とある昼下がり 投稿者:霞タカシ 投稿日:3月25日(土)02時32分
 ぽえー。
 今日もいい天気、暑いけど。

 隆山を襲った一連の騒ぎも一段落。力を合わせて戦ったみんなも各々帰郷して、
平和だけどちょっと寂しい感じがする日々が続いてる。

 夏休みはあと半分。私は休みの課題を片付けて図書館から帰る途中だった。

「おやぁ、そこを行くのは楓ちゃん」
 ?
 誰だろう、女性の声。
 振り向くと、大きな紙袋を抱えた外国の人が立っていた。咥えタバコ。ポニーテイルに
まとめたブロンドをちょっと揺らして微笑する。ヒマワリ色のサマーセーターに包まれた
肢体は梓姉さんも真っ青になるくらい抜群のスタイル。

 うおー、大人の女性。
 いまにみていろでございますよ。

 ところで誰だっけ。

「あっ、えっと……」
「あら、もうお忘れかしら。メイフィア、よ。お仲間なのにヒドイのね」
 そうそう、メイフィアさん。貧乏魔族御一行の中でもちょっと感じの変わった人。
 私達は並んで歩きはじめた。回りの視線が妙に気になるけど、なんだろう。
「あの、まだ隆山に?」
「ルミラ様が気に入ったみたいでね、ここ。もうしばらくいると思うわ、アパートまで
借りちゃったし」
 メイフィアさんは頬をつつきながら困ったような表情を作った。
 ケムリのワッカが3連荘。
「はあ。それでメイフィアさんは何を?」
「こんなこと。ハイ、おすそ分け。今日の戦果」

 クマさんのぬいぐるみ。

「…………」
「どうもね、他の娘たちと違って誰かの下で働くって気がしないの」
「それでパチプロですか……」
 似合わない、絶対似合わない。こんなきれいな人が淀んだ空気の中、咥えタバコでパチ
ンコ台に向かってるなんて。
 ……耕一さんがそうするなら、容易に想像できるんだけど。
「似合わない、とか思ってるでしょ?」
「えっ、その」
「案外顔に出るのね、お人形さんみたいなのに」
 図星。あうー。
「日本へ来てから覚えたんだけどね、ちょっとしたコツで面白いように稼げるし。何より
楽だもの、麻雀みたく頭使わないしね」
「はぁ」
「ルミラ様なんか家庭教師やってるのよ。すごいわよね。他の子たちもちゃんとバイト
してるし。まあ、タマはアレだけど。
 ――ただ長く生きてるだけで他になんの取り柄も無いから、私」
「え?」
 メイフィアさんは微笑して私の顔をのぞき込んだ。
「分かるでしょ? 悠久を生きていくことの意味が」
「……私に?」
「あなた達の、ちょっと違うのよね。いいな、終わりがあって」
「転生、のことですか?」
「そう。楓ちゃんが今日まで、幾度繰り返してきたかはしらないけど」
「羨ましいことなんですか、こんな呪われた――」
「呪い? 違うわね。魔属にも無い力よ。魔族と言えど死は恐いものよ」
「でも」
「永久の命、と言うと聞こえはいいけどね。言うところの”死”を許されていないことの
ほうが苦痛なことも案外多いのよ」
「……メイフィアさんはそのことを……」
「後悔はしてないわよ、望んで得た力ですから。ただ、実際あなた達のことを知ってから
はちょっと羨ましいかな、なんて」
 よく分からないけど、気分はなんとなく理解できる気がする。
 柏木の血はそれが継がれていくかぎり、四皇女と次郎衛門の記憶を受け継ぐものが必ず
現れる。それも、場合によっては別生の記憶をもともなって。転生よりむしろ遺伝に近い。
 それぞれの人生にはそれぞれの人格があり、生活がある。メイフィアさんはそのことを
言ってるのかな。
「だれ〜っと生きてくのもいいけど、たまにはメリハリが欲しいのよ」
 メリハリって……私は思わず苦笑する。
「ま、この間みたいなことがあるから人間界もまだまだ楽しめそうね」
 メイフィアさんは吸い殻をきちんと携帯灰皿に始末して、んー、と伸びをする。
「あの……メイフィアさん?」
「ん、なにかなー?」
「その……楽しいですか?」
「楽しい? なにが?」
「えっと、なんていうか生きていくことが」
「もちろん! バブル弾けて貧乏になっちゃったけど、こんな体験も滅多にないことだし、
結構毎日が変化に富んでて飽きないのよ……でも貧乏ばっかり続くのはイヤよね」
 クスクスと笑う。
 なんだかとても強い人だと思う。
「私、メイフィアさんが羨ましいです」
「貧乏が?」
「そ、そうじゃなくて――強い方だなと思って」
「長ずれば通ずってだけよ。楓ちゃんだって私からみれば、とても強い女の子よ」
「そ、そうですか?」
「楓ちゃんは人生楽しんでる?」
「……難しいです。少なくとも今は、これからは楽しんで生きられると思います」
 そう、私達には耕一さんがいる。
「あなたの過去に何があったかはしらないけど、ちゃんとそれを乗り越えてる。幾重にも
折り重なってる過去生を背負ってても、あなたの笑顔とても素敵じゃない」
「え?」
 そう言われて急に頬が火照ってくる。
「あはは、かわいい。お姉さんが特別にごほうびを上げよう」
 私の腕の中でクマさんのぬいぐるみが増える。
「ん、こんな時間かー。そろそろ戻らないとルミラ様が帰ってくる時間だわ。それじゃあ、
またね、楓ちゃん」
 メイフィアさんは新しいタバコに火をつけると、片手をひらひらさせながら去っていった。

