初音ちゃんと神経衰弱をした。 それ自体は心おどるような行為だけど、この黄色い従兄妹は神経衰弱の申し子で、最 新式多角多方向レーダーみたいに対になるトランプの配備を寸分違わず当ててしまう。 俺と初音ちゃんの戦績は0勝28敗で、早い話が撃墜されてばかりなのだ。 そんな初音ちゃんと今まさに29戦目を交えようとしていた──下世話な話で恐縮だ けど、そういう意味ではなくあくまで神経衰弱だ。 事の起こりは楓ちゃんが着ていた秋用のブレア・コートにある。 それが楓ちゃんに羽織われる事は秋が来て楓の木が紅葉するようにごく自然で、控え めに表現してもナタリー・ポートマンより哲学的示唆に富んでいた。 なんていうか、ぐーたら大学生の独り暮しの朝食のレパートリーより貧しいボキャブ ラリーを借りて言うならば、楓ちゃんのために存在するようなコート、だったのである。 だから俺は初音ちゃんがそれを欲しがっても不思議ではないと思った。 もちろん初音ちゃんはいい子だから自分から欲しいなんてことは絶対に言い出さない。 素直だからつい態度にでてしまうのだ。 「耕一ィ〜、初音に買ってやれよー。バイト代出たんだろ?」 無論、俺だって梓にそんなこと言われなくてもわかっている。 問題は、あのコートは俺がバイト代を前借りして楓ちゃんに買ってあげたことと、そ の値段がバイト代の98/100にもなるということなのだ。 それでも初音ちゃんの、捨てられた子犬が飼ってくれるかもしれないご主人様を目の 前にしたような、そういう表情に負けてつい約束してしまったのだ。 鬼に限らず、男とは割とそういう生き物なのだ。 「じゃ、じゃあさ、神経衰弱で初音ちゃんが勝ったらプレゼントするよ」 客観的に見て、このセリフは『プレゼントするよ』という風に受け取ることができた だろうと思う。 妻と別れて君と再婚するよ、なんて口約束くらいアンフェアだったけど。 結果からいうと、3回勝負で2回連続で俺が勝った。 「これと……えーと、これっ! あれっ、違っちゃった……」 「ううーん、今日はなんだか調子がでないみたい」 初音ちゃんの残念そうな、でもこれでよかったと言ってるような複雑なはにかみは、 罪悪感をあおりたてはしたがゲーム自体には何ら貢献はしなかった。 ごめんね、初音ちゃん。 こっそり頭のアンテナに巻き付けておいたアルミホイルに、初音ちゃんは最後まで気 づかなかったようだ。 http://www2s.biglobe.ne.jp/~higebu/