはあ、ぜえぜえ、ふうふう・・・」
「ふっ、所詮は小僧。この程度のことで息を乱すとはな!」
「ばっ、ばかやろお! あ、あれのどこが、「この程度のこと」、な、なんだ!」
 おもわず浩之はセバスチャンにくってかかった。
「み、見ろ、みんな、しゃべれないほど、つ、疲れ切ってるじゃねぇか!」
 そう。彼等はセバスチャンの凄まじい運転に、精魂尽き果ててしまっていた。
 一人をのぞいて。
「せ、先輩、よく、へ、平気だね・・・」
「・・・・・」
「え、すいません、だって? わたしは慣れていますから? あ、いや、先輩が悪いわけじゃないよ」
「・・・・・」
「あ、ああ、そんな悲しそうな顔しなくていいからさ・・・」
「そうとも! お嬢様にはこれくらい、何でもないことなのだ! 
 これくらいで音をあげるとは、所詮、庶民よ!」
「てめえにそんなこと言う資格はねえ!」
「・・・ひ、ひろあきちゃん・・・」
 あかりが発言した。
「と、とりあえず、チェックインしようよ。いつまでもロビーにいても、しかたないよ」
「あ、ああ、そうだな。先輩、チェックインしようぜ」
「・・・・・」
「え、もうしてある? これが部屋の鍵だって?」
 浩之は芹香から鍵を二つ受け取った。
「1220と1221か。12階の部屋ってことだな。じゃ、部屋割りは・・・」
「いっかあああーーーん! 小僧、お嬢様と一緒の部屋になることなど、絶対に許さんぞぉーーー!」
 突然セバスチャンが割り込んだ。
「誰がそんなこと言ったよ! ここは妥当に男と女でわけりゃいいだろ!」
「え、じゃあ・・・」
「ああ、俺と雅史が1220にするから、お前、先輩、琴音ちゃん、マルチは1221に行ってくれ」
「うん、わかった。・・・あれ? 執事さんは?」
「ああ、このじじいはもう帰るってさ」
「馬鹿者! 貴様がお嬢様に悪いことをせぬように、近くで見張らねばならぬ!
 帰ることなどできぬわ!」
「じじい、なにがなんでも乱入するつもりか・・・」
 そうだ、言ってやれ浩之。作者もこいつは出す予定はなかったんだ。
「先輩からも言ってやってよ、このじじいにさ」
「・・・・・」
「お、お嬢様・・・。わかりました、この長瀬、いったんは退きます。
 ですが、またすぐに参上いたします! 小僧、お嬢様に悪さをせぬように!」
「悪さなんかしねえよ!」
「では、失礼いたします、お嬢様」
 そう言って一礼すると、セバスチャンはロビーから出ていった。
「やれやれ、やっと帰った。ありがと、先輩」
「・・・・・」
「早く部屋へ行きましょう、って? そうだな、とりあえず少し休みたいよ」
 浩之はあたりを見回した。
「おーい、みんな、生きてるかー? 部屋へ行くぞー」
 その声に応えて、
「う、うん、行こう」
「・・・そ、そうだね、部屋で、休もう・・・」
「へ、部屋は、どこですか・・・」
「うううう、つかれました・・・」
 という声があがった・・・。


 ピンポーン・・・。

 呼び鈴がなった。
「はーい」
 梓が玄関に向かう。
 俺と千鶴さんは居間でお茶を飲んでいる。
「おいしいお茶だね」
「そうですね」
 家に帰ってきたことで、千鶴さんと梓も、少し落ち着いたようだ。
 よかったよかった。
 と思ってたら・・・。

 ダダダダダッ!

「ち、千鶴姉! 耕一! 楓と初音が・・・!」
「えっ!? 楓と初音がどうしたの!?」
「と、とにかく来て!」
「ああ!」
 急ぎ玄関に向かうと・・・。
「こんにちは、お二人とも」
「長瀬刑事!?」
「ああ、楓、初音!」
「我々が保護しました」
「柳川・・・いや、柳川刑事」
 玄関には、柳川、長瀬と、楓ちゃん、初音ちゃんがいた。
「おねえちゃあん・・・」
「姉さん・・・」
「二人とも、無事でよかった・・・」
 千鶴さんは目に涙を浮かべている。
 もちろん梓もだ。
「どうも、ありがとうございます」
 俺は長瀬刑事に言った。
「いや、礼なら柳川刑事に言ってくれ」
「柳川刑事にですか?」
「ああ。彼が二人を保護したんだ」
「そうなんですか。ありがとうございます、柳川刑事」
「いえ、職務を果たしただけです」
 柳川は素っ気なく言った。
「では、我々はこれで。帰ろう、柳川」
「はい。それでは失礼します」
「ほんとうに、ありがとうございました」
「ありがとうございます」
 二人は一礼して出ていった。

