PATH:THE_HARMONY 投稿者:鈴木R静


  PATH :THE_HARMONY 


  ACT.0  ナイス・エイジ


 大学にスポーツ推薦で進学した雅史は、メイドロボのワルチとともに、アパ
ートに暮らしている。親友の浩之とあかりは別の大学だったが、大学同士が近
いこともあって、二人とも雅史のアパート近くに住んでいる。浩之は高校時代
に一週間一緒に過ごしただけで別れたマルチと再会、現在はこちらも同じ屋根
の下で生活している。


  ACT.1  以心電信


「おっ、マルチ姉さんだ。おーい」
 うららかなお昼どき。ワルチは道の向こうにマルチを認めると、大きな声で
呼びかけながら、彼女のほうへと駆けていった。
「あ、ワルチちゃん、こんにちはです〜」
「うん、こんにちは。ところで姉さん、こんなところで何やってんの?」
「お買い物の帰りなんですぅ」
 見るとマルチは両手にこの近所のスーパーの袋を下げている。
「へえー、どれどれ」
 その中身をワルチは無遠慮に覗き込む。
「えーと、なになに……白菜、春菊、豆腐にえのきだけ……ふーん、姉さんち
は今日は鍋なのか……お、『超簡単牡蠣の土手鍋用レトルトお味噌バツコメく
ん』だ。くぅー、牡蠣の土手鍋たあ、豪勢だねえ。……って、あれ?」
 ワルチが底のあたりをあさっていると、なぜかパック詰めされた柿が出てき
た。ちょっと季節はずれの果物だ。そして……牡蠣の姿は袋のどこにも見当た
らない。
「……」
 なんとなくイヤな想像をしてしまったワルチだったが、牡蠣はきっと家に帰
れば用意してあって、この柿もきっと食後のデザート用なんだろうということ
で納得することにした。
「あ、そうそう、そういえばボク、マルチ姉さんに用事があったんだっけ」
「はい? なんでしょう?」
「えっとね、姉さん。ちょっとおでこ見せてみて」
「? ……こうですか?」
「オッケー。じゃ、いくよ」
 でこぴん!
「あうっ、痛いですぅ。何するですか〜」
 ワルチの突然の振る舞いに、半ベソ状態のマルチ。
「姉さんとこの浩之、この前ボクのご主人様にプロレス技かけてただろ? お
かえしだ」
「ひどいですぅ、ワルチちゃん」
 ……そんなこんなで、しばらく道端でおしゃべりをしていたふたりだったが、
そのうちワルチは、マルチが何だかそわそわしだしたのに気が付いた。
「ん? マルチ姉さん、どうかしたの」
「ごめんなさいですぅ、ワルチちゃん。そろそろ帰って充電しないといけない
みたいです〜」
「あれ、姉さん。今日は朝、充電してないの?」
 ワルチたちメイドロボはその活動のために、だいたい人間が食事をとるのと
同じ頻度、つまり一日三回程度の充電を必要としている。もちろん一度や二度
充電を抜いたところでいきなり停止するといったようなことはないし、いざと
なれば補助的に用意されている水素と酸素を反応させて電気を得る内燃電池も
あるのだが、やはり規則正しい食生活(?)が望ましいのは人間と一緒である。
「ちゃんとしました……でも……その……あのですね」
「?」
「あの……最近……浩之さん……その……激しいんです……!」
「激しい? 何がさ?」
「あ、あの、その……夜に……ですね……さんざん……可愛がってもらってて
……ですね……」
 顔中を真っ赤にしながら、もじもじとそれだけを言うと、マルチはばつが悪
そうに下を向いてしまう。
 ワルチはその言葉に、ハンマーで後ろ頭を殴られたような、という決まり文
句に匹敵するほどのショックを受けた。
「……うう……知らなかった……姉さんと浩之がそんなにススんでたなんて…
…」
 思わずたじろぐ。
「それに……ですね。浩之さん……人に見られてたほうが燃えるってゆって…
…昨日はあかりさんも呼んできて……」
「す……凄い」
 絶句するワルチ。
「だ、だから……最近充電量が不足ぎみで……あーん、もう、恥ずかしいです
ぅ、ナニをいわせるですか〜」
 マルチは買い物袋を振り回して、いやいやするように首を振ると、逃げるよ
うに駆け帰ってしまった。
 後には、呆然と立ち尽くすワルチだけが残された。
「……」
 ひゅるり〜、と冷たい風吹く冬空の下、ワルチはただただ、立ち尽くしてい
た。
 しばらくして正気に戻ると、少しく考え込んで、よし、とある決意を固める
と、
「でも……アレってそんなに電気を使うかなあ? 人に見られたほうがっての
もボクにはよくわからない趣味だけど」
 そんな独り言を風にまぎらせつつ、こちらも急いで家路へと戻っていった。
 なぜかほんのり頬を赤くしながら……。


