心、優しさ 外伝6 マルチのひな祭り 投稿者:セリス
「浩之ちゃん。今日は三月三日、おひな様の日だね」
「・・・ああ、そういえばそうだな」
大学からの帰り道。
いつものように、あかりと一緒に帰る。
俺達の側を吹き抜ける風が、暖かさを感じさせる。
・・・もう、春なんだなぁ。
深い意味もなく、感慨に浸る。
「浩之ちゃん。どうしたの?」
「ん・・・ああ、何でもねーよ。もう春なんだなって思っただけだ」
「うん、そうだね。だんだん暖かくなってきたよね」
微笑むあかり。
「・・・で、ひな祭りがどうしたんだ?」
「えっ?」
「いや、さっきお前、おひな様がどうとか言ってただろ。ひな祭りがしたいのか?」
「や、やだなぁ、浩之ちゃん。もうひな祭りはしないよ」
「そうなのか?」
「うん。毎年、おひな様を飾ってはいるけど、ひな祭りはしてないよ」
「ひな祭りをしないのに、飾るのか?」
「そうだよ。毎年一回、ちゃんと飾ってあげないと、おひな様がかわいそうだよ」
「ふーん、そんなもんかねぇ・・・」
「そういうものなの。・・・あっ、そういえば浩之ちゃん、昨日・・・」
ひな祭りの話は、それだけで終わった。
俺達はその後も軽い雑談をしながら、帰路を辿った。


「お帰りなさいませっ、浩之さん!」
「おう、ただいま、マルチ」
玄関の扉を開くと、いつものように、マルチが笑顔で迎えてくれた。
掃除の途中だったのだろう、マルチの手には、はたきが握られていた。
俺はマルチと一緒に居間へ向かうと、ソファーに身を沈めた。
「浩之さん。今夜のお夕食は何にしましょうか?」
「・・・うーん、昨日色々買ってきたよな?」
「はい、昨日はたくさんお買い物しましたよね」
「じゃあ、適当に作ってくれ」
「はい、分かりました」
そう言うと、マルチは再び掃除に取りかかった。
ちょうど居間を掃除していたらしく、あちこちにはたきをかけている。
ふと見れば、窓も開けてある。
俺はそのまま、何をするでもなく、ぼんやりマルチを見ていた。
マルチは、実に楽しげに掃除をしている。
掃除好きなところは変わっていない。
そんなマルチを見ているだけで、俺も穏やかな気持ちになってくる。
「・・・なぁ、マルチ」
「はい、何ですか?」
マルチは笑顔を浮かべ、俺を振り返る。
「・・・えっと・・・」
・・・困った。
何も言うことがない。
何故俺はマルチに呼びかけたりしたんだろう。
言葉に詰まる俺を見ても、マルチは何ら不思議がったりせず、ただ微笑んでいる。
そんなマルチを見ていて、ふとさっきのあかりとの会話を思い出した。
「マルチ。ひな祭りって、知ってるか?」
「ひな祭り、ですか? 三月三日におひな様を飾る行事のことですね」
「そうそう。マルチもやってみたいか?」
「はい、やってみたいです。・・・でも、お家におひな様があるんですか?」
「・・・ああ、そうだった・・・。うちにはひな人形がないんだった・・・」
俺は自分の愚かさを後悔した。
わざわざ希望を持たせるようなことを言っておきながら・・・。
「ごめんな、マルチ。うちにはひな人形がないんだ・・・」
「いえ、いいんですよ、浩之さん。浩之さんのお心遣いだけで、十分です」
マルチはそう言って優しく笑い、掃除を再開した。


マルチはああ言ったが・・・。
俺は、やっぱり何とかしてやりたかった。
年に一度のことなんだ。
特にマルチにとっては生まれて初めてのひな祭りだ。
何とかしてやりたい。
「あかりの家から借りてくるってわけにもいかないしな・・・。あかりの家でやったんじゃ、
マルチが主役とは言い難いし・・・」
俺はしばらく思案し、ある事を思い出した。
子供の頃、あかり・雅史と一緒に折り紙でひな人形を折った事があった。
あまり見栄えのいい物とは言えないが、何もないよりはマシだろう。
俺は折り紙の本を探しに、物置代わりに使っている部屋へ行くことにした。
ここまで考えて立ち上がると、居間にマルチの姿がない。
俺は気にせず、二階へと向かった。
「あ、浩之さん」
「おう、マルチ」
思った通り、マルチは階段の掃除をしていた。
俺はマルチの邪魔にならないよう気をつけながら二階へあがると、物置部屋の扉を開いた。
「・・・お、これは・・・」
しばらく来ていなかったので、埃が舞っていてもおかしくないと思っていたのだが、
そんなことは全くなかった。
ここも、マルチがきっちり掃除していてくれたのだ。
「・・・マルチ、ご苦労さん」
俺は小さく呟き、目的の本を探した。
以外にも、折り紙の本はあっけなく見つかった。
マルチがきちんと整理しておいてくれたおかげだ。
俺は本を手に取ると、裏表紙を開いてみた。
俺の記憶では、余った折り紙を本の裏表紙に挟んでおいたはずなのだが・・・。
「・・・よし、ちゃんと残ってる」
あまりたくさんあるわけではなかったが、この際仕方ない。
俺は本を閉じると、居間へ戻ることにした。