「楓、初音、あなた達今までどうしていたの?」
 居間に戻ると、千鶴さんが二人にきいた。
「うーん・・・、よくわかんない」
「学校にいたんだけど、急に眠くなって・・・。気がついたら、警察にいたの・・・」
「なにそれ?」
「・・・自分でもわからない・・・」
 楓ちゃんは俯いてしまった。
「・・・まあ、二人とも、無事で何よりだよ」
「そうね。二人が無事だったんですもの、それでいいわ」
「そうだね」
 それが俺達の実感だった。
「・・・そういえば、耕一さん、どうして、ここにいるんですか?」
 楓ちゃんが顔をあげた。
「うん、それは親父の・・・」
 答えようとして、はっと思い出した。
「そうだ、日記だ! あれを見るためにここに来たんだった!」
「あっ、そうでした!」
「すっかり忘れてたね・・・」
「日記ってなあに?」
 初音ちゃんが不思議そうにきく。
「詳しい事情は後で説明する! とりあえず日記を探そう!」
「はい!」
「うん!」
 俺達はそれぞれの方向に散っていった。
「・・・なんですか? 日記って・・・」
「ねえ、いったいなんなのー?」
 事情を知らない二人を置いたまま・・・。


 そのころ、鶴来屋の十二階では、浩之達が身体を引きずるようにして歩いていた。
「・・・ううう、ひろあきちゃん、まだあ?」 
「もう少しだって・・・おっ、あそこか」
「や、やっと、着きましたか・・・」
「あううう、エネルギーが・・・」
「も、もう少しだね・・・」
「・・・・・」
「・・・せ、先輩は、皆さん頑張って下さい、と言われてます・・・」
「・・・よし、ここだ!」
 浩之は1221号室の前で立ち止まり、振り向いた。
「おーい、あかりー。お前達の部屋はここだぞー」
「ひろあきちゃん達の部屋は?」
「すぐ隣りさ」
 そう言って、隣を指さした。
「これがルームキーだ」
「ん、ありがと」
「じゃ、またあとでな」
「うん、ひろあきちゃんもね」
 あかりは部屋の鍵を開けると、
「みんなー、わたしたちの部屋はここだよー」
 そう呼びかけた。
「や、やっと、休めますね・・・」
「エネルギーを充電できますぅ・・・」
「・・・・・」
「・・・せ、先輩は、ゆっくり休んで下さいって、言われてます・・・」
 そんなことを言いながら、四人は部屋の中へ入っていった。

「おっ、なかなかいい部屋じゃないか。なあ雅史?」
「・・・」
「おい雅史、どうした?」
「・・・ひろあき・・・よくしゃべるげんきあるね・・・」
「ああ、じじいと色々しゃべってたら、なんか元気になってきたぜ」
「・・・タフだね・・・」
「まあな。それが俺の取り柄だし」
「・・・すごいよ・・・」
 そう言うと、雅史はベッドに倒れ込んだ。
「お、おい、雅史?」
「・・・ごめんひろあき・・・すこしやすませて・・・」
「ま、まあ、いいけどよ・・・」
「・・・ありがと・・・おやすみ・・・ZZZ・・・」
「ま、雅史・・・。なんて寝付きのいいやつなんだ・・・」
 そんな浩之の気持ちを知ってか知らずか、雅史は静かな寝息をたてていた。
「うーん、どうすっかな。俺は眠くないしな。むこうで誰か起きてる奴、いるかな?」
 浩之は1221号室の方を見た。

こちらは1221号室。
「みなさん、お休みなさい・・・」
「お休みなさいです・・・」
「・・・・・」
「・・・あ、先輩は、わたしも少し眠ります、って言われてます・・・」
「あ、あれ、みんな寝ちゃうの?」
 あかりが一人、うろたえていた。
「わたしはなんか元気になってきたんだけど・・・」
 だが、既に三人は夢の世界へと旅立っていた。
「ううう、どうしよう・・・」
  そのとき、とびらが小さくノックされた。
「・・・誰か、起きてる奴、いるか・・・?」
「その声、ひろあきちゃん?」
「あかりか? 起きてんのか?」
「うん。ちょっと待って、今ドアを開けるから」

