『セリオ V2』  投稿者:霞タカシ


『セリオ V2』

『──というわけで、バージョンアップなんです。浩之さん』

 朝っぱらから不吉な電話だ。マルチに続いて今度はセリオが、バージョンアップした
から見て欲しいと電話を掛けてきた。
 ついこの前、長瀬のおっさんが悪趣味ないたずらを仕掛けてきたのを思い出す。あれ
以来、あかりの奴は街に溢れるスケルトン物を見るたび破壊衝動に駆られるらしく、押
さえるのに一苦労だ。
 まさかとは思うが、セリオまで……。

『──何か御心配でもおありですか? 浩之さん』
「……マルチみてぇな悪趣味な奴じゃないんだろうな」

 低い声で聞いてみる。見てしまってからでは手遅れだ。

『──無論です。私の外見に変化は認められません、浩之さん』
「んじゃ、なにが変わったんだ?」
「──やはり秘密です、浩之さん」

 どうでもいいけど、何でいちいちオレの名を呼ぶ? おかげでオレの頭の中では
 『セリオシナリオハッピーエンド』
 の文字がちらちらしているが、本編にはセリオシナリオがないんで残念だ。
 ……あかりの奴、聞いてねーだろうな。

『──では、1時間後にお邪魔します、浩之さん』

 考え事をしている間に、セリオはそれだけいって電話を一方的に切ってしまった。
 嫌な予感がする。前回、長瀬主任がどう言いくるめたのかマルチを悪趣味に改造したっ
てのに。まだ物足りんというか馬面。逃げるなら今の内だが、来栖川の情報網を持って
すればあっという間に発見されてしまうだろう。
 オレは覚悟を決めてリビングで待機。

 ピポピポピポピポ〜ン

 うたた寝していたオレはマシンガンのようなチャイムに叩き起こされた。時計を見る
と電話があってからきっかり一時間後だ。

「ヤッホー、浩之。元気してた?」

 ドアを開けると、そこにいるのはセリオではなかった。

「なぜ綾香」
「なによ、暇だったから顔見に来てあげたのに。じゃあさ、挨拶代わりに前掃剪腿から
膝関節キめるのと七星天分肘から肘キめるのと、どっちがいい?」
「どっちもいやだ」
「ちぇ。せっかく葵と練習したのに」

 いつのまに中国拳法にまで手を出したんだコイツ。しかも蟷螂拳。

「まあいいか。綾香、お前一人か?」
「へっ? そ、そうだけど」

 んなことで赤くなるなよ。こういうところが綾香の可愛いっつーか、魅力の一つだな。

「ひ・ろ・ゆ・き・ちゃん・? な・に・が・魅・力・な・の・?」
「うわぁ!」

 あかり登場。妙な迫力があるのは神岸家がそろって温泉旅行にいってからだな。なんか
悪いものでも喰ったか?

「いつのまに」
「ついさっき。食材買ってきたから、勝手口からお邪魔したんだよ? 勝手に」

 あかりギャグのあまりの寒さに気温が3度ほど下がった気がした。

「……頼むから心臓に悪い登場の仕方はしないでくれ」
「うん、考えとく」
「あのー、もういいかな」

 いけね。綾香来てたんだっけ、すっかり忘れてら。

「で、あたし一人だとなんか問題ある訳? 二人っきりってのも悪くないわよ?」
「二人っきり……問題……あん☆」

 イケナイ妄想に突入したあかりをひとまず脇によせて、オレは綾香に向き直り、先程の
電話の内容を話そうとした。

「いや、実はな。1時間ほど前にHM研から電話があってな」

 ピクッと綾香の眉が跳ね上がる。

「え、HM研から……」
「ああ、セリオからだった。それで……」
「セリオですって! どこ! どこにいるの!!」
「お、おい? セリオがどうかしたのか、やっぱり?」
「いいから、早く逃げるわよ!」
「逃げるって……うわっ、引っ張るな!」
「わー」

