Don't let me down 投稿者: 鈴木夕美
ザァーッ・・・。
 戦場の、業火を消し去るように、強い強い雨が降っている。
「次郎・・え・・もん・・・。」
 男の腕の中には、今にも息絶えそうな、少女がいた。
「エディフル!
 もう喋るな!」 
 男は、エディフル、と呼ばれた少女に話し掛ける。
「いいの・・・。
 ねぇ、次郎衛門。」
 少女は、最後の力を振り絞って、男に微笑む。
「生まれ・・・変わ・・ったら
 こんど・・・こ・そ、二人で・・・」
「エディフル・・・」
 男は、今にも泣き出しそうな顔で、少女の事をただ見つめる。
「あらそいの・・・ない、へい・・わ・・なせ・・いで・・・。
 し・・あわ・・・せ・・に・・・」
 そう言った刹那。
 少女の命の炎は、この世から、消えてしまったのだ。
「エディフル?
 ・・・うそ・・・だよな?なあ?」
 しかし、少女の唇が開くことはもう、なかった。
「・・・エディフルーッ!!」
 男の顔を濡らしているのは、果たして雨なのだろうか?
 それとも・・・?
 雨が、また強くなっている。

 
 ・・・あ。
 ・・・私、夢を見てたんだ。
 私は、目をこする。
 あれ?
 顔が、濡れてる・・・ううん、これは、涙・・・だろうな。
 いつもの、あの夢を見ると。
 いつも、泣いている私がいる。
 ・・・また、あの夢を見たんだ・・・。
 そう思いながら、タオルケットで、ごしごし顔をと拭く。
 タオルケットの、暖かいにおいが、私を慰めてくれた。

 多分、この夢は、私の前世なんだ。
 いつの日か、そう思うようになっていた。
 エディフルは、私。
 じゃあ、次郎衛門は・・・?
 いつもそう思いながら、夢を見て、かなしくて、せつない気持ちになっていた。

 最初に見たのは、どれぐらい前だろう?
 確か、小学生の頃・・・ああ、そうだ。
 生理が始まった頃だから、5・6年前かなぁ・・・。
 そう、初めてこの夢を見た日に、初潮がきたんだ。

 夢の内容は、せつなくて。
 でも懐かしくって。
 不思議な気持ちがした。
 
 そう思いながら、学校に行った。
 そして、放課後。 
 その日は、秋で、校庭の、たった一本だけのかえでが、真っ赤で。
 他の樹は、紅くないのに・・・。
 そう思った時、なにか、ドロっとした物が下着についたのを覚えてる。
 ・・・すごくすごくこわくて、急いで家に帰って。
 トイレにかけこんで、下着を見ると、赤くって。 
 夢の中の、真っ赤な色。
 生理の血の、真っ赤な色。
 泣き出しそうになりながら、千鶴姉さんに生理がきたことを伝えた。
 姉さんは、泣き出しそうな私を、そっと抱きしめてくれた。
 暖かな姉さんの体温。
 すごくすごく、安心した・・・。
 