本を片手に、早速おひな様を折ってみる。
「うーん・・・結構難しいんだな・・・」
子供の頃、よくこんなの折れたもんだ。
いや、子供だから折れたのかもしれないな。
そう言えば、俺、上手く折れたっけ?
あかりが折ったおひな様は上手くできてたのを覚えてるけど・・・。
俺は・・・どうだったかな?
・・・おっと、考え込んでる場合じゃなかった。
再び折り紙に集中する。
・・・一枚目で出来たのは、どう見てもおひな様とは言い難い、謎の物体だった。
・・・二枚目。
・・・三枚目。
回を重ねるごとに、少しずつではあるが、それらしい形を作れるようになってきた。
だが・・・。
「これが最後の一枚、か・・・」
俺が上手く折れるようになる前に、折り紙のストックが切れてしまった。
それは、きれいなピンク色の折り紙だった。
「絶対に、失敗できないな・・・」
俺は細心の注意を払い、できる限り丁寧に折った。
その甲斐あってか、今までで一番上手く折ることができた。
やや不格好ではあるが、おひな様に見える。
「・・・よし、まぁこんなもんだろ」
俺が一息ついたとき、ちょうどマルチが居間に戻ってきた。
「お掃除、終わりました、浩之さん」
マルチはいつも、優しい笑顔を浮かべている。
「ご苦労さん、マルチ。ちょっとこっちに来てくれないか?」
「はい、何ですか?」
マルチは素直に俺の隣に座った。
「マルチ。これ、俺が折ってみたおひな様なんだけど・・・」
マルチに、さっき出来たおひな様を手渡す。
「えっ・・・」
マルチは、おひな様を見た。
・・・何も言わない。
ただじっと、おひな様を見ている。
「・・・マルチ?」
「・・・うっ・・・」

ぽろっ・・・。

俯きかげんにおひな様を見ていたマルチの瞳から、涙がこぼれた。
「ご、ごめん、マルチ。そうだよな、やっぱこんな不格好なのじゃ嫌だよな・・・。
やっぱり、ちゃんとしたやつの方がいいよな・・・」
俺は慌てて謝ったが、マルチは俯いたまま、首を振った。
涙の雫がこぼれる。
「・・・違うのか? じゃあ、どうしたんだ?」
マルチは何も言わず、俺に抱きついてきた。
「・・・マルチ?」
「うっ・・・、嬉しいです・・・。あ、ありがとうございます・・・。わざわざ、
私のために、折って下さったんですね・・・」
マルチはそれだけ言うと、また涙を流した。
「いいんだよ、マルチ。俺には、これくらいしか出来ないんだから・・・」
マルチの頭を優しく撫でた。
「はい・・・。ありがとうございます、浩之さん・・・」
マルチはそのまま、しばらく泣いていた。


「落ち着いたか、マルチ?」
「はい・・・。どうもすみません・・・」
マルチの目は、まだ少し赤い。
「いや、いいさ」
「はい。・・・あの、浩之さん・・・」
「ん?」
「このおひな様、一人だけなんですか?」
マルチが、俺が折ったおひな様を見て言った。
「・・・ああ。他のは、上手く折れなかったんだ」
「・・・そうなんですか・・・」
マルチはじっとおひな様を見ている。
「・・・そうだな。これから折り紙を買いに行くか?」
「は、はいっ! ・・・あ、でもお夕食の支度が・・・」
「たまには外で食おうぜ、マルチ。毎日食事の支度してたら、疲れるだろ」
「は、はい・・・。そうですね・・・」
その時マルチは微妙な表情をしたが、俺は気付かなかった。
「よし、じゃ早速行こうぜ、マルチ」
「はい、おでかけしましょう」
俺は先に立って、居間を出た。
だから、マルチの小さな声は、俺には聞こえなかった。

「そんなことないです・・・。浩之さんが食べて下さると思えば、疲れたりしません・・・。
すごく嬉しいんですから・・・」


                            外伝6 完


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二日遅れのひな祭りSSです。
この話、かなり未熟なので、投稿しない予定だったのですが・・・。
「休場するくらいなら、出場して全試合で負けた方が気持ちがいい」という、ある人の言葉に
共感し、投稿する気になりました。
時間がないので、レス等はまた今度。
でも、ひとつだけ。

>久々野 彰さん
ネット関連ですが、クレジットカードだけは作っておくことをお勧めします。クレジットカードは
申請してからカードが届くまで一月以上かかることもあるからです。VISAカードがお勧めです。
「どうすれば作れるのか分からない!」とお悩みなら、郵便局へ行きましょう。郵便貯金口座から
引き落としにできるVISAカードが作れます。はっきり言って、クレジットカードさえあれば、
モデムを買ってきたその日にネット接続する事もできます。インターネットする上で、クレジット
カードはあった方が便利です。


そうそう、メールアドレス変わりました。
新たなアドレスは「multi@remus.dti.ne.jp」です。
「マルチ」ですよ、「マルチ」!!
ふふふ、これほどぼくに相応しいメールアドレスはないですよ。
くすくすくす・・・。