図書館のひだまりに咲いたのは、ただひとときの向日葵でした 投稿者:鈴木R静
  『図書館のひだまりに咲いたのは、ただひとときの向日葵でした』


 どうも、鈴木R静です。
 まさた館長、りーふ図書館開館、おめでとうございます。
 遅ればせながら、ここに開館記念SSを贈らせてもらおうと思います。
 楽しんでいただけると、嬉しいです。
 それでは、本編をどうぞ。

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「ここが今度新しくできた図書館なんだって」
 暖かく色づいた陽射しが、遠く過ぎ去った冬とやがてやってくる夏の狭間の
時間を優しく祝福する。そよぐ微風も太陽の吐息をはらんで、心地よく肌をな
でていく。
 新学期、新学年。
 すべてが新しく始まっていく、知らず心が浮き立っていくような、そんな淡
い気持ちにいろどられた季節。
 あかりと浩之は、最近竣工したばかりの、町の図書館にやって来ていた。
 土曜の昼下がり――ふたりとも私服である。
 いまふたりの前には、真新しい白壁に囲まれて屹立している、三階建てほど
の偉容を誇る広い図書館が臨まれている。
「へぇ、すげえなあ」
 あかりの言葉に浩之も素直に感心してみせる。
 ガラス張り自動ドア仕様の、左右に両腕を長くひろげたような構えが特徴的
な瀟洒なエントランスである。
「りーふ図書館……ねえ。なんか人をくったような名前だな……ひらがなだし
……」
「あ、でも、トマト銀行なんてのもあるし、わたしはかわいいとおもうな」
「ふーん」
 あかりが浩之のそでを引っ張った。
「さ、いこ、浩之ちゃん。せっかく来たんだもの」
「せっかくって、おめーが無理矢理連れてきたんだろーが」
 そう減らず口をたたきながらも、浩之はあかりの為すがままに入り口をくぐ
って内部へと導かれる。
(なんかあかりのやつ……最近そこはかとなく積極的なんだよな。そういえば
あかりの雰囲気がなんとなく変わったのは……やっぱりアノときからかな……)
 そんなことを考えながら、しかし浩之は長かったふたりの曖昧な関係がこう
いうかたちで結実したことに、安らぎにも似た漠然とした幸せのようなものも
また、感じているのだった。

 白い陽光が暖かなヴェールを投げかけてくる。
 図書館の二階、文学、地理、歴史などに分類される書籍が置かれている閲覧
室の隅のほうで、あかりは、十人はテーブルを囲めそうな大きな机に向かって
いる。
 隣には浩之も一緒だ。
 ぽかぽかとした陽気に、油断するとつい意識が手前のノートから離れていっ
てしまう。
 気持ちのいい、そう、ちょうど午睡のまどろみに落ち込んでいく誘惑に心が
揺れる、そんな感じだ。
(浩之ちゃんはがんばってるかな?)
 ふと、なにげなく傍らをのぞいてみると――、
 ――浩之はすっかり机につっぷして健やかな寝息を立てていた。
(ひ、浩之ちゃーん)
 あかりは心中なさけない声を上げた。
 浩之の頭の下には枕代わりの真っ白なノートがひろげられている。
 真っ白――そう、文字通り一文字も書き込まれていないノートが。
 どうやら浩之は春眠のささやきにあらがうことなく、いや喜んでその身を投
げ出したらしかった。
 ふたりは学校の国語の授業の課題をこなすために、そしてこの新しくできた
図書館の見物も兼ねてここに足を運んだのだが、もともと浩之はあまり乗り気
ではなかった。
 それにしても……。
(こんなこといったら浩之ちゃん、怒るんだろうけど……ふふ……なんだか、
かわいいな)
 柔和な、表情のゆるみきった、至福の境地といった様子の寝顔だった。
 いったいどんな夢をみているのか。
 あかりはしばし勉強の手を休めて、浩之の寝姿を観察するでなくぼうっとな
がめる。
 おひさまのぬくもりが、窓から四角く射し込まれて、ふたりをふんわりと包
み込んでいる。
 なんだか、時間の概念が曖昧になってきて、目の前の浩之の姿以外、すべて
のことが視界から消え去って、どうでもよくなってくる。
 いま、この部屋にはふたりのほか、誰もいない。
(こういうの……いいな……)
 ちょっと前まで、こんな時間が持てるなんて、考えもしなかった。
(見えるのは、浩之ちゃんの顔だけ……聞こえるのは……)
 ――とくん、
 ――とくん。
 おだやかな高ぶりが告げる、自分の鼓動だけ。
(ちょっとだけ……たまにはわたしからしても……いいよね……)
 あかりはぽうっとした面持ちで、胸中ひとりごちるようにつぶやいた。

「ふんふーん……情報通の志保ちゃんとしては、こういう新しいスポットは素
早くチェックいれとかないとねー。お、あれなるはあかりに浩之じゃないの…
…て、なんやらただならぬ雰囲気……これは要チェックだわ」

