海より・5  投稿者:ギャン


8/20 PM12:47

芹香を追って辿り着いたのは海岸近くの暗礁だった。
近辺では『悪魔の暗礁』というプリティな呼び名がついている場所だ。
普段のぼ〜っとした芹香にしてはきびきび移動していたので、少々遅れをとってしまった。
俺が到着した頃には住民達が結集していた。
何かの集会のようなもの…それは儀式だったのかもしれない…を行なっていると一目でわかった。
魚ヅラの住民達に紛れて芹香の影がちらほら見えていた。
もっと近くで確認したかったが、これ以上接近すると発見されそうだった。
あちらがこちらにとって友好的かどうかはわからないが、魚ヅラの連中に囲まれるのは怖いので止めた。

…

同日 PM2:39

一通り、連中の行動を観察していたが特に変わった行動はせずに(この集会自体が奇妙な行動とも受け取れるが…)
解散する様子だった。
奴等がこちらに近づく前に俺はその場を離れた。

同日 PM9:20

結局、アーカムには戻らずにギルマン・ハウスで一泊することにした。
綾香たちに連絡はしていないが、それほど大騒ぎにはならないだろう。
…帰った時に痛い目を見そうだが…。
とりあえず早目に寝ようと思い、ベッドに横になったが中々寝つけなかった。

そんな風にしてしばらく経った頃だろうか…、芹香の部屋から物音が聞こえてきた。
どうやら外出するらしい。
時計を見ると十時を少し過ぎたぐらいだった。
不審に思いながらも、俺は後を追う準備をした。
外は闇夜だ。昼間の薄暗さが夜にまで継続されているようだ。
月明かりも心なしか乏しい。
俺は懐中電灯と護身用として密かに持参した拳銃を手に後を追った。
本当は拳銃など必要が無かった(セリオ、じじい、綾香の存在を考えれば)のだが、
自分一人で行動するときのことを考えて用意したのだ。
思えば近年は格闘技の稽古を疎かにしていた。

…そんなことを考えながら、俺は芹香を追い暗礁へと向かっていた。
案の定、住民達もそこにいた。
昼間の時とは様子が違い、住民達の表情は妙に鬼気迫るモノがあった。(と言っても相変わらず魚ヅラだが)
その中心に芹香がいた。
何かの魔術的儀式を行なっていることは明らかだった。
その時点では住民達が影になったりして気づかなかったが、中心の祭壇に横たわるモノは
ヒトの形をしていたような気がする。
儀式の最中の芹香の顔は遠くから見ても至福に満ちていた。
…不気味なくらいに…。
俺は儀式を見ることに余程夢中になっていたらしい。
背後、周囲に住民達が近寄ることに気づかない程に…。

結局、逃げ場を塞がれたことに気づいたのは儀式が終了した頃だった。
魚ヅラに囲まれ、途方に暮れている俺の前に芹香が近づいてきた。

芹香は言った。

「わたしのこと愛してますよね…?」

「わたしと一緒にいてくれますよね…?」

「ずっと一緒ですよね…浩之さん…」

そう言って差し伸べられた芹香の手には薄く鱗が生えていた。
近づいて来た芹香のその顔は………

目は白く濁り始めていた。
手だけではなく顔にも、否、全身に鱗は生えてきているようだった。
住民と同じように魚のような顔付きに変化し始めていた。

芹香はもう一度言った。

「ずっと…いっしょですよ…」

そう言って芹香の手が俺の手に触れた瞬間だった。
俺は反射的に拳銃を芹香に向け、発砲していた。

何故、撃ったのかはわからない。
芹香がどんな姿になろうと愛するつもりだった。
そして異形のモノへ変化しようとする芹香を前にしても、そのつもりだった。

…なのに……!……なのに!!


もしかしたら芹香に対する愛情などとは別に、人間の本能、異形を前にした
人間が感じるどうしようもない恐怖、…それが俺に撃たせたのかもしれない。

銃弾を腹部に受けた芹香はその場にゆっくりと崩れ落ちた。
地面に倒れながらもその瞳はまっすぐ俺を見つめていた。
その瞳は悲しそうでもあったし、淋しそうでもあった。
そして俺は見た、聞いた。
芹香の唇が微少ながらも動いたのを。
俺に対して言った言葉を。

俺はその場を逃げ出した。
住民達は追ってきたようだが、振り向きもせず俺は走った。
住民とは別の何かから逃げるように…。

8/21

俺は深夜、アーカムの宿に辿り着きそれからずっと自分の部屋に閉じこもっている。

綾香、じじいは最初の頃こそ部屋の戸をぶち破ってでも入ってきそうな雰囲気だったが、
しばらくすると静かになった。

何もする気が起こらない。

俺の脳裏には地面から俺を見上げる芹香の瞳、
そしてその時の言葉が張りついていた。

あの時、確かに芹香はこう言った。

「…愛してますから…必ず迎えに…」

俺はその言葉を信じながら、そして脅えながらここにいる。
きっと芹香は来るだろう。
約束通りに。

俺はその時、変わり果てた芹香を目の前にしてどうすればいいのだろうか?

全てを受け入れ、共に行くか?

再度、その手を拒み銃口を向けるか?

迎えの日はそう遠くないだろう。
きっと、もうすぐだ。