  ACT.2  過激な淑女


「ただいまあ」
「おかえりなさい、ご主人様」
 夕刻、雅史が大学から自分のアパートへ帰ると、ワルチがしずしずと奥から
出迎えに現れた。
「?」
 その清楚な様子にちょっと驚く雅史。いつものワルチはもっと元気いっぱい
に飛び出してくるからだ。
「あれ?」
 そして周りの異変に気が付いた。玄関先が出掛ける前と比べて奇麗に掃除が
なされている。雅史はどちらかといえば几帳面なほうなので、特にちらかして
いたというわけではないのだが、それでもやはり掃除直後というのは輝きが違
う。整理整頓も行き届いている。
「どうしたの、これ? ワルチがやったのかい?」
「はい、ボク、あんまりお掃除は得意じゃないけど、ご主人様に喜んでもらお
うと思って……がんばりました!」
 よく見れば、フローリングもぴかぴかに磨かれている。
「へぇ〜、感心だなあ。でもいったいどういう風の吹き回し? ワルチが掃除
を、それも自分から進んでするなんて?」
 ワルチは実は掃除が大のにがてで、というより嫌いなので、まず自分からは
やらないのだ。
「お小遣いが足らなくなったの?」
「ひどいよ、ご主人様。ボクはすこしでもご主人様のお役に立てたらと思った
だけなのに……!」
「はは、ごめんよ、ワルチ」
 そして雅史が靴を脱いで屋内に上がり、自分のいままで履いていたものを直
そうとすると、それより早くワルチがかがみこんで、さっと靴を揃えてしまっ
た。
「……ありがとう」
 何だか調子を狂わされっぱなしの雅史は、面食らいながらもとりあえずお礼
をいう。
「ホントにいったいどうしちゃったの? 何か悪いものでも食べたのかい?」
「……あの……偉いですか?」
「えっ」
「ボク……偉い?」
 ワルチの突然の問いに目を白黒させつつ、まじまじと彼女を凝視する。
 冗談を言っているような表情ではなく、ワルチの顔貌はいたって真剣だった。
「うん、偉い偉い」
 雅史の言葉に、ぱっと大輪のひまわりが咲いたように顔をほころばすワルチ。
「あ、あの……ボクも……可愛がってください……その……浩之……さんがマ
ルチ姉さんにしてる……みたいに……」
 言ってる端からどんどん声が尻すぼみになっていく。ワルチは頬を染めて、
それでも視線はしっかりと雅史を見据えている。
「……なんだ、誉めてほしかったのか。そうだね、ワルチはこれだけがんばっ
たんだものね」
 なでり、なでり。
「あっ」
 雅史がワルチの赤みがかった柔らかな髪をなでなでしてやると、ほんのりと
ピンク色だった顔が、さらに赤くなる。ワルチは嬉しいような、でもちょっと
不満そうな何とも微妙な表情をしている。
「あの……もっと……過激なやつ……」
 とうとう恥ずかしさに耐えかねたのか、下を向いてしまう。
「えっと……」
 雅史はワルチの求めているものがいまいち捉えきれずに、ぽりぽりと鼻の頭
を掻く。
「ご主人様っ!」
 ワルチは固い決心とともに、きっ、と瞳を雅史に固定する。
「あの……お願いがあります。その……目をつむってもらえますか」
「え、それはいいけど……」
 雅史が言われたままに素直にまぶたを閉じると、ワルチがぴったりと寄り添
ってくる感触があって……、
「あっ」
 彼女はきゅっ、と雅史の服を掴んで小さく伸びをすると、彼のほっぺたに愛
情の吐息を結晶化させたような、優しい刻印をそっと押しつけた。
「ワルチ……」
 雅史が驚愕して、目を開く。
「こ……こういうこと……してください……」
 双眸を潤ませるワルチ。すぐに俯いてしまう。
「……」
「……」
 すっ、と雅史は自分のメイドロボをその両腕に包み込むと、ワルチの面を上
向かせる。
「あっ……」
 ぽーとした表情のワルチ。見つめ合うふたり。
「目……閉じて……」
 ワルチの世界が暗転する。聴こえるのは自分の鼓動ばかり。
「いくよ」
 ――はい……ワルチは胸の裡で答える。
 そして――、
「……!」
 柔らかな質感が唇に触れた。甘い衝撃。しびれるような瞬間。
 目を見開くワルチ。その瞳から涙が、一粒、二粒とこぼれだす。
「ひ、ひどいよ! 唇に……キスするなんて……ご主人様がこんなに破廉恥だ
ったなんて……ボク……ボク……もう知らない……!」
 ワルチはぼろぼろと泣きじゃくりながらアパートを飛び出していった。
「お〜い……」
 雅史はひとり取り残されて、ワルチの開け放していった扉を眺める。
「……なにか違った……のかな?」
 そして思い出したように口許に手をやると、こちらも耳まで朱をさしたよう
に真っ赤になってしまった。
 ……その頃、家から逃げ出したワルチは、近所の電柱脇にたたずんで、ひっ
くひっくと肩を震わせながら、混乱した頭を持て余していた。
「うう……ひどいよ……ご主人様……ボク、全然心の準備もなにもできてなか
ったのに……ほっぺにキスしてもらって、抱きしめてもらって、頭をなでても
らおうと思っただけなのに……可愛がってもらうってそういうことじゃないの
かな……」
 でも、とワルチは思う。
 ――きっと、ボク、今日のことは一生忘れられないよ……。
 唇をなでながら、ワルチはあの瞬間に全身を駆け抜けた、運命めいた刹那の
陶酔に想いをはせた。
 そうか……! ワルチは不意にさとった。
「こんな風に走りまわったりするから、たくさん電気を使うのか! でもこれ
がここ最近ずっとだなんて……姉さんもたいへんだなあ……」


