死ぬほど根暗な救世主 投稿者:鈴木R静
   『死ぬほど根暗な救世主』

 カレルさん、ごめんなさい。

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 自分に自信が持てない――そしてそれを自覚している自分、その自覚があり
ながらどうすることもできない自分というものがたまらなく嫌いだ。
 嫌い――いや、それは自己卑下といいかえてもいい。
 いつからだろう――こんな思いが常に心の裡に澱のようにたえず意識する、
しないに関わらず沈殿するようになったのは。
 日常、普段の生活においてはまったく気にせずにいられるそんな感情が、あ
の人の前にでた途端、それこそ地獄に堕ちた亡者が真っ暗闇のなかで突然予期
せぬ蜘蛛の糸を目の前にちらつかされたおりの、もうそのたよりない一本の光
明しか己にはない、これしか眼中にははいらないのだといった、そんな狂おし
いまでの焦慮さながらに、あふれだしてくるのだ。
 あの人のことしか目にはいらなくなる、という点ではそのたとえは正しいか
もしれない。しかし同時にそれはひたすらに自らの内側にのみ向けられた感情
ともいえた。俺はあの人のことを見ているようで、その実、自分をしか見てい
ないのだ。それもわかっている。
 そしてあの人と比べて、自分がつりあうようにはどうしても思えず――、
 だから自己卑下という言葉にいいかえた。
 いつからだろう――あの人のことが胸のなかの一角をいついかなるときだろ
うとおかまいなくその座を占めるようになったのは。
 ずっとまだ小さかった頃――といってももう中学にはあがっていたはずだけ
ど――にあの人に逢ったときのこと、「よろしくね、耕ちゃん」と頭をなでら
れたとき、おもわずその手をはらいのけてしまった。子供あつかいされたくな
かったからだ。それは思慕の想いだったのだと思う。
 あれからたくさんの時間が流れ、俺も、そしてあの人ももうあの頃のようで
はなくなってしまった。もう幼かった子供じゃない。そして当時意識しないま
まに抱いていた淡い憧憬は、俺のなかでひとつのたしかなかたちにその姿を変
じている。
 ――でも……、
 俺にはあの人が――千鶴さんがまぶしすぎるんだ。
 ブラウン管にでてくるような女優といってもあながちお世辞ではないような、
すごく綺麗な美しい人で、あの若さで、このへんでは知らぬ者とてない大企業、
鶴来屋グループの会長という要職にあり、そしてそんな外面的なことばかりじゃ
なく、なによりその心、芯の部分が彼女を彼女たらしめている――千鶴さんそ
のものなんだと俺は思う。
 だからこそ、かなわない。
 自分に自信が持てない人間が、どうしてそんな女性に自らを誇ることができ
る?
 自分を好きになれない人間が、どうして他人に好かれる、愛されることがで
きる?
 こんな自分がたまらなく嫌いだ。
 好きになれない。
 でも……あの人の前だけでも嫌じゃない、好きになれる自分になれたら……。
 ただ、それだけでいいのに……。
 千鶴さんはあまりにまぶしくて……俺はあの人の前にでると、顔では笑いな
がら何ともない風をよそおって語らいながらも、胸の奥ではうつむくことしか
できないんだ……。

