マルチが一週間の試用試験を終えて、俺の目の前から消えた。
ただ一度のキスと、たった一夜の情事と、少しの思い出を抱きしめて…。
それからというもの、俺は生きてるんだか死んでるんだか判らない。
そんな生活を続けていた。
あかりと同じ大学に進み、俺の心に開いた隙間を忙しさで埋める生活が続いた。
退屈な講義や、サークル活動。
新歓コンパに、バイトに精を出し―――。
時々、あかりが俺の家に夕飯を作って、そのまま泊まる事もあった。
いつもの生活。
退屈だけど当たり前の生活。
そんな、ぬるま湯の様な生活を崩す出来事が起こった。
いつものように、あかりの作る夕飯を食い終わった後。
あかりは後片付けをしつつ、朝ご飯の下ごしらえ(レンヂでチンするだけ、とか、
冷蔵庫にあるのをそのままで、とかにしておいてくれる)をしている。
ということは、今日は泊りじゃないのか。
泊りの時は、あそこまでちゃんと下ごしらえしないもんな。
ちぇっ。せっかくバイオハザード2買って来てやったのに。
『恐いゲームは、一人じゃやりたくない』っていうから、二人でやろうと思ったんだけど。
しゃがみながら、ソフトをしまう。
ま、いっか。また今度、泊りの時にやるか。
そう思って、あかりのいた方を見る。
あれ?いないぞ?
そう思い、別の方向を見る…と。
「浩之ちゃん。」
そこには、下着姿と見間違うような、部屋着を着たあかりがいた。
「ちょ…ちょっと、あかり―――」
「浩之ちゃん。」
俺の言葉をさえぎるように、あかりが話す。
「…何も言わないで。
ね、浩之ちゃん。
私ね―――処女なの。」
ゆっくりと俺の方に歩み寄る。
「あ…あかり?」
見てはいけない。
なぜかそう思い、とっさに顔を背ける。
「わたしね。
初めての時は浩之ちゃんじゃなきゃ、やなの。」
そう言うと、俺の近くにしゃがみこむ。
「・・・!」
「でもね。浩之ちゃんは、わたしにはきっとしてくれないよね。
マルチちゃんを忘れない限り。」
俺を見上げる。
「だからね…もういいの。
マルチちゃんを忘れれないなら・・・。」
そぉっと、俺の背中にもたれる。
「…一度だけ、私をマルチちゃんだと思って、処女をもらってほしいの。」
ぎゅっ・・・と俺の背中を抱きしめてきた。
「―――何を言ってるかわかってるのか?」
「うん。
真面目に言ってるんだよ?私。」
じっ…と、俺を見つめる。
「そしたらそれで・・・浩之ちゃんをあきらめるから・・・。」
俺に抱きついてくる。
・・・微かに、震えてるのがわかる。
あかりの心臓の音が聞こえる。
「本当に…いいのか?」
「うん・・・いいよ。
これからもずぅっといままでの“おさななじみのあかり”として仲良くしつづけていい?
恋人とかじゃなく。」
うるんだ瞳で、笑顔を作ろうとするあかり。
そんな姿を見て、俺は―――。
俺はあかりといっしょに、二階の俺の部屋に行く。
窓から、月明かりが差し込んでいる。
「本当に…いいんだよな?」
「うん。わたしじゃ、代わりになるかわからないけど。」
せいいっぱいの笑顔で微笑みかけてくる。
「ばか。
お前はお前だ。
あかりが、あかりじゃなくなってどうするんだ。」
ぎゅ…っとつよくつよく抱きすくめる。
「浩之ちゃん・・・いたいよ。」
あかりのつぶやきが聞こえた。
「あ・・・ごめん。」
力を弱める。
「でも・・・うれしいな。
浩之ちゃんと・・・私ね。
ずぅっと、こうなりたかったから。」
「あかり・・・。」
どうして、気づいてやらなかったんだろうか?
いや・・・きっと、気づいてたんだろう。
けど・・・正直言って、こうなる事が恐かったんだろう。
あかりは、ずっと俺の目の前にいた。
けど、もしこういう関係になって、そしていつか目の前から消えたら?
だったら、一生このまま、“おさななじみのあかり”のままがよかった。
そんな、俺のつまらない考えであかりをずっと苦しめていたのか?