 ・・・さむいな。
 確か、クーラーなんて、つけてないのに・・・そう思いながら、窓の外を見る。
 あ・・・雨が降っている。
「かえでー。
 朝ごはん出来てるから食べなよー。」
 ノックとともに、ドアの外から、梓姉さんの声が聞こえる。
 時計は、もう九時すぎ。
 ・・・休みとはいっても、ちょっと寝過ぎたような気がする。
「あ・・・はーい。」
 私は、まだパジャマのままだけど、とりあえず、洗面所へと向かった。
「楓。おはよう。」
「あ・・・千鶴姉さん、おはよう。」
 にこにこと、静かに微笑む、姉さんにあった。
「楓、先に顔洗う?」
 はみがき粉片手の、姉さん。
 姉さんも、短大が休みで、遅く起きたんだ。
「うん・・・」
 まだ、顔に泣いた痕があるかもしれない。
 そう思いながら、ばしゃばしゃと洗う。
 水の冷たさが、とても心地よい。
「・・・ねぇ、楓。。」
「ん・・・何?」
 タオルで顔をふきながら、姉さんの方をむく。
「・・・また、『あの夢』を見たの?」
 どきっ。
「・・・まいったな、姉さんにはかなわないね。」
 私は、苦笑いする。
「当たり前よ、伊達にあなたより年上じゃぁないわ。」
 姉さんは、ふふっ、と笑う。
 チューブから、ミントの匂いがする。
 爽やかな、香り。
 でも、今の私のは少し切ない香りだった。
「・・・忘れられたら、いいのにね。」
 私は、ぼそっと、つぶやく。
「忘れられたら、こんなに辛くはないのにね。」
 泣きそうになる。
「楓・・・。」
 姉さんは、私を見つめる。
「そう・・・ね、楽にはなるけど・・・。」
 ・・・姉さんには、初潮がきた日に、『あの夢』のことも話した。
 その時、困ったような、仕方ないな、という表情をしていた。
「でも、忘れたら、あなたはあなたじゃなくなるわよ・・・きっと。」
 せつなそうな、顔をしている。
 あの夢も、今となっては、私の記憶の一部となっている。
 歯車の一つが欠けると、機械が壊れてしまうのと同じで、記憶が、私にとってささやかな一部だとしても、大切な一部なのかもしれない。 
「・・・“次郎衛門”は、この世の中に生まれ変わってるかなあ・・・?」
「・・・きっと、生まれ変わってるんじゃないかしら?
 だって、あなたが・・・“エディフル”が、ここにいるのだもの。」
 暖かな、微笑み。
 なぜか、すごくすごく懐かしい。
 ・・・十何年間、姉妹だったから、っていうだけじゃなく・・・。
 何でだろう?
「・・・でもね、楓。
 あなたは今、“楓”なのよ?」
 そう・・・私は楓・・・。
 他の樹は、紅くないのに、色づく“かえで”。
 その事が、すごくもどかしかった。
「・・・“かえで”は、“かえで”に生まれなければ、紅くならなかったのかな・・・?」
「・・・楓・・・?」
 姉さんが、いぶかしそうに私を見る。
「紅くなるから“かえで”なの?
 “かえで”に生まれたから紅くなるの?」
 私、何言ってるんだろう?
 姉さんにあたったって仕方ないのに。
「・・・わからない。
 でもね。
 “かえで”は“かえで”だと思うわ。
 たとえ・・・紅くなるのが遅くっても、紅くならなくっても。」
 

 朝ごはんを食べ終わって、私は、自分の部屋に戻った。
 梓姉さんの作るご飯は、とってもおいしいのに、何だかおいしいって感じなかった。
「・・・苦しいよ。」
 くるしい・・・よ、“エディフル”。
 何で、私の中に、あなたがいるの?
 ベッドに、横たわる。
 ・・・早く・・・早く現れて・・・。
 私の前に・・・。
 “次郎衛門”・・・。

 雨が、強くなってきた。
 この雨に打たれれば、忘れられるかな。
 ・・・ううん、忘れられるわけ、ない。
 あの記憶は、もう、私の一部だもの。    
 私がどんなに苦しくて、切なくっても・・・。
 時計の針は、気にしないで、動き続ける・・・。
 未練たらしく、いつまでも思い続けるのは、私だけなのかな・・・。
 気がつくと、私の頬を、涙が伝っている。
 
 私に触れて欲しい。
 私に口づけて欲しい。
 私を抱きしめて欲しい。

 ・・・今は、かなわぬ思いだから。
 せめて、夢の中だけでも。

 私から、離れないで・・・。


<Fin>
 
 と、いうわけで、あとがきです。
 小説を書いてみました。感想をお待ちしてます。

 この小説のイメージはジッタリンジンの同名の歌です。
 本当は、『痕』が始まる直前(つまり、耕一=次郎衛門って楓ちゃんが
気づいている)の話にしたかったのですが(その方が、歌にはあっている)、
こうなりました。
 この歌の雰囲気で、今度は次郎衛門とリネットの話を書いてみたいなぁと
思います。
 (書けるのか?(笑)) 