 私はメイフィアさんの姿が見えなくなるまでその場に立ち止まったまま身じろぎもできない
でいた。

 鬼が現れて、耕一さんが戦って。あれからもう1年。ただ慌ただしいだけの日々だった
ような気がする。みんな事後処理に追われて。今年は今年で変なのが沸いてでるし。
 私はもう3年生だから受験の準備、考えてみれば落ち着いて振り返る間もなかった。
「楽しい人生、か……」
 ふと視線を落とす。視界にはいるのはメイフィアさんがくれたぬいぐるみが2つ。
「よ、楓ちゃん。どうしたんだい、こんなところで」
「きゃ……」
 いきなり肩に乗った大きな手に驚いて振り向くと、耕一さんが困った顔をして立っていた。
「あ、ご、ごめん。脅かすつもりじゃなかったんだけど」
「耕一さん」
「ごめん、楓ちゃん」
 本当にすまなそうに謝る姿がなんだかおかしくて、私は吹き出してしまった。
「あー、ひどいなぁ。人が頭下げてるのに笑うなんて」
「くすすっ……いえ、私こそすみません、耕一さん」
「と、ところでどうしたんだい、こんなところで」
「……いえ、何でもないんです。早く帰りましょう、とっておきのアイスクリーム、初音
にとられちゃいますよ」
「おっ、そりゃ急がなくちゃ。あ、そうだ。これ」

 クマさんのぬいぐるみ……。

「どうも今日は調子が悪くてね。戦果はこれ一個だけ」
「……パチンコ?」
「え、あ。そうだけど」
「くす……くすくす」
 だめ、なんだか笑いが止まらない。
「な、何だ何だ。今日の楓ちゃんはどこか変だなぁ。受験勉強のしすぎだ、うん」
 鼻先をぽりぽりかきながら、耕一さんは歩き始めた。
「あ」
 あわてて後を追い、無理やり腕組み。
「楓ちゃん?」
「ふふっ」
 たまにはこのくらいのことはいいわよね。

 鞄に押し込んだぬいぐるみが3つ。並んで顔を出している。
 改めてよく見ると、クマさん達はとても幸せそうな表情をしていた。