≪第一章 いいんちょの悩み≫ 「92点か」 思わずそんな言葉が出てくる。 夏休み明けのテストにしては上出来やな。 まあ勉強をサボってたわけやないし、こんなとこやろうか? 横目で例の三人組みを見てみると、予想道理の顔・顔・顔。 まぁ遊んでばかりじゃ、しゃあないわ。 「あぁーあ…」 ん? 隣から何や憂鬱なため息。 視線を送ると、ため息の主は藤田くん。 しきりにシャーペンを走らせて、ノートを見入ってる。 なんやろ、気になるわ。 顔を向けノートをチラリと見ると、…数字の羅列、46、57、37……平均点48点…。 ……藤田くん賢そうな顔して、なんやぁこの平均点は。 私が呆れていると、まだ書き足している。 なになに? 理系平均54点、文系平均…。 ……はぁ、現実逃避してるわぁ。 興味深げに見てると、気づいた藤田くんがこっちに顔を向けてきた。 開口一発。 「なんだよ、いいんちょ」 チョットすねた口調で言うてくる。 「な、何でもあらへんよ」 笑うて答えたけど、我ながらぎこちないわ。 アセリながら視線を逸らして前を見ると、また。 「はぁー…」 成績が気になるんやったら、シッカリ勉強してくればええのんに…。 こんなことで、進学大丈夫かいな? …そういえば藤田くん、進学どないするつもりやろう…。 これじゃ私と同じ大学なんて行かれへんのと違うか? …っていうか、行かれへんわなぁ。 …て言うか、進級大丈夫かいな? 洒落にならんわー。 キーンコーンカーンコーン… 今日の授業も終わりやな。 「いいんちょ、一緒に帰ろうぜ」 意気揚揚と声を掛けてくる、そんな人はクラスでも…、学年でも一人くらいや。 なんか藤田くん、授業中より目ぇが輝いとらんか? まったく…。 もうチョット、その元気を別の所に回しぃや。 「うん、ええよ」 そんな気持ちはグッと押さえながら答える私。 「今日って、塾はあんのか? なかったら一緒にヤックでもいこうぜ」 私の心を知ってか知らないでか、お気楽そうに聞いてくる。 「あのなぁ、いつも言うてるけどヤックやない! ヤクドや! 何度言わせる気?」 何度言うてもわからへんな、藤田くんは。 「でもよ、こちじゃヤックなんだぜ? 『郷に入れば郷に従え』だろう?」 うっ、らしくもなく真っ当な事いいよる。 こういう時だけ、頭まわってどないすんの? 「せやけど…、パソコンかどうか判らへんやない……」 我ながら苦しい反撃やったけど、私の声に藤田くんが割りこんできた。 「はいはい、わーったって、ヤクドな。 じゃお姫様、いざヤクドへ…。 な?」 「うん、今日は塾ないし…もちろん藤田くんのオゴリやろ?」 「ハイハイ、判りましたよ。じゃあ、決まりな」 「うん」 「じゃあ行きますか」 何でもない会話をしながら校門をでる、そこで今日のことに話を振ってみる。 「以外やったわぁ、藤田くんは頭わるうないと思うてたのに」 「ほっといてくれ、俺の頭はこんなもんだよ」 私の不安を余所に、お気楽に言うてくれるやないの。 思わず口を突き出して言ってしまう。 「チョットは考えてんか、藤田くんも進学するんやろ? こないな成績じゃ私と同じ大学いかれへんよ?」 「同じ大学って、有名国立狙えるような委員長の基準で考えられてもなぁ」 苦虫を噛み潰したみたいな顔で答えてくる藤田くん。 「なんで? 1学期の試験は平均で84点も取ってたやん。 やれば出来るんやないの、何でやらへんの? それとも神岸さん相手やないとやる気も成績も上がらへんの?」 つい大声で口走ってもうた。 「なっ、あかりは関係ねーだろ。 