 今回は、柏木四姉妹のなかで、ちょっと苦手(でも、嫌いではないのよ)な
楓ちゃんのお話を書いてみました。
 何故苦手か、というと、彼女は『前世』にとらわれている気がしたからなの
です。
 で、
「じゃあ、なんでとらわれてしまっているか。
 とらわれるような『何か』が記憶に残っているのか。」
 と、考えて、書いたのがこの話です。
 書いてみて(自分の中では)少し納得できました。

 忘れられない記憶。
 心の中では、痛くって、忘れたい記憶。
 でも、忘れてしまったら、自分じゃなくなるかもしれない。
 だって、その記憶は、今の自分を形成するひとつだから。

 そんな気がしてきました。
 でも、同時に、
「この傷を癒してくれるのは、耕一にしかできないのだろうか?」
 という、新たな疑問まで生まれてしまいました。
 この疑問は、また先延ばしにするのね・・・。
 うう、せつない(笑)。

 で、作中で、初めて生理がきた時の事、が書かれていましたが。
 ・・・うーん、これを読む人は、多分男の人(男の子)が多いので、
誤解が生じると困るので言っておきますが。
 初めて生理がきた時は真っ赤な血が下着に大量についているわけでは、
ありません。
 溶けたチョコレートを布になすりつけたぐらいのものです。
 (いや、例外があるかもしれませんが。)
 でも、知識では知っていても、びっくりしたのを覚えています。

 でも、読んでいただいた感想をメールで
「女性ならではの感性で・・・」
 というのを頂戴することが多いのですが。
(メールだと、長文で頂けるので。
 あ、もちろん、ここに掲載させて頂いた後何日間は覗きに来ますよ。
 で、アドレスが確認できると、感謝のメールがわたせるんです。
 午前中はヒマを作りやすいから、そこでちょこちょこと書けるのです。)
 うーん、少し心苦しいなぁ、と思います(いや、嬉しいのも事実ですが)。 
 確かに今の私は女に生まれたので女の感性でしか物を見ることができません。
 でも何年間か少女という時期を過ごしただけですし、その少女時代ははるか
昔のこと。
 もう、少女のフリをしては生きていけないのです。
 ただ、私はまっとうな少女時代を生きていなかったので、その時の記憶を
忘れないでいよう、という執念(笑)で、生きていました。
 妙に客観的だったので、その頃の記憶だけは忘れられないと思います。
 その切り売りした『記憶』を感じていただけたら幸いだと思います。

 あ、そうだ。
 えっと、6/1から、私(鈴木夕美)と、“おにいちゃん”(鈴木夕紀)
の2人で、H.Pを開設しました。
 内容は(現在見れる所だと)、私が今まで書いた小説(あとがきを新しく
書いています)や、使っているパソコンの紹介、こだわっているもののトー
クや、リンク集(色々なジャンルのを集めています)、料理(簡単に出来る
もの、とか)等があります。
 コスプレののコーナーも開設予定です。
 (写真・・・とりあえず、自分達のから載せようかなぁ・・・)
 私の小説を読んだ感想をメールで伝えたいけど、メールアドレスを持って
いないぞ!という人は、掲示板があるからそこに書いて下さいね。
 (ここに書いて下さってもいいんだけど・・・。
 ただ、頻繁に来れないので、せっかく書いて下さった感想を読めなかったら
悪いかなぁ、とも思うのです・・・)  
 もし、お時間が許せば、一度見に来てくださいね!

 では今日はこの辺で。

 P.S。
 私の下に、楓ちゃんのSSが!!
 偶然って、びっくりです。

 by.鈴木
  『一人じゃとても眠れないから ベッドでいつも歌ってくれた
   恋の歌を歌う 雨音を聞いて
   (ジッタリンジン/Dont' let me down)』夕美
  (She See Sea)
 

http://www2.plala.or.jp/IIHITO/