  ACT.3  コンピューター・ゲーム


「よしよし、マルチ。それじゃ今日も一丁、可愛がってやるかな」
 浩之がニヤリと笑って腕まくりする。
「ふみーん。浩之さん、もう許してください〜」
 すでに腰の引きかけているマルチ。
「もう、浩之ちゃん、すぐそうやってマルチちゃんをいじめるんだから……」
 あかりも一緒だ。
 浩之の下宿では、今夜も例のごとく激しい響宴が始まろうとしていた。
「なんだよ。だったらあかりが代わりにヤったっていいんだぜ。来るものは拒
まず! オレは誰の挑戦でも受ける」
「えっ」
 困ったような表情になるあかり。
「あかりさぁぁん……」
 すがるような眼差しのマルチ。
「ふふふぅ」
 あかりは微笑んで立ち上がった。
「わたし……お夜食作ってくるね」
「おう、すまんな」
「あ〜う〜、あかりすわぁぁん〜〜」
 涙目のマルチを浩之は自らの愛機――PC−68Turbo――の前に引き
ずっていくと、キーボードと向き合うように座らせる。
「やっぱ対戦シューティンは対人が命! 燃えるぜ、ハートバイハート3!」
「キーボードで操作するなんてできましぇ〜ん。せめてハンデでわたしだけで
もパッドを使わせてください〜」
「ぬるいわ! 条件は対等でこそ勝利の価値も輝くというもの。それでは、つ
かまつる!」
 すっかりノリノリの浩之。
「あうー、ご主人様は鬼ですぅ」
 こうして今日も徹夜で、浩之の部屋にマルチの悲鳴が響き渡るのだった。
                                (了)