うっ…」 「せやかて、藤田くん! ……?」 ん? 藤田くんキョロキョロしてる…、何やの? 「藤田くん、人の話し聞いてるん?」 「あっ、いや、ここでこういう話もなんだし…。 ヤック行こ、な?」 「あっ…」 周りを見ると下校途中の生徒の群れが、私達を見てヒソヒソ話をしてる。 気ぃつかんうちに私のボリュームが上がっとったみたいや。 くぅ〜、メッチャハズイやんか! 「いいんちょ、早く」 せかせかと、落ち着きの無い態度でささやく藤田くん。 私も負けんくらい恥ずかしかった。 「う、うん…」 それだけ答えて、小走りにヤックへと向かった。 ≪第二章 いいんちょの決心≫ 「ふぅ……、何とか人心地ついたぜ」 ヤクドシェイクを飲み干して幸せそうに言うてる、ホントにお気楽やなぁ。 「藤田くんて、ほんまお気楽な人やなぁ」 思わず口を突いてしもた。 「オイオイ、お気楽って…それじゃ何にも考えてないみたいじゃねーかよ」 面白くなさそうに言うてくる。 でもお気楽そうやしなぁ…。 私は何も答えんと、ポテトを頬張る。 「今日のいいんちょは、何か突っかかってくんなぁ……。 あっ……」 藤田くんが、急に真面目な顔しよった。 何やの、お腹でも痛うなったん? せやからシェイクを急に飲んだらあかんって言うたのに、と思うてると。 「いいんちょ…」 藤田くんが私に顔を寄せて、囁き掛けてきた。 どないしてん、急にマジになって。 チョット驚きながらも顔を近づける私。 「…いいんちょ……、今日、あの日か?」 …………………………………………は? 私はたっぷり10秒は固まってた。 その間も藤田くんは、真剣な表情で私を見つめてる。 「辛いんだったら、言ってくれりゃオレも気を使ったんだぜ? 大丈夫かよ」 「なっ!」 自分の顔が、赤うなっていくのが判る。 「結構痛いんだろ? …その、せい……」 「なっ、なっ、何ボケた事言うとるんや! このドアホ!」 言い終わる前に目と鼻の先にある、藤田くんめがけて絶叫してもうた。 何考えとんのや!? 私は真剣に考えてるのに、何を言い出すかと思えば、せ……〜〜〜っっとにもう! 「な、なんだ、違うのかよ…」 引きつった顔して、更にボケた事言うてる。 違うわ〜、アホ〜! 「何処をどう考えたら、そないなるんや! 藤田くんの事考えてたんや!」 「へっ、オレの事? 何を?」 「〜〜〜っ! 藤田くんの成績不良の事や、さっき話してたやろ! ……あっ」 気がつくと周りの注目の的になってる。 ううっ、視線が痛いわぁ。 ここもあかんわ、早々に場所変えよ。 公園。 うん、ここならええわ。 ベンチで頷くと、藤田くんの声が聞こえる。 「はー、ここなら大丈夫かな」 「……」 何も言わずにジッと見つめてやると、慌てて視線を逸らす藤田くん。 「ははっ、わりぃ」 「…乙女に向かって言う台詞やないわ、何やのあれ」 さっきは、思いきり恥ずかしかったんや反省しぃ。 ううん、猛省や! 「…でもよ、いいんちょはもう乙女じゃ……」 キッ 「……すいません」 「ふん!」 しばらくの沈黙の後、藤田くんが話しかけてきた。 「委員長もこっちで進学するんだろ?」 何気なく言ってくるけど、何となく顔が引きつってる。 まぁ、さっきの事は水に流しとこうか、でないと話が進まへんし。 「……はぁ、そのつもりや。」 「じゃあ、多少レベル落してもいいんじゃねーのか?」 「うん、まぁ。 でも今までやってきた事を無駄にするつもりはないし。 レベルを落としたとしても、せいぜいW大かK大の文系やよ」 「おいおい、それはチョット…」 言いかけのところで口を挟む。 