楓のな・い・しょ☆ 投稿者:鈴木R静



   気ままに、9th 「楓のな・い・しょ☆」


「お、おにいちゃん、かえで……かえで……どうなっちゃうの……!」
 楓が、いまだ踏み込んだことのない未知の畏れに身を震わせながら、俺にし
がみついてくる。
「楓! 大丈夫、お兄ちゃんも、お兄ちゃんも、一緒だぞ」
 俺は楓をはげますように、しっかりと抱きしめてやる。
 その間も俺たちのからだはがくがくと揺れ続け、いや、ふたりのつむぎだす
揺れはどんどん激しくなり、頂点の近いことを知らせる。
 それにあわせるように、ぎし、ぎしというきしみも途切れることなく耳に響
く。
 俺たちは……俺と、楓は、越えてはいけない一線を駆け破ってしまったのか
もしれなかった。
 それでも……と俺は思う。
 それでも、どんな後悔の炎にあぶられようと、まっさかさまに墜ちていくレ
ールにおまえたちは乗り合わせたのだとそしられようと、ここにこうしてふた
り抱き合っているのが俺たちの宿命だったのだ。
 そうだろう、かえで……?
 禁断の境界を目前にして、俺と楓のかわした言葉が蘇る。
「楓……なんなら、やめたっていいんだぞ、何もいま、絶対に体験しなければ
いけないってわけでも……」
 畏れていたのは、俺のほうだったのかもしれない。
「おにいちゃん、怖いの? かえではね、おにいちゃんと一緒なら、怖いもの
なんて……ないんだよ……!」
 かえで……。
「さあ、いこう……! かえでは、おにいちゃんといれば、何だってできるん
だよ!」
 わかった……わかったよ、かえで。おまえの”想い”に応えるため、俺はあ
えてこの一歩を踏み出すよ。
 女の子のおまえにそこまでいわせるなんて…おれは駄目な”おにいちゃん”
だな。本当は俺から踏み出すべきだった。……いくじのない兄だと嗤ってくれ、
かえで……。
 この行為の果てに、もし墜落という名の報いが用意されているのなら、願わ
くば、その枷にあえぐ罪人(とがびと)はどうか俺ひとりであってほしい。
 かえでは……無邪気な憧憬にその身をまかせただけなのだから。
「……おにいちゃん……おにいちゃぁーん……」
 上り詰めていく楓……上り詰めていく、俺。
「ああ……っ!!」
 そんな叫びをほとばしらせたのは、はたして楓だったたろうか、それとも俺
か。
 がくがく、とひときわ、俺たちの揺れは激しくなり……そして、不意に止ん
だ。
「かえで……」
 そんな俺のつぶやきも、楓までとどいたかどうか。
 ごうごうと鳴る風の音を聞いた。
 運命の音だ。
 がくん……からだが前傾の体勢に持っていかれる。
 そうして、果てしなく続く落下は始まった。
「うわーい☆」
 とこれは楓の声。
「ああああああぁぁぁぁ……!!」
 なさけない悲鳴にドップラー効果をかぶらせているのは、もちろん俺。
 世界最大の超ド級ジェットコースター、コードネーム『ニイタカヤマ』に、
いま真の阿鼻叫喚地獄(もちろんこれはひとりの漢のなかだけの世界、通称「
終わる世界」)が現出する!!
 Do you love me?
 薄れゆく意識のなか、そんな問いかけを聞いたような気がした。
 ふっ、馬鹿な……幻聴さ。
 それを最後に、俺の心は限界を越える過負荷(あくまで本人換算)から自己
を守るため、フェイドアウトしていった。
 中空に青っパナの尾をきらめかせながら……☆