ある晴れた日に。  投稿者:霞タカシ


ある晴れた日に。


「今日は良く晴れたねー」

 オレはああそうだな、と生返事を返しながら空を見上げた。
 頭の上には雲一つない秋晴れの蒼が広がっている。なるほど気分のいい日だ。

「そういえば……」
「なに?」
「あんときもこのくらい、いい天気だったな」
「あのとき……?」

 あかりは困った顔でオレを見上げた。視線が不安げに揺れる。オレは苦笑しながら
あかりの頭をくしゃっと撫でてから言った。

「入学式んときだよ」
「!……ああ」



 入学式の日。
 オレはお袋と2人、学校の前でぼうっとしていた。はっきりいって早過ぎたらしく、
昇降口付近には誰も居なかった。

「……だから早すぎだって」
「もう、いいじゃない。私、人ごみ嫌いなのよ」
「へいへい。あ、クラス割とか貼りだされてるな。ちょっと見てくる……」

 昇降口の前に立てられたベニヤ作りの看板へ近づいて行く。
 と、背中を唐突に突かれた。
 振り向くと、真新しい制服に着られた様な幼なじみの姿が目に入る。今まで見慣れて
いた紺の制服と違い、高校の制服ははっきりいって派手だ。これだけ目立てば悪さも出
来まいという意図なのか、単に創立間もない学校だからお茶目したのかは不明。

「なんだよ、って。あかりじゃねぇか」
「おはよう、浩之ちゃん。早いんだね」
「ああ、オレじゃなくてお袋がな。お前、今来たところか?」
「うん。家を出た時に浩之ちゃんの姿見たから、慌てて準備して、飛びだしてきたんだ
けど」
「お袋が歩くの面倒がってな、タクシーで」
「ああ、そうなんだ。でも……」

 辺りを見廻す。

「誰もいないの?」
「オレ達が一番ノリらしい」
「ふふふぅ」
「んだよ、気色悪い」
「えー、逆だよ。なんか気持ちよくない? 始まりの日に1番なんだよ?」
「そういうもんかね」
「うん。そういうもん」

 オレは看板に貼りだされたクラス表を眺め、自分の名前を探す。藤田は真ん中から下
辺り。あかりはオレの横で同じように名簿の上半分を重点に調べている。

「あ……!」
「どした」
「浩之ちゃんと違うクラス……」
「どれ……ほほう」
「……残念だね」
「そうか?」
「そうだよ また一緒のクラスになれると思ったのに」

 オレのクラス名簿に雅史の名前を見つけるに至り、あかりは心底残念そうに俯いてし
まった。ふと後ろを見ると、お袋とあかりのおばさんが談笑していた。まあ、あっちは
ほっとくとして。

「あ、そこの君たち。新入生でしょ?」
「はい?」

 あかりのフォローをどうしようか決めかねていたオレは、妙に早口な女性から声を掛
けられた。

「ちょっと手伝って欲しいんだけど」
「あ、はい。あかり、いくぞ」
「うん……」

 声をかけてきた女性はここの美術教師だそうだ。自己紹介がてらオレ達もかしこまって挨拶をする。

「まあ、初日だから硬くなってるのかもしれないけどね、気楽に行きましょう」
「はぁ」

 こっち、と手招きされて慌てて昇降口へ。真新しい上履きを足に突っかけて先生の後
を追う。
 着いた先は1年生の教室の一つだった。ここはオレが1年世話になる場所。あかりは
隣の教室だ。

「はいこれ」
「はいっ……て、これ雑巾じゃないですか」
「そうよ」

 オレとあかりは思わず顔を見合わせた。

「掃除は前の学年の子達がやってってくれたけど、休みの間に埃になってるから。机と
椅子だけぱぱっと拭いちゃってね」
「オレはともかく、あかりは隣のクラスっすよ」
「まあいいじゃない、顔見知りなんでしょ? 同じ中学?」
「そうです、けど」

 おずおずとあかりが答える。妙なノリの先生に捉まったなぁ。

「あ、そうなんだ。まあこれも何かの縁だし、何かあったら気軽に相談してね。うちの
学校の先生方は20代の人がほとんどだから気楽に話せると思うし。
 あ、美術選択なら私が担任だからよろしくね。
 えーと……んじゃ、私はちょっと外すから。時間になったら体育館へ来てね。入学式
から遅刻すんじゃないわよ」

 一方的に言うだけ言うと先生は小走りに出ていってしまった。雑巾を手に唖然とする
オレ達。

「なんなんだ、あれは」
「おもしろい先生だね、退屈しないで済みそう。んじゃ掃除しよ? 浩之ちゃん」
「ったく、初日から厄日だぜ」

 しかたないので文句をいいつつクイック雑巾がけ。あかりは丁寧すぎるほどに机と椅
子を拭いて廻る。

「ふふっ。こういうのもなんかいいよね」
「どこが」

 ペシッ。

「あうっ」

 オマケで教卓もちょちょいと拭く。45席分の机と椅子を拭き終わる頃には入場時間
をわずかに過ぎていた。

「ふう、こんなもんか。やっべー、入学式始まっちまうぞ」
「え、あ、本当。もうこんな時間だ。せっかく早く来たのにね」
「ったく、しょうがねーなぁ。雑巾はその辺置いとけ、後でオレが片付けとくから。よし、
走るぞあかり!」
「あう、ま、まってよ浩之ちゃん!」

 これから始まる3年間、時間にやたらと苦労しそうな予感を抱きつつ、オレ達は体育
館へと向かう。
 途中、渡り廊下から見た校庭は咲き乱れる桜の花で鮮やかなピンクに染まっていた。

 毎年どこででも見る、ありふれたソメイヨシノ。

 だが、ここにある桜はどこよりも鮮やかな色をしている気がした。

- fin -