「藤田くん言うたやない、神戸に戻るなって」 口を半開きにしたまま、私を見ている藤田くん。 「私それでもいいかなって思うてるよ。でも大学違ってもうたら、一緒にいられんようになってしまうやん。 いやや、そんなん…」 私はうつむきながらそう言うた。 今は藤田くんと離れとうない、同じ大学に行きたい。 でも今までやってきた事を、全部ドブに捨てるような真似はしとうない。 だって、そないな事したら…私のそれまでの時間は無駄になってしまう。 それだけはイヤやった。「でもなぁ、成績の奴がさぁ」 返ってくる言葉は、勘弁してくれって口調でいっぱいやった。 私は藤田くんに向き直り、キッと顔を睨んでやる。 途端に藤田くんの顔が引きつるけど、お構いなし、こうなったら最後の手段や。 「私が教えたる! みっちり仕込んだるさかい覚悟しとき!」 アッ…思わず大声で言ってもうた、周りの人もこっちを見てる…。 藤田くんも周りが気になるみたいで、視線を回りにキョロキョロ向けてる。 「そ、そんなこと言ってもよぉ」 「なんやの? 神岸さんはええのに、私やったらあかんの?」 「だから、あかりは関係ねぇーって!」 「なら、問題無いやないの」 何か自分でも、訳が判らんようになってるわ。 「って、言ったって塾があんだろう? いつ教えるんだよ?」 「放課後に決まってるやんか!」 もうかまへん! 一度ついた火は消えへんわ、お構いなしで言ってやった。 「だから、塾が…」 「かまへん、今塾は週四日や。 それを週二日にすれば何とか時間取れるわ」 「おいおい、いくらなんでもそれはやりすぎだぜ。 委員長の成績が下がったら、元も子もないじゃねえか」 驚いた顔をする藤田くん、動揺してるわ。 でも動揺するより勉強してぇな。 「私も頑張るから藤田くんも頑張ってぇな。 頑張りは同じくらいやから、私は現状維持の藤田くんは成績アップの為の」 「でも、親とかは」 「ええんや、こっちの大学に行くって言うたら、お母さんかていいって言うわ。 何より娘がこっちに居てるんやし学費も減る、納得させてみせるわ」 何となく勢いやけど、こうなったら行くとこまで行くわ。 神戸の女のど根性見せたる! 「ええね! 藤田くん!」 キッ! と藤田くんを見据えて言うと、藤田くんは私の迫力に押されてか顔を引きつらせて一言だけ答えた。 「お、おう…、わかった」 ≪第三章 いいんちょの戦い≫ 「智子……、何考えてんの?」 静かな居間にお母さんの声が響く。 うっ〜、やっぱり無理があったんかなぁ…。 藤田くんの家庭教師の話しを無理やり決めて、その日の夜にお母さんに話しを切り出した。 正直言うと、藤田くんに言うたほど甘い相手やない。 何せ生まれてから世話になってる人や、私の行動パターンも読まれてるかも知れへん。 普通なら色々手を考えるんやけど、勢い余って正面から言うてもうた。 始めお母さんはビックリしてたけど、何も言わんと聞いてくれた。 もちろん藤田くんの事は内緒や。 彼としての紹介もしてないのに、その男の家に行く言うたら反対されるのは目に見えてる。 向こうの大学はやめてこっちの大学に行く、それで自分の時間が欲しい。 こんなところでまとめておいた。 私もこれならいけるかな? って思うて話したんやけど。 第一声がこれやってん、……失敗やったかなぁ。 「智子、聞いてるん?」 「あっ、うん。 聞いてるよ」 お母さんの言葉が痛いわ、やっぱり無理があるんかなぁ。 