梓のな・い・しょ☆ 投稿者:鈴木R静


  『梓のな・い・しょ☆』


<警告>註釈は、本文を読み終わってから目を通すこと。参照しながら読むと
つまんないからね。本文を読み、註釈を読み、最後にもう一度本文を読む。こ
れが三度楽しめる正しい読み方だ(ホンマか?)。それでは、いってみよう。
れっつら、ご!!

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 恥じらう梓。初めての経験にとまどいを隠せない。
 なぶる耕一。普段とは違う梓の従順な仕種が彼の嗜虐心に火をつける。
 リーフ即興小説コーナーに、禁断のエロスがいま花開く。
 ふたりの激情の行き着く果てには、はたして何が待ち受けているのか?
 それは、梓のな・い・しょ☆

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「あ……耕一……カタいよ……(註1)」
 そうつぶやく梓の面差しは、ほんのり桜色に染まっている。
「ふふん、これくらいが握りやすいだろ?」
 たちのよくない微笑を浮かべる耕一。
「もう、ばかっ」
 耕一の言葉に、梓の顔がさらに赤くなる。
「さ、俺が教えたとおりに、ヤってみな」
「う、うん……」
 梓は耕一にうながされるままに、ゆっくりとその右手を動かしてみる。
 掌で優しく包み込み、二、三回、自分が握っているモノに力をこめる。
「あ、熱い……(註2)」
 うわごとじみた、ささやき。
 耕一はそんな梓の不馴れな様子を、ニヤニヤと見つめている。
「こ、耕一ぃ」
 梓が情けない声を上げる。
「ん?」
 耕一はわざとらしく、あれ、どうしたのといったそぶりで彼女に関心を向け
る。
「これから、どうしたらいいの?」
「だから、さっき教えただろ? そのとおりにやりゃいいんだよ」
「そ、そんなこといったって……」
 梓の右手のなかのモノは、吸いつくように掌に張りついて(註3)、扱いあ
ぐねた彼女は、困ったような視線を耕一に投げかける。
「ち、しょうがねえなあ」
 耕一は梓の掌を開かせると、そこにぬるりとした液体(註4)を塗りつけた。
「あ……」
「これで具合がよくなっただろ? いいか、優しく、心をこめて、奉仕すると
いう気持ちでヤるんだぞ(註5)」
「わかったよ……」
 今日の梓は、ひどく従順で、言葉をかえれば、そう、しとやかとさえいえた
かもしれなかった。
 もみしだくように、やわらかく強弱をつけて握る。
 手を湿らせたことで、微かにくちゅくちゅという音(註6)が聞こえる。
 それがさらに梓の羞恥心をあおる。
「そろそろかな……」
 耕一の声音も上ずっている。
「梓……口、あけて……」
「えっ……!」
「こんなにした責任(註7)……とってもらうぜ」
「そんな……」
「何いってんだよ……自分で味わってみないとわかんねえだろ?」
「で……でも……」
「ええい、うるさい!」
 耕一は梓が握りしめていたモノを強引に彼女の口唇に押しつける。
「うぐっ!」
 梓の舌の上に甘酸っぱい味が広がる。
「どうだ? うまいか?」
「うーん、やっぱりまだまだだね。耕一みたいに上手くは握れないよ」
 掌でいじりすぎたせいで、シャリが固まってしまい、味も重くなってしまっ
た(註8)。
「でもこれをマスターしないと、次のネタの段階にはいけないぜ?」
「ああ、わかってるよ。だからこうしてがんばってるんじゃないか」
「しっかし、なんでまた急に寿司パーティーなんかしようなんて思ったんだ?
たしかにおめえの料理の腕前は認めるけどよ、さすがにこればっかりはちょっ
とやそっとじゃできないぜ? 幸い俺は回転寿司屋でアルバイトしてた経験が
あるから教えてやれるけどさ……」
「だから……だよ……」
 梓は消え入りそうな声を紡ぎ出す。
「耕一のそのアルバイトの話を聞いたから……だから……こうしたら耕一と一
緒にいられると思ったんだ……」
「えっ、何だって? 何ぼそぼそいってんだよ?」
「う、ううん、なんでもないよ……さ、もうちょっとがんばろうぜ。わかんな
いところ、教えてよね」
「おう。なーに、梓は器用だから、すぐに握れるようになるさ」
 おのおの意識してはいなかったが、このとても梓と耕一らしい心の通い合い
は、無器用なふたりがゆっくりと、しかし確実にお互いの距離を縮めている証
といえた。
 憧れは恋に、恋はいつしか愛へと変わるだろう。
 梓が、耕一が、それぞれの心の奥深くの、みずからの本当の気持ち、この世
でもっとも大切な人の名前を知る日も、そう遠くはないように思われた。
                                (了)


   註解

註1 炊き立てのシャリ(酢飯)は、ねちゃねちゃしていてとても握れません。
  すこしおいて、酢と米と馴染み、表面がしっかりしてきたら、それが握り
  どきです。
註2 註1とは相反するようですが、シャリは冷ましすぎてもいけません。シ
  ャリの温度は、人肌が適温です。
註3 手にシャリ粒が張りつくのは、慣れてないのと、手水のつけかたが悪い
  せいです。
註4 ぬるりとした液体(笑)……手水のことですね。手水とは、寿司を握る
  とき手につける水で、酢と水を半分ずつ合わせて作ります。
註5 お米には、農家のおじさんの八十八日分の愛情が込められています。ネ
  タは……魚が可哀相ですよね(笑)。ですから、これらに感謝の気持ちを
    忘れず、一カン一カンに心をこめて握りましょう(カン……お寿司の数の
    単位。普通は2カンで一丁)。
註6 こういう音がするときは、あきらかに手水のつけすぎ。
註7 責任って、梓の掌に手水をつけたのは君だろ、耕一くん(笑)。
註8 理想の握りとは、お箸で持ち上げたときに崩れたりせず、しかし口にい
  れたら、ぱらりとほぐれる、そういう状態をいいます。さあ、これを目指
  してやってみよう。