「お姉ちゃん、最近、綺麗になったと思わない?」
 初音ちゃんが登校するのを近所までついていってやっているとき、不意にそ
んなことを彼女は口にした。
「お姉ちゃん?」
 彼女にはふたりの姉がいる。しかし俺にはもう彼女が誰のことをいっている
りのかはだいたい見当がついている。
「千鶴お姉ちゃんだよ」
 彼女は俺のほうを見て、もう、しょうがないなあ――そういいたげな表情を
しながらいった。
 どうして初音ちゃんはそんな顔をするんだろう。何かおかしなことを聞いて
しまっただろうか?
 早朝の小路には俺たちの他には人影は見えない。もう少しいって学校が近く
なればきっと彼女と同じ年頃の生徒の姿も散見されるようになるのだろう。無
論そこまで俺が送っていくことはないのだが。
「うん……まあ、たしかに千鶴さん、ここんとことみに綺麗になったよな……
もともと綺麗な人だけど、こう、なんだろう、こわいくらいの美人、っていう
のかな」
 いっしょに並んで歩きながら、そういってみる。
「うん……そうだね」
 彼女の顔にちょっとさみしそうな感情が翳ったように見えたのは、気のせい
だろうか。
「うん、ありがとう、お兄ちゃん……もうこのへんでいいよ」
 初音ちゃんはちょっと小走りに駆けて、そしてくるりと俺に向き直ると、微
笑をたたえながらいった。
「ああ、気をつけてな」
「うん……」
 そのまま俺がもと来た道を引き返そうとするのを、彼女は、
「あ、お兄ちゃん……あのね……」
 そう言葉をいいつのっておしとどめた。
「ん……?」
「はやく……気づいてあげてね……」
「えっ!?」
 俺が問い質すより早く、初音ちゃんは大きく手を振ってみせると、
「じゃ、お兄ちゃん、いってきまーす」
 そういって背を向けると、それきりこちらには頓着せず――あるいは意識し
ての態度だったのかもしれない――駆けていって、そして角を曲がると、もう
見えなくなってしまった。
 その背中はなんだかこの話をこれ以上続けるのを拒んでいるようで、俺は声
をかけそびれて見送ることしかできなかった。
                        (続……かない(爆))

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 闇のなか、不意に浮かび上がる三柱のモノリス。
 その黒い表面には電光色をまとって「SOUND ONLY」の文字が見て
取れる。
 りーふ図書館最深部――チャットの間。
 ここへのアクセスは、本人のホログラム映像という形を取って擬似的にでは
あるが、あたかもその場に居合わせているかのように視覚をともなって遠く離
れた場所からでも瞬時に会合をおこなうことができるのだが、今回のように音
声のみによる懇親の場合には、自身のホログラム映像の代用としてモノリスが
映し出されるシステムとなっている。
 それぞれのモノリスには、三様のアクセス者名が表示されている。
 01 Rune
 02 Hydrant
 03 alulu
 誰でもおそらく一度くらいはその名を聞いたことがあるであろう、SS界で
は知らぬ者とてない剛の者たちである。
 そんな彼らが、いま、ある議題について語り合っている。それは彼らひとか
どのSS使いたちをして、一歩も引かず激論せしめるほどの、最重要事項であっ
た。
「髪は黒。譲っても寒色」これはRune。
「そうだっ! 黒髪が最も美しい!! ついでに長髪」受けてHydrant。
「せえらあ服も黒じゃあ〜」aluluが吠える。
 場には異様な熱気がこもっていた。
「長さには拘らない。ただし、天使の輪は必須……つやがないと、美しさ半減」
 Runeの結論めいた、しかし巧妙な自らの嗜好の押しつけに、
「一番が長髪! 二番がおかっぱ!!」
 あくまで己をつらぬく漢Hydrant。
「お兄ちゃん……後ろ……止めてくれる?(必然的にはなぢ←副音声)」
 aluluはすでに自らの世界の扉を開きつつある。
 ……鳴呼、業深き者どもよ。
 Rune、
 Hydrant、
 神岸な人ことaluluほか、
 世のなべての「ロングの黒髪萌へ萌へ」人間に、
 この短編を捧げる(爆)。

 つもりだったんだけどねぇ、最初は……。

 ……はい、というわけで、千鶴さんのエロエロ話を書こうとしてたんですけ
ど、何か乗らないんで、やめちゃいました(爆)。上の文は献辞として当初は
冒頭に位置してたんですけど、事ここにいたってそのまま頭に置いとくのもあ
れなんで後ろにまわしました。うーん、やっぱ考えなしに書くとダメみたいで
すねぇ。……ていうか千鶴さんでてこんし(激爆)。
 次からは気をつけます……ごめんなさい。