続痕−ぞく きずあと− 第十回 投稿者: 佐藤 昌斗
「・・・そうですか。・・・そんなことが・・・。あなたの感じた心の痛み・・・
解りました・・・」
 千鶴は、まさに沈痛な面もちという感じで、ただ一言だけ、呟くようにひづきに言
った。だが、顔を伏せるようなことはせず、まっすぐな瞳でひづきの方を見つめた。
 「何が解ったというの?あなたに私の何が?!解るわけないわ!!・・・私の心の
痛みなんて・・・」
 ひづきは、千鶴のその言葉に、火が点いたように立ち上がり、たまっていたうっぷ
んを吐き出すように、千鶴に向かって怒鳴った・・・が、まっすぐにこっちを見つめ
る千鶴の瞳を−同じ想いを見て、語尾は小さいものになっていた。ひづきは、その場
に立ったまま、千鶴の瞳を見つめ続けた。探るような、戸惑うような瞳で。
 耕一も、ひづきに何か言おうとしたが、喋るために開いた口からは・・・何も、出
てこなかった。いや、”言う資格がない”ように感じたから話せなかったというのが
正しい。
 (俺は、ちょっと前までは、柏木の血のことも・・・それが起こす悲劇さえも・・
・知らなかった。千鶴さんは、あの娘(こ)と同じような想いをしている。同じ想い
をした千鶴さんだからこそ−いや、同じ想いを感じた千鶴さんにしか、あの娘にあん
な言葉は言えないんじゃないか?俺には・・・言う資格がないんじゃないか?)
 耕一は、見つめ合う二人を見ながら、こんなことを思っていた。やがて、数秒の、
ひょっとしたら数分の時間が流れた後、千鶴が口を開いた。そして、ひづきに向かっ
て、
 「ひづきさん、とりあえず掛けませんか?」
 と、微笑みを浮かべながら勧めた。ひづきは、ちょっと戸惑いながらも、頷いて座
った。ひづきが腰を下ろしたのを確認すると、千鶴は真剣な顔をし、耕一の方を見つ
めた。耕一は、千鶴と視線を交わすと、
 (千鶴さん・・・話すつもりか?・・・柏木の血のことを・・・)
  耕一は、確認するように問いかける眼差しを千鶴に送り返す。千鶴は静かに頷く
ことで、耕一の問いに答えを返した。耕一は千鶴の決心を確認すると、力強く頷いた。
 千鶴は、ひづきに視線を戻すと、静かに語りだした。柏木の血の悲劇を・・・。

 一方、時は少し遡り、梓が通う高校では変化が起こっていた。
 「おはっようさん。ふうっ、間に合った・・・」
 教室のドアを開けながら梓が挨拶すると、いつもなら返事がすぐに返ってくるはず
が、何故か今日は返ってこない。不思議に思って教室を見回してみると、クラスメー
トたちは、何やらガヤガヤと騒いでいるようだった。
 「ねえ、どうかしたの?何の騒ぎ?」
 梓は、自分の席に鞄を置くと、手短な友人のいる輪の中に、騒ぎの真相を聞きに入
った。梓に気付くと、
 「あっ、おはよう、梓。ちょっと、転校生が来るんだって!」
 友人の一人が、興奮したように答えを返した。梓は、なるほどと納得しつつも、
 「転校生?ここに来るの?」
 と、尋ねた。それには別の友人が、
 「そこまではわかんないけど、三年なのは間違いないらしいよ」
 そう答えてくれた。その言葉を続けるようにして、もう一人の友人が口を開いた。
 「でも、おかしいよねーっ・・・?三年生がこんな時期に転校してくるなんて」
 そうそう、と、梓が最初に話しかけた友人が頷きながら言う。
 梓の通う高校は田舎ということもあり、めったに転校生が来ることはない。まして
や、三年生ならなおさらだ。だからこそ、転校してきた理由の憶測や、容姿、性別、
等の話で盛り上がっているというわけだ。その時、丁度チャイムの音が教室に響いた。
その音に、生徒たちは慌てて自分たちの席に向かった。
 そして、生徒たちが座るか座らないかという時に、教室の戸が開き、クラス担任の
教師がクラス名簿を片手に入ってきた。担任が教卓につくのと同時に、クラス委員が
号令をかけ、お決まりの挨拶が交わされた。生徒たちが着席すると、いつもなら出席
を確認し出すはずだが、今日は違っていた。
 「えーっ・・・今日は皆に転校生を紹介する。月山君、入りたまえ」
 そう言って、担任が教室の戸の方に視線を送ると、生徒たちも習うように視線を戸
の方に向けた。果たして、戸の開く音と共に、ここの学校とは違う制服を着た、細身
の男子生徒が入ってきた。そして、教卓の隣まで歩いてくると、生徒たちの方を向き
丁寧に一礼した。生徒も、担任もあまりにその動作が様になっていたのと、転校生の
整った容姿に、しばしぽかんとしてしまった。はっ、と気付くと担任は、コホンと咳
払いを一つつき、男子生徒の紹介を始めた。
 「えーっ・・・彼の名字は月の山と書いて、つきやま。名前は日に向かうと書いて、
ひゅうが。月山日向だ。皆、三年生のこの時期に何故、転校してきたのか不思議に思
っているだろうから、簡単に説明しよう。彼が転校してきたのは・・・どうしてだっ
たかな?」
 担任のこの台詞に、教室中は笑いの渦に巻き込まれた。担任に対し、生徒たちの、
センセーそのギャグマジで笑える、等の言葉が上がる。しかし担任の方は、真剣に頭
をひねっていた。何故思い出せないのか、本当に解らないという表情をしている。し
かし、このことに気付いたのは、この教室で二人だけだった。
 「先生、どうしました?本当に思い出せないのですか?」
 その一人、日向は、微かな笑みを口元に浮かべ、ひどく綺麗な声で、担任に話しか
けた。担任が自分の方を向くと、日向は担任の目を見つめた。日向に見つめられた担
任は、とたんにぼーっとしたかと思うと、すぐに元のような表情に戻り、騒ぐ生徒を
沈めるために、大声で続きを話し出した。
 「静かに!続きを話すぞ!・・・えーっ・・・それでだ、月山君のご両親が、急な
転勤でこっちにしばらく居なくてはならなくなったため、考えた末、やはり家族全員
で暮らそう、ということになり、転校してきたというわけだ。皆、仲良くするように。
では、出席を採る・・・」
 
 −あのことに気付いたもう一人である、梓は、集中して転校生の方をじっと見つめ
ていた。しかし、転校生からはもう、先ほど一瞬見せた違和感は感じられなかったの
だった・・・。





                             <第十一回に続く> 



耕一:さて、何やらありそうだな。あの転校生
佐藤:ああっ、あるとも
耕一:でも、何で梓の高校に?
佐藤:それは、追々説明していくつもりだよ
耕一:さてと・・・ではそろそろ
耕一・佐藤:第十一回でお会いしましょう!!
 梓:あたしの活躍を期待しててね!