 ガチャッ・・・。

「どうしたの、ひろあきちゃん?」
「雅史も寝ちまったんでな。ちょっとあたりを散歩でもしようかなと思ったんだが・・・」
「散歩? わたしも行っていい?」
「ああ、誰か誘おうと思ってたんだ。起きてんのはお前だけか?」
「うん。みんな寝てるよ」
「そっか。じゃ、二人で行くか」
「うん、行こう」
 あかりは嬉しそうに笑った。


「・・・うーん、ないなあ。梓、そっちはどうだった?」
 居間に戻ってきた俺は、同じく戻っていた梓にきいた。
「それらしいものは見あたんなかったよ」
「そっか」
「だいたい、千鶴姉がみっけたんだから、あたし達が探しても意味ないんじゃ・・・」
「そういえば、そうかもしれない・・・」
「あのー、さっきから、何を探していたんですか?」
 楓ちゃんが口をはさんだ。
「だから、日記だって」
「誰の日記なの?」
 初音ちゃんも加わってくる。
「親父の日記だよ、初音ちゃん」
「え? おじさま、日記なんかつけてらしたんですか?」
「うーん、まあそのあたり、いろいろ事情があってさ・・・」
「どんな事情?」
「そうだね、今のうちに話しとこうか」
「そうしよっか。千鶴姉はまだ探してるみたいだし」
 俺達は事情を説明することにした。
「始まりは、千鶴さんが親父の物の整理をしていたことなんだ・・・」


「ひろあきちゃん。どこに行くの?」
「あてなんかあるか。ただブラブラ歩くだけだ」
「歩くだけ?」
「ああ。もともと散歩ってのはそんなもんだろ」
「うん、そうだね」
 お気楽な会話をしながら、浩之達は道を歩いていた。
「あ、道が分かれてるよ。右と左、どっちに行く?」
「どっちでもいいよ。お前が決めろ」
「うーんと、えーと、じゃあねえ・・・」
「ああもう、こんなもんに悩むなよ。右に行くぞ」
「ああ、待って、ひろあきちゃーん」
 ・・・知らない街をこんな風に歩いてたら、絶対道に迷います。注意しましょう。
「あ、おみやげ屋さんだ。ちょっと見ていこうよ」
「そうだな。学校の奴らにおみやげ買ってってやらねーとな」
「あーーーーっ! くまのシャーペンがあるよ! ひろあきちゃん!」
「なになに、
「初音のないしょ!! 限定特典、作りすぎて余ったんで、一本十円で売ります・リーフ」?
 なんのこっちゃ」
(ああっ、すみません、リーフさん!)
「ねえ、どうしよう、ひろあきちゃん?」
「シャーペンくらい、欲しけりゃ買えばいいだろ。十円なんだし」(ごめんなさい!)
「そうだね。おじさーん、このシャーペンくださーい」
「はいよ、税込み十円ね」(許してください!)
「あかり、おみやげはまだ買うなよ。帰る前に買えばいいんだから」
「うん、わかってるよ。ひろあきちゃん」
 新たなくまグッズを入手したあかりはごきげんだった。
「・・・どうでもいいけどあかり。あーーーっ、くまだ、なんて言うなよ。
 悪魔でもいたのかと思っちまったぜ」
「ごめんね。ひろあきちゃん」
「ま、いいけどよ」
 たわいもない話をしながら、二人は土産物屋を出た。
「そろそろ帰ろうよ、ひろあきちゃん」
「そうだな。みんなが起きてるかもしれないしな」
 だが、ここまで適当に歩いてきた二人が、帰り道など覚えているはずもなかった・・・。


「・・・まもなく、終点・隆山に到着致します・・・お忘れ物のございませぬよう、ご注意ください・・・」
「・・・ふう・・・」
 彼は目を開けると、小さく伸びをした。
「隆山・・・こんな田舎に、また来る羽目になるとはな・・・」
 自嘲的に言う。
「だが、もうミスはしない。これでケリをつける!」
 彼の目がスッと細くなった。


                           第四話 了


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あああああ・・・どんどんTo Heartになってく・・・。

>久々野 彰さん
お褒めの言葉、ありがとうございます。
「自虐の歌」・・・ああ、ぼくのことを言われているようだ・・・。

                            セリス