「……」 「……」 「はぁ…、お母さんはな、何も塾の事反対しとるんやないよ」 「えっ…」 意外な言葉やった、てっきり反対されてるもんやと思うとったのに。 じゃあ何で…? 「お母さんな、智子が大学行きたいんなら勉強すればええ、行きとうないならそれでもええと思うとるんよ」 「……」 「でもな今の智子、お母さんになんか隠してないか? やましい事があるんやったら、お母さんゆるさへんよ」 静かな声やったけど、重くて怖い声やった。 学校の先生や不良の兄ちゃんの声聞いた時やってこないに怖いと思うたことはなかった。 ううん、怖いんやなくてズーンと頭の中に響いて何やめまいがするわ。 何やろこれ。 「智子…」 「…うん」 自分でもわかるほど私動揺してる、お母さんもきっと気付いてるわ。 どないしよう…。 「…正直に言うてんか?」 どないしよう隠されへんよ、お母さん判ってる。 でも正直に言うて賛成してくれるかどうか…。 「お母さん…、あ、あのな…」 「うん、なに?」 お母さんの顔見られへん、なんて言うたらええんやろ。 「わ、私な…」 「……」 「べ、勉強みてやりたい人がおるんや…。 それでな、家庭教師してやろう思うてるの…」 ウソはつけんけど、ここまでしか話されへん。 お母さん何て言うやろ。 「……自分の勉強をおろそかにしても? そんなに大事な友達なんか?」 「…うん…」 「……」 「……」 沈黙が重たい、何や泣けてきそうになるわ。 藤田くん助けてぇな、藤田くん…。 長い沈黙の後に、ようやくお母さんが口を開いた。 「はぁ……、自分の娘ながら難儀な事やねぇ。 わかったわ、好きにしなさい」 「えっ」 「詳しい事はまた今度でええよ、話す気になったら話しぃ」 「…あっ、ありがとうお母さん…」 急にまぶたが熱くなってくる、涙がとまらへん。 「なんやの急に泣き出したりして、ほら美人が台無しやないの。 あんたは私似で、笑ってる時が一番綺麗なんやからなぁ、泣いてたらあかんよ」 そう言うて、お母さんは私の涙を拭ってくれた。 藤田くんとは違う、何か暖かさがあるんやなやぁ。 その日の夕食は何故か豪勢やった、何かええ事あったんかなって思うて聞いてみたら…。 「ええ事? ふふふっ、あったんや」 「何があったん?」 「クスクス…」 「何やの、気色悪いわぁ、教えてぇな」 「クスクス、智子」 「…何?」 「今度、その彼氏紹介しなさい」 「!! なっ!」 「クスクス…」 「なっ、なっ、なっ!」 そこで、急に真面目な顔になったお母さんは一言だけ言うた。 「…でも、節度ある付き合いにしとき」 はぁー、やっぱりお母さんにはかなわんなぁ。 私そんなに判りやすいんかなぁ。 まあええわ。 とにかく塾は週2回にして、藤田くんの家庭教師は週3回かな。 それに加えて自分の勉強かぁ、うーん前より厳しいなぁ。 私はベットの上にゴロンと寝転がった。 何とかゴリ押しで親も押し切ったし、あとは藤田くんの成績アップやね。 そう言えば人に勉強って教えたことないなぁ、うーん、カリキュラムとかスケジュールとか作らなきゃ。 アバウトながら、これからの事が見えてきたし、まぁ何とかなるわ。 さてと、それじゃ電話電話。 プルルルルルッ、プルルルルルッ、プルルルルルッ、プル、カチャッ 「あっ、夜分すいません。 私、保科と言いますが浩之さんいらっしゃいますか?」 「なぁに、改まってんだよいいんちょ。 オレだよ」 「藤田くん」 「どうしたんだ?」 「うん…………」 ということで、私は藤田くんの家庭教師になったのだ。 FINhttp://ns.31rsm.ne.jp/~leaf-p/