堕説・痕 分岐1 第三話 投稿者:セリス


プアーン・・・。
ガタンガタン、ガタンガタン、ガタンガタン・・・。

今、俺達は、隆山温泉へ向かう特急列車に乗っている。
「まったく、結局昨日は列車に乗れなかったじゃないか」
「す、すいません、耕一さん・・・」
「ふん、よく言うよ。あんただって、研究所とやらで長居してきたじゃないか」
「うっ、まあ、そうなんだけど・・・」
そう。昨日、マルチというメイドロボを送って行ったあと、
マルチを作ったというスタッフ達に捕まり、かなりの時間拘束されてしまったのだ・・・。
「ただお茶飲んできただけでしょう!」
梓のつっこみが冴える。
「・・・ま、まあ、一晩ぐっすり眠ったおかげで、精神的に楽になりましたよ」
「そ、そう。それならよかった」
ちなみに、千鶴さん達は、ちゃんとホテルに泊まった。
変な想像しないでくれ。
「どれくらいで着くの、耕一?」
「確か、三時間くらいだったと思うけど」
「三時間? そんなにかかるの?」
「来たときも、それくらいかかっただろう?」
「・・・わかんないよ・・・」
梓は俯いた。
「どうした、梓?」
「そういえば梓、あなたどうしてこっちに来たの? 学校があったんじゃなかった?」
「・・・よくわかんないんだ。学校にいたはずなんだけど、気がついたら変な車に
乗せられてたんだ。で、隙をみて逃げてきたら、たまたま耕一の家の近くでさ。
耕一のとこに行こうと思ってたら、あんたに会えたってわけ」
「そうだったのか・・・」
「なんにしても、無事でよかったわ、梓・・・」
千鶴さんがほっとして言った。
「でも、楓と初音はどうしただろう・・・」
梓はやはり落ち込んでいる。
「そうね・・・」
千鶴さんも暗い表情になった。
「・・・ま、向こうに着けば、何かわかるさ」
俺はその場の雰囲気を変えるように、少し明るい声で言った。


「CYBERNATICS CONTROL」・・・その扉が開いた。
彼は素早く入室する。
「お呼びですか?」
感情を込めずに話す。
「あのフロッピーの持ち主、名は何と言ったか?」
昨日とは別の声。
「記憶にありません」
だが、彼の口調に乱れはない。
「・・・フロッピーにはプロテクトがかけられている。解除には、特定のキーワードが必要だ」
「強制解除はできないのですか?」
「外部からのアクセスを一切受け付けないシステムになっている。無理をすると、
プログラム自体が破壊されるようだ」
声は淡々と話す。そこからは、いかなる感情も読みとることはできない。
「現在も分析中だが、強制的に排除するより、キーワードを探す方が効率がいい」
「では・・・」
「そうだ。キーワードを探してこい。手段、費用は問わない」
「了解しました」
彼が答えると同時に扉が開いた。
「我々を落胆させるなよ」
「心得ております」
その言葉を置いて、彼は退出していった。


耕一達が乗っているちょうど同じ列車に、ある高校生の一団も乗っていた。
「ひろゆきちゃん、温泉、楽しみだね」
「そうだな。先輩、ありがと」
「・・・・・」
「あの、先輩は、余りものですから・・・って、言われています」
「さすが、来栖川グループだよね。高級旅館の宿泊券が余るなんてさ」
「あああのっ、せっかくのご旅行に、わたしなんかを誘っていただいて、ほんとうに
ありがとうございます! わたし、頑張ります!」
彼等は、同じ高校に通っている友人達だった。
彼等の内の一人、大人しそうだが、どこかミステリアスな雰囲気を持った美少女・・・
彼女こそ、あの来栖川グループ会長の孫娘であった。
彼女は、たまたま「隆山温泉鶴来屋宿泊券・有効期限あと一週間」という券を見つけ、
このまま腐らせるくらいなら、友人と共に行ってみよう、と思った・・・らしい。
そして、集まったのは、総勢六人。
藤田浩之、神岸あかり、佐藤雅史、姫川琴音、来栖川芹香、そして・・・
「・・・うわあぁー。すごいです、浩之さん。この列車、すごいスピードで走ってますー」
・・・そう、あの最新型メイドロボ、マルチであった。
「ほんと、いいタイミングだったよな。今日からちょうど三連休で二泊三日なんてさ」
「うん、そうだね。でも、ひろあきちゃん。どうして、志保ちゃんを誘わなかったの?」
「ああ、あいつはダメだ。あいつがいると、すぐに口げんかになっちまうからな」
「だったら、口げんかしなければいいのに・・・」
「あ、あの、わたし、こんな風に友達同士で出かけるのって、初めてなので、
あの・・・」
「そんな、緊張しなくてもいいよ。みんなで楽しくやれれば、それでいいんだからさ」
「は、はい、でも、楽しくやるっていっても、その・・・」
「・・・・・」
「え、緊張しなくてもいい? 普通に話をしていればいい、ですか?
・・・そうですね、少しずつ慣れていけばいいですね」
「うん、そうだよ。普通に話をするだけでも、楽しみなんかいくらでもあるよ」
「・・・・・」
「先輩は、佐藤さんの言う通りだ、と言われています。わたしもそう思います」
「うわぁー、すごいですねえ。こんな速い乗り物、初めて乗りましたー」
・・・などと、お気楽な会話をしながら、一行もまた隆山を目指していた・・・。


