海より・3  投稿者:ギャン


8/17 

昨日から芹香の様子がおかしい。
特別変わっているワケじゃないが、どうも不可解な行動をしている。
不可解とはいっても、魔術関係の本を読んだり、意味も無くぼ〜っとしたり、
普段の芹香を知っている者から見れば何の変わりも無い様に見える。
しかし、俺にはわかるのだ。
高校時代に『たったひとりのお友だち』になって、愛し合い、結婚した俺にはわかるのだ!
芹香は時々、笑う。
何の変哲も無い、しかしそれでいて可愛らしく美しい微笑みだ。
しかし、俺には…なんというか…、欲しくて堪らないモノをようやく手に入れた
子供のような、それでいてゾッとするような微笑みに見えるのだ。
自分の妻であり愛する女性に対してこんな考えを持つことに正直、嫌悪感が
あるのだが、実際そう見えてしまうのだからしょうがないのだ。

8/18

今日は芹香が一人で出かけている。
一人といっても、じじいを連れているが…。
どうやらミスカトニック大学の図書館で調べたいことがあるらしい。
どうにも一昨日から魔術関係に対する知識欲が目に見えて大きくなっている。
いや、魔術関係というよりは儀式、契約などに対する興味のようだが…。
あまりいい気はしなかったが、止める理由も無いし、止めても多分無駄なような
気がしたのでそのまま行かせた。
魔術に対する芹香の情熱は俺にとって不快ではないし、むしろ今となっては
戸惑いより微笑ましさを感じる。
それなのに大学に出かけようとする芹香を止めようとするなんて、
自分でも何故そうしたのかわからなかった。
しいて言えば『直感』ってヤツだろうか?

芹香が出かけた後、俺も出かけた。
微妙といえ芹香の様子の変化の原因を探るためである。
行き先は……インスマウス。

同日 PM1:14

着いたのは昼過ぎだった。
来る前から予想がついていたが、やはり一人くるとかなり気味が悪い。
前に訪れたときと変わりなく、薄暗く、人通りは無いに等しい。
そして………時折目に入ってくる住民の顔…例の魚面だ。
さっさと帰りたいところだが、何もせずに帰るワケにもいかない。
俺はまず村にある歴史資料館に足を運んだ。
芹香が住民と話していた内容が魔術的なものだったのを思い出したからだ。
もしかしたら過去にそれに類する出来事があるかもしれない。
…が、予想に反してたいした収穫は無かった。
判明したことは、過去、当時の村の名主…マー…、…名前は忘れた。
とにかく彼が儀式などの方面に興味を持っていたこと。
ただ、それだけだった。
本当はもっと何か重要なことがあったかもしれないのだが、
何分日本語訳の資料が置いてあるワケでもなく俺の外国語の読解能力では
これくらいが限界だったということだ。

同日 PM5:26

アーカムの宿に帰ったのは夕方頃だった。
芹香は先に帰っており、俺の外出についていろいろ尋ねてきた。
別に隠す必要も無いのだが、インスマウスの名前を出した途端に
口調が変わった(と言っても相変わらずの小声だったが…)のが
奇妙に思えたので適当に答えておいた。
芹香もそれで納得したようだった。

………

食事の際、芹香が遅れてきた。
普段から大食な方でもなかったが食事の席に遅れることも無かったのに…。
綾香やじじいも心配してたし、もちろん俺も心配だった。
二人と違い、どんどん増加していく芹香のインスマウスへの興味に対する
心配も含まれていたのだが……。

就寝の際もあの村に訪れてから別々の部屋だ。
別に性欲タップリというワケでもないが…ちょっとガッカリ…。
肝心の芹香は…どうやら夜中はずっと魔術書や大学で仕入れた情報をもとに
儀式の類をしていた様だ。
それは夜中、ふと聞こえてくる呪文のようなつぶやき、
(芹香の声の大きさから考えると聞こえるハズもないのだが…)
ドアの隙間からもれている灯りから想像できる。

そろそろ俺も周囲が少しづつおかしくなってきているのに気づき始めた。
…が、どうしようもなかったし…もし何かしても後の結果には何の影響も
及ぼさなかっただろう…。