「浩之ちゃん・・・」
あかりを俺のベッドに寝かせる。
「浩之ちゃん・・・だいすき・・・。」
「俺もぉ・・・」
そう言って、キスをした。
唇にギリギリのところに---。
「浩之ちゃん…」
何回も何回もした。
あかりの右手を握る。
微かに震えてるのがわかる。
やっぱり、怖いんだろう。
「あかり。」
「…なぁに?」
怖がってるのを悟られないように、笑おうとする。
「やさしくするから。」
そう言いながら、笑顔をつくる。
「・・・うん。」
あかりの体中にキスをする。
髪に、首筋に。
肩に、鎖骨に。
そのたびに、小さく反応する。
愛しい気持ちがこみあげてくる。
何度も何度もキスをする。
…何故、あかりの唇にキスをしないのだろうか?
ふと、そんな事を思う。
何故だろう…?
・・・いや、きっとそんな事はわかっていた。
・・・きっと、俺はまだマルチの事を忘れていないんだ。
けど、あかりは俺の事をずぅっと想い続けていて。
マルチを忘れていない俺に、気持ちを伝えてきて。
忘れてなくてもいいから、処女をもらって欲しいって。
・・・俺は、いったい、何をしてるんだ?
あかりをこんな事で汚していいのか?
あかりの心は、これで満足するのか?
・・・あかりは、これから俺以外の人を好きになるだろう。
そして、誰かに抱かれるだろう。
もしかしたら、この事を思い出すかもしれない。
その時に、果たして後悔しないと言いきれるだろうか?
「浩之ちゃん。
…私も、浩之ちゃんに何かしたい…。」
「ん…。」
───今さら、引き返せない。
反省や、後悔はあとにしよう。
「───なぁ、あかり。」
情事のあとのけだるさを残しながら、話をしはじめる。
「何?」
さっきまで、だるそうにしていたあかり。
けど、話しかけられた途端、うれしそうに振り返る。
なんて、犬チックなんだろう。
「ん。
…お前さぁ、本当にこれでいいの?」
一瞬、表情が凍る。
けど、それは本当に一瞬だった。
「うん。
───いつか誰かを好きになった時にね。
浩之ちゃんを憶えてられるような気がするから。」
そう言うと、にこっと笑う。
俺も、きっと忘れないだろう。
たとえ、今ここに、マルチが帰ってきても。
マルチに『愛してる。』と言う唇で、今まであかりを愛していたのだから。
マルチの事をを考える頭の中で、あかりとの情事を思い浮かべるだろう。
「・・・。」
それは、しょうがないだろう。
人間は、そうやって生きていくのだから。
周りにいるのが生まれたときから生涯共に歩む相手だけではないのだから。
その相手だけを見て、触れ、愛するわけではないのではないのだから。
「別に、浩之ちゃんに“責任とって”なんて言わないよ。
だって、私───」
こうやって、生きていくしかないのだから。
そして───。
「それでもいいと、おもった。」
あかりがつぶやく。
『それでもいいと、おもった。』
それは果たしてあかりだけの言葉だったんだろうか?
それとも・・・?
<fin>
というわけで、あとがきです。
小説を書いてみました。感想をお待ちしてます。
(と、いいつつ、実は“中書き”だったりする。)
この話は、『私が見た夢(この場合は“夜中寝ている時に見るもの”です)』
をもとに、膨らました話です。
あと、この話は七話連作のうちの五話めだったりします。
(確か、こんなことどっかで言った気がする…そっちは、もう忘れられてそ
うなのでここに書き込むかは謎ですが)
で、この話し自体、一話につき選択肢が2〜3つあるんですね。
だから、七話に関しては十一通りあるんですよ。
でも、今回のあかりちゃんは可愛くて好きだなぁと。
好きな人にちゃんと好きと言える人って、いいよね。
今回のようなことをしたら、みんな、傷つくかもしんないけど、しかたない
よね。
きっと、その分、大変でもがんばって欲しいし。
でもこの後の展開は私だけが知っている。ふっふっふ。
今回のって、実はある作品のセリフをもじっている箇所があります。
その作品名・作者・どのページ・どのセリフかが判ったら『秘密のあとがき』
をもれなくプレゼント(笑)。
ただし、期限はこれが載ってから一ヶ月。
一ヶ月後からプレゼントを配送いたします。
二箇所もある(セリフのかたまり一つにセリフ単体に…あっ。これ以上は秘
密。)んだけど。
私はここに頻繁に来れない事情がありますので、答えはメールにて、お願い
いたします(m(_ _)m)ペコリ。
でも…正直言って、人に読ませるものじゃないかも。
言葉づかいとか、表現が汚らしいし、下品だし。
それでもOKなら、どうぞ。
読んで怒っても、私は一切責任とりませんけど(笑)。
では今日はこの辺で。
by.鈴木『Speedの“STEDY”を聞いて泣いた…』夕美