Rainy day.  投稿者:霞タカシ


 雨が降っています。
 ええ、そりゃあもう、轟々と。
 これじゃ学校へ着く前に下着までびっしょりになってしまうから、自主休校決定。

「初音、停電の時の準備は大丈夫? 梓、そっちの戸締まりは終わったのっ!?」
「千鶴姉ぇ、頼むからじっとしててくれ。今回はマジで忙しいんだから」
「わかってますっ! だからこうして」
「何もしてないじゃん。さ、どいたどいた」
「えーと、えーと、えーと、そうだ! 私、耕一さんの手伝いに……」
「行くな!」
「えぇ〜っ どうして?」
「耕一は今、屋根の上だ。千鶴姉が行っても手伝えることはないっ! 屋根踏み抜くのが
落ちだっ!」
「……?……あ、なるほど。踏み抜くだけに落ちがオチなのね」

 ごすっ!

「寝てな」

 秋も半ばを過ぎてからやってくる台風は日本列島を大きく迂回して、わざわざ隆山地方
を直撃してくれることになりました。
 勢力未だ衰えず。

 大変です。

「楓っ! そこでぼーっとしてんじゃないよ」
「……なぜ」
「雨漏りするから」

 ざばーっ。

 まるで昔のバラエティ番組のよう。
 姉さん、これは雨漏りとは言わない。

「あちゃー、明かり取りが徒だねこりゃ。耕一の奴ぅ、急げって行ったのに」

 と、屋根蓋の飛んだ明かり取りから、耕一さんの顔。

「よお」
「手遅れだよ。とっとと塞いで降りてきなよ。だいぶ凄そうだし」
「飛ばされないようにするんで精一杯なんだ」
「力使えば」
「体重増えるじゃないか。屋根に大穴開けていいなら、やる」
「今の無しね」

 耕一さんは、それじゃ、と言って木板を当てた。程なく釘を打つ音。
 視界の隅を過る影に顔を向けると、初音。
 廊下のあちこちに出来た水溜まりを掃除して、雨漏れに見合った大きさの器を次々と
並べていく。
 たちまち下手な演奏会が始まった。

 初音、楽しい?

 それにしても。正直こんなに痛んでるとは思わなかった。
 梅雨時でも雨漏りなんてなかったのに。
 今回の台風、耕一さんが遊びに来るのと一緒にやってきた。みんな、耕一さん歓迎の方
に気を取られていたおかげで、迎撃準備が遅れたの。
 梓姉さんはそれを口実に耕一さんへ屋根の補修を命じて、今の状況になった。せっかく
二人で過ごせると思ったのに。

 それにしても、みんな大変そう。

 ごすっ!

「あんたも手伝えっ!」

 姉さん、痛い。



 シャワーを浴びて着替えから戻ると、耕一さんも屋根から下りて来ていてくつろいでいた。

「ふぃ〜〜〜っ、やっとひと段落だね」
「外は随分ひどくなってきたようだ。TVで実況やってないかな?」
「あ、そうだね。初音、リモコンとって」
「はい、お姉ちゃん」
「さんきゅ」

 ……砂の嵐って言う番組、ご存じですか?

