最近の柏木家での俺の仕事は、千鶴さんの”つの”を鉄のやすりで削ることだった。 「すみません、耕一さんにこんなことを頼んでしまって」 千鶴さんは毎度すまなさそうに言うが、俺も実はまんざらでもないのだ。 「ここのところ忙しいせいか、すぐ伸びちゃうんです……」 ”つの”はストレスや怒りでよく伸びると学会では報告されており、会長職にある千 鶴さんだと一日でだいたい2〜3cmも伸びる時がある。 特に削らなくてもキスの邪魔にはならないし別段害はないのだが、見栄えが悪く、ま してやお気に入りの帽子に穴をあけるわけにもいかないので、そうも言ってられないの が現状だ。 それで俺が、女王陛下に仕える床屋のようにこの大役を仰せつかっている。 削り方にもこつがあって、丸く削れば千鶴さんは満腹した猫のたま──柏木家で飼っ ている猫だ──のように丸くなり、鉛筆の芯のように尖らせれば三ヶ月ほかっておいた 虫歯の痛みのように誰彼の区別なく当り散らしてしまう。 だからこの削る仕事は柏木家でも重要な仕事のうちの一つなのだ。 最初の一ヶ月は削りすぎたり削らなさすぎたりを繰り返していた。 過ぎたるは及ばざるが如し、という有名な慣用句も実地体験した。 近頃ようやくそれらにも慣れ、削るという技術を磨くべく、新婚夫婦の夜の営みのよ うに日々鍛錬と探求を欠かさないでいる。 「ありがとうございました」 「はやく髪の毛を洗ったほうがいいですよ」 「ええ、そうさせて頂きます。……あの、その……、それで、今夜ですけど……」 にっこり笑って承諾した。 気付いたのは一週間前。 ”つの”の中央をヘコませるように削る。 ──千鶴さんが、えっちになる、削り方だ。