(いつからこんなはしたない女の子になっちゃったんだろう……そっか、アノ
とき……初めて浩之ちゃんとひとつになったとき、浩之ちゃんの心のかけらが
わたしにも移ったんだね……だから、浩之ちゃんのことなら、わたし、ちょっ
とだけ積極的になれるんだね……)
 止めようもなく早鐘のように騒ぎ立てる胸の喧噪が、聴覚をいっぱいにする。
 そんななかでも、衣擦れよりもささやかな浩之の呼吸のそよぎだけは、しっ
かりと聞こえる。
 あかりが頭をそっとかたむけると、自分のセミロングに切りそろえた髪がさ
やさやと音を立てて顔にかかってくるのがわかった。

「あ……長岡さん……そんなところで何をされてるんですか……え、いいから
黙ってのぞいてみ……? きゃっ、あれは神岸さんに藤田さん……」

 ゆっくりとあかりは浩之の面に顔を近づけていく。
 浩之は首をひねって、ほっぺたを天井に向けて眠りこけている。
 徐々に浩之の存在があかりのなかで大きくなっていく。
 浩之の――匂いがした。

「ハイ! ふたりともなにしてるの? あは、ヒロユキにあかりね。おーい― 
―ふが、もが……ナニするのヨ……え、いまいいところ!?」

 あかりはそっと目をつむった。
 ――そして、
 唇が、そっと浩之の肌に触れた。
 四角いひだまりの片隅で、刹那の接吻(キス)があらゆる刻の流れを止めて
しまう。
 しびれるような感覚が奔(はし)って、愛しいという想いがあかりの心をや
んわりと酔わせていく。
(浩之ちゃん……)
 こんな時間がずっと続けばいいのに……。
(きっと、これは春がかけた魔法だね……)
 春の魔法……まぶしい陽光……。なぜかあかりの脳裏に浮かんだのは、夏の
花である向日葵だった。大輪の花を咲かせる、まぶしい向日葵。
 あるいはそれが、季節に関係なく、いまのあかりと浩之の真ん中に常に咲い
ている花なのかもしれなかった。いつも笑顔の似合う、大きな、ほがらかな向
日葵が……。

「うっわー、あかりったら、大胆……」
「……恥ずかしいです」
「OH! やるね、あかりも」
「ちょっと、ちょっと、こないなとこで何しとんのや、入らんのやったらどい
てんか……勉強の邪魔やさかい」
「あ、委員長、じゃない保科さん……ちょ、押さないでよ……あ、駄目!」
「きゃあ!」

 静謐のしろしめす領域だった図書館の一室に、無粋な騒音が響き渡った。
「きゃ、なに!?」
 あかりはあわてて浩之から離れると、音のした方に視線を向ける。
 そこには――、
 ちょうど厚いガラス扉を押し開いて、志保、琴音、レミィ、智子たちが転が
り出てくるところだった。
「志保……それにほかのみんなも……」
 志保たちはばつが悪そうな顔でさりげなくあかりから目をそらす。
「や、やっほー、あかり、げ、げんきぃ」
「あ、こんにちは、神岸さん……」
「ハイ! あかり! これがホントの縁は連るれば唐の物、ネ!」
「それはちょっと違うと思うで……あ、うちは調べ物に来ただけで、長岡さん
たちとは関係ないさかいに……ホンマやで」
 あかりはじと目で恨めしそうに志保たちを凝視した。
「み、見てたんだ……」
「さあ、なんのコトかしら……あ、じゃあ、わたし、ちょっと用事があるから
……じゃーねー」
「それでは、失礼します」
「お邪魔虫は退散するネ」
「なんで引っ張るんや、うちは関係ないやんかー」
 そして、また図書館にはあかりと浩之のふたりだけが残された。
「ん……」
 騒がしい動きに、浩之ももぞもぞと身体を起こす。
「……おう、あかり……はは、あんまりいい天気なんで、つい寝いっちまって
たよ……なんだよ、顔が赤ぇぞ」
「な、なんでもないよ……はふぅ」
 あかりは火照った面を持て余して、小さく溜め息をついた。
「うーん、悪い悪い。さ、続きをしようぜ」
「続き?」
 どぎまぎして、さらに顔色に朱を加えて、あかりは聞き返した。
「おう、勉強の続き――するんだろ?」
「う、うん、そうだね」
「変なやつだな」
 ……そんなふたりのやりとりを、春の空気が微笑まじりに見守っていた。
 春――すべてが新しく始まっていく季節。
 あかりと浩之の新しい関係は、いまだようやく始まったばかりであった。
                                (了)

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 うぅ、王道推進委員会会長の鈴木R静です。
 王道推進委員会とは、ベタネタ、ベタな展開をこよなく愛する者の集まりで
す。現在メンバーはひとりです……って自分だけかい!
 なお、現在会員募集はおこなっておりませんので、あしからず。
 つーわけで……ふぅ。私生活でちょっとショックなことがあって、落ち込ん
でます……ていうか、私を取り巻く環境が激変してます。
 即興小説コーナーとも、そろそろお別れの時期かも。
 あと……スランプですねえ。自分の書きたいように書けません。この話も、
自分的には、満足いってません(特に文章が……)。
 でも、書かないと壁を突破できないんだよねぇ。ふぅ。
 すいませんね、景気悪い話ばっかで。
 じゃ、また縁があったら逢いましょう。でわ……。