「アンテナ飛ばされたみたいだな」
「耕一ぃ、お願いだよ、直してよぉ。退屈だよ」
「台風いっちまったらやってもいい」
「……ちぃ」
「あ、灯かりが」

 停電。
 さすがにこれは暗いから、ちょっぴり力を使います。
 ノビたままの千鶴姉さん以外、みんなそろって紅い瞳。

「ラジオはないかのかな?」
「ハイ、お兄ちゃん」
「お、備えあれば憂いなしだね」
「うん」

 あ、そのラジオって……

「電源スイッチが無いぞ」
「あのね、お兄ちゃん」
「どうしたの、初音ちゃん」
「……はいこれ」

 発電機。しかも手回し式のちっちゃい奴。
 これの存在は知らないほうが幸せかも。

「こ、これ取っても便利なんだよ。普段は豆電球付けるんだけどラジオも大丈夫
なんだって」
「へ、へえええ……」

 ひきつってるひきつってる。

「これ廻すの?」
「うん」

 初音、その瞳でにっこり笑ってもあんまり可愛くない。

 耕一さん、しぶしぶながら発電機を回す。

 ガァリガァリガァリガァリガァリガァリ…………

「うるさくて聞こえないよ」
「梓、ボリューム上げろ」
「電気が足りないんだ。耕一、もっとがんばれ」

 ガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリ…………

「耕一、うるさい!」
「しかたないだろ!」

 際限がありません。くすくすくす。

 とか何とかやってるうちにお昼時。
 外はなんというか暴風雨。ししおどしの休む暇がありません。

「んー、もうちょっと買い置きしとけばよかったよ」
「何だ、飯ないのか?」
「そっちは平気。昼の分のおかずが少ないんだよ、今日は平日だし。耕一の作り置き分
しかないんだ」
「あれ? みんなお弁当じゃなかったっけ?」
「千鶴姉ぇの分!」
「あ、そっか」

 当分起きなさそうだから、いらないと思う。

 薄くらい居間でお弁当を食べおえると、本当にやることがなくなってしまった。
 梓姉さんは不貞寝。千鶴姉さんはまだ気絶中。耕一さんは一緒に遊ぼう攻撃で初音に
取られちゃった。しかたない。私も部屋でのんびりしよう……。
 ・
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 ・
「楓ちゃん起きた? 台風、終わったよ」

 いつのまにか寝ちゃってたみたい。気がつくと、耕一さんがベッドの横で私の顔を覗き
こんでた。寝覚めのぼっとしたところを見られちゃって、少し恥ずかしい。

「……耕一さん?」
「おはよう。とんだお誕生日だったね」
「……あ……」

 耕一さん、覚えていてくれた……。

「楓ちゃん、ちょっと付き合って」
「はい」
「よっと!」
「!……きゃ」

 耕一さんはいきなり私を抱き上げた。そのまま小走りに廊下を駆け抜けて、玄関へ。
一端そこで私を下ろしたあと、耕一さんが後ろから目隠し。

「え?」
「ごめん、ちょっと我慢して」
「…………」

 何をするつもりなんだろう。よもやこんな所で……(ぽっ)。
 フラフラしながらちょっと歩くと、そこで回れ右。

「はい」
「ここ……?」
「みてごらん」

 耕一さんの指差す先は台風一過の真っ赤な夕焼け空。そこに、大きな大きな二重の虹。
 雨月の山から湾を超えて鶴来屋のほうへ向けて伸びている。

「きれい……」
「気に入ってくれた?」
「……はい」

 耕一さんは照れ臭そうに頭を掻いた。

「実はね、ちゃんとしたプレゼント用意しようと思ってたんだけど」
「いえ、この風景を二人で見ることができただけで、私は十分です」
「楓ちゃん……」

 そう。遠い昔、二人でこうやって虹を見た。あれは私達が別れ別れになる前日だったかしら。

「もし――」
「え?」
「もしもまた別れてしまうようなことがあっても。私、耕一さんと必ず出会える様な気がします」
「……楓ちゃん」
「こうして、あの時と同じ虹を見るの」

 耕一さんは私の肩を引き寄せた。私も、耕一さんの広い胸に頬を埋める。

「もう、離れないよ。決して」
「……耕一さん……」



「あ、あああの野郎、まだ陽があるってのになにしてやんがんだよ」
「(ううう……やっぱり年上は嫌いなのね耕一さん……)」
「楓お姉ちゃん……よかったね」
 柱の影で涙する姉2人、妹1人。

 ――ふっ。



<おまけ>

 耕一さんが修理した明かり取りに、なにかくっついていた。

「あん? 耕一、あれなんだ?」
「へっ……あ、ああああれはな……」
「なに動揺してんだ。ああ、そうか。楓の誕生日……もが」
「みなまでいうなぁぁぁぁぁぁあ!」

 肌身離さず大切に持ち歩いていたので、間違って一緒に打ち付けちゃったのね。

 ――まぬけ。


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