「あーあ、やれやれ、やっと着いた・・・」
「三時間も、座りっぱなしだと・・・」
「身体が悲鳴をあげちまうよ・・・」
そんなことを言いながら、俺達は改札を抜けた。
この間来た時は焼けるように感じた日光も、今は優しくあたりに降り注いでいる。
もう、すっかり秋なんだな・・・。
ふと感傷的になっていると、
「耕一、何やってんの? 行くよ!」
タクシーに乗ろうとしていた梓が振り向いた。
おっと、こんなことをしている場合じゃなかった。
「ああ、今行くよ!」
そう言って、俺は走り出した。


ピンポーン・・・。

「すいませーん、耕一さーん・・・」

ピンポーン・・・。

「・・・ちっ、いないのか。まあいい、その方が手間がかからずに済む・・・」
彼は後ろに控えていた黒ずくめの男達に向き直った。
「・・・おい」
一人の男が前に出ると、素早くロックを外した。

カチャ・・・。

ぎりぎり、人一人通れる位にドアを開く。

スッ、スッ、スッ・・・。

彼等はそこから素早く侵入していく。
そして最後に彼が入ると、再び元通りにドアを閉める。

カチャリ・・・。

ドアを閉め、室内へ入っていった彼が見たのは、既に部屋を調べ尽くし、彼を
待っている男達だった。
その無駄のない行動は、男達がプロであることを雄弁に物語っていた。
「収穫は?」
一人の男が黙って書類を差し出す。
「・・・・・なるほど」
ざっと目を通した彼は、不敵に笑った。
「プロであるが故のミス、ということか・・・」
再び、男達に向き直る。
「撤収だ!」
途端に、男達が散っていく。
三十秒後、彼等が耕一のマンションを後にしたときには、部屋は完全に元の状態に
戻っていた。


「ふあー、長かったなー。退屈で退屈で死にそうだったよ」
「うそばっかり。ひろあきちゃん、ずっと寝てたじゃない」
「そうだよ。みんなでUNOやろうって言っても、いびきしか返ってこなかったよ」
「・・・・・」
「先輩は、やっと着きましたね、と言われています」
「UNOって、面白いゲームなんですね。またやりましょうね」
「えっ、俺、寝てた? うーん、気付かなかったな」
「そりゃ、自分で分かるわけないよ・・・特に、ひろあきちゃんじゃね・・・」
「旅館についたら、またやろうね。マルチ」
「藤田さん・・・熟睡されてましたよ・・・」
「はいっ! 楽しみです!」
六人が着いた途端、賑やかになる。
「あ、そう言えば先輩、駅から旅館まで、どうやって行くの? 歩いて?」
「・・・・・」
「え、送り迎えの車がある? へえ、さっすが来栖川グループ!」
「・・・・・」
「駅の北口に着いてるはず? よし、じゃあ行ってみよう」
浩之は四人を振り返り、
「みんな、北口に車が来てるんだってさ」
「え、わざわざ送り迎えの車があるの?」
「楽でいいね」
「すごいですね」
「わざわざ迎えに来ていただけたんですか? 感激ですー」
みんなそれぞれの感想を口にする。
「とりあえず、行ってみよう」
という浩之の呼びかけで、一同は北口へと向かった。

北口には、芹香の言葉通り、来栖川のマークをつけたベンツが止まっていた。
だが、そのドライバーを一目見て、浩之は思わず天を仰いでしまった。
「ああっ! お、お前は!」
「・・・? ひろあきちゃん、知り合いなの?」
そう、そのドライバーとは・・・
「お嬢様! このような下賤の者どもと、一緒に旅行をされるなど! この長瀬、
大旦那様になんと言ってお詫びすれば・・・」
「・・・・・」
「ああ、お嬢様、なぜそのような悲しいお顔をされます・・・」
「・・・・・」
「・・・わかりました。この長瀬、お嬢様のため、尽力させていただきます!」
もうお分かりだろう、来栖川家執事、通称「セバスチャン」だったのだ・・・。
「じじい! なぜ、こんな所にいる!」
「ふん、いつぞやの小僧か。お嬢様が行かれる所ならば、この長瀬、どこにでも参上するのだ!」
「答えになってないぜ、じじい・・・」
「・・・・・」
「あの、藤田さん、先輩が、早く乗って下さいと言われてます」
「え?」
ふと見ると、もうみんな乗っている。
「あ、わりぃ、わりぃ」
慌てて浩之も乗り込んだ。
同時に長瀬執事も運転席に座る。(今後彼のことをセバスチャンと記述する)
「じじい、ちゃんと運転できんのか?」
浩之が疑わしそうに言う。
「ふん、戦後の焼け野原で、日夜ストリートファイトに明け暮れていたこのわしを
なめるでないわっ!」
「いや、だから不安なんだけど・・・」
途端にエンジンが激しい悲鳴をあげる。
「出発進行!」
セバスチャンが意気揚々と叫ぶ。
次の瞬間・・・、
「うっ、うわあああぁぁっ!」
「きゃああぁぁっ!」
「なっ、なんだぁ?」
「・・・・・」
「きゃっ!」
「きゅうううううぅぅ・・・」
・・・ベンツは猛烈な勢いでバックしていた・・・。
「ばっ、ばかやろおおお!」
「なーに、まだまだこれからよ! すすめ、我が愛車よ!」
「これはてめぇの車じゃねぇだろぉがぁぁ!」
そんな浩之のつっこみも、セバスチャンの耳には入らなかった・・・。
「ぬはははははっっ・・・!」
「だれかああ、おろしてくれええええぇぇぇ・・・」
・・・合掌。


                          第三話 了    


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第三話、お送りします。
志保がいないのに琴音がいるあたり、完璧ぼくの趣味です。
ああ、それにしても、タイトルが「痕」なのに、内容は全然痕じゃない・・・。
こんなんでいいのだろうか・・・。
                          
                              セリス