 オレとあかりの襟首掴んで猛然と走り出す綾香。
 毎度不思議なんだがどっからこんなパワーがでるんだろう。

「わー」

 ……緊迫感ないな、あかり。

・
・
・
・
・

 商店街まで一気に走りぬけた……正確には綾香に襟首を掴まれて引きずられてきたオレ
達は、ひとまず手近なヤックに転がり込んだ。

「もっと詰めろ」
「せまいよ、浩之ちゃん」
「しょーがねぇだろ、ここがいいってんだから……」
「ゴメンっ! 一応追われてる身だから」

 珍しく空いている店内にかかわらず、オレ達は出口に程近いながら外からは死角になる
一角にいた。狭いんだこれが。

「んで、セリオがどうとか言ってたな。今度は何やらかしたんだあのおっさんは」
「んくんく……ぷはっ。ふう、やっと一息ついた〜」

 Lサイズコークを一気飲みした綾香、ご満悦のご様子。

「おーい、あ・や・か」
「ん? ああ、ごめんごめん。で、なんだっけ」

 オレとあかりは思わず額に手を当てて、そろってため息をついた。

「あのな、オメーがオレ達をここまで引きずってきたんだろうが。セリオがどうとかって
……」
「! それよ、それ。長瀬の奴が変なことしちゃって」
「長瀬って、セバスチャン? 栗栖川電工の主任?」
「どっちもよ。元々親子だし、あの二人」
「そりゃ初耳だ、道理で似てるわけだ。まあ、それはそれとして。セリオは一体……」
「知ってるかもしれないけどセリオは今、私の専用機なの。それで、長瀬が」
「どっちの?」
「セバスが、『身辺警護にスタンガンだけではヌルイ!』とか言い出して、それを聞きつ
けた長瀬が」
「どっちの?」
「主任」
「悪乗りしたんだな?」

 綾香は返事の代わりに長いため息を一つ。

「で、その悪乗りってのは──」

 どがあああああああああん!

 オレの台詞は突如響いた轟音にかき消された。とっさにあかりの頭を抱え込んでテーブ
ルの影へ押し込む。恐る恐る目を開けてみると、道路側の窓ガラスに斜めの線が入ってい
る。見る間に線に沿って部屋がズレた。そのまま天井側がズルズルと落下して、再び轟音
を響かせた。

「うっそぉ、もう見つかったの? 浩之、逃げるわよ!」
「ちょっと待て、これはセリオの仕業なのか?」
「マルチがやったとでもいいたい?」
「滅相もございません、お嬢様」
「早くいくわよ」

 外へ出てみると、2階客席の道路側の角がスッパリと切り取られたように無くなってい
た。

「凄いよ、浩之ちゃん。SF映画みたい」
「のんきなこと言ってるな、一歩間違えば死んでるぞ」
「だいじょうぶだよ、ギャグSSだから」

 そういう問題?

「おい綾香! どこをどうすりゃセリオがこんな真似でき……あれ?」
「綾香さんいないよ?」

 あかりの指差す先。推定150m先を疾走していく影があった、多分綾香だろう。素早いな。

「さすが格闘女王、たいした瞬発力だ」
「──はい、称賛に値します、浩之さん」
「はい? ……ってせ、せりお……」
「──台詞が一部ひらがなです、浩之さん」

 舞い上がる土埃の中、いつものように無表情なセリオがすぐ横に立って、同じように駆
け去ってゆく綾香を見つめていた。

「あー、その、なんだ」
「──なんでしょう?」
「オレん処に用があったんじゃないのか?」
「──そうでした。バージョンアップなのです、浩之さん」
「その結果がこれか?」

 オレは振り向いて半壊したヤックを見る。いい迷惑だなぁ。

「──ご不満ですか……」

 ちょっと俯き加減でやや顔を背けつつ上目使いでこっちを見る。それずるいぞ、セリオ。

「ひろゆきちゃん……」
「痛ぇ!」

 セリオの反対側にいたあかりが思い切り尻をつねった。おお、焼いてる焼いてる。

「そ、それはともかくだな、何で綾香の奴を追っかけてるんだ?」
「──いつもの練習中に真剣勝負、を望まれましたので私の全機能を使って対応中です、
浩之さん」

 全力ねぇ……やり過ぎっていわんかこれは。

「話戻すけどよ、バージョンアップの正体はなんだ?」
「──これです、浩之さん」

 セリオはシャツの右袖をまくってみせた。くるりと廻りながら飛び出してきたそれは、
逆三角の蒼い宝石を中央に抱いた小さいブーメランのように見えた。

「──エクサイマ高出力レーザ、です。レーザポンピングに化学反応剤を使用しており、
本体バッテリを消費せずに大出力を得ることが可能です、浩之さん」

 何だかよく解らないが凄いらしい。威力のほどは見ての通りって訳か。

「――このように……」
「わ、待て待て! こっち向けるな!」

 蒼い部分に光が集まる。

「――撃ちます」

 セリオ、目からビーム。遥か彼方に爆炎が上がる。微かに綾香の悲鳴が聞こえたような
気がした。
 にしても、右腕のそれってタダの飾りかい。

「…………」
「──では、浩之さんに装備をお見せする、という目的を果たしましたので。綾香様の特
訓に戻りたいと思います」
「お、おう……」

 セリオはふと空を見上げて動きを止める。サテライトサービスを稼働しているようだ。
それもほんの数秒のことで、何事もなかったように歩き始める。

「SFだよ、やっぱり」
「オレにはバイオレンスに見える」

「──浩之さん」

 セリオは思い出したように立ち止まるとゆっくりと振り向いた。

「──月は出ていますか?」



 終わってしまえ。


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>久々野 彰さま
コメントありがとうございました。

オイラには狙ったギャグは無理っぽいです。ダメだ、ダメなんだぁ……。

今は「痕」の千鶴さんEND後のシリアス物とオリジナル2作をのんびり書いてます。
これらはWebサイトにSSコーナーを作ってそちらで細々と続けていく予定ナリ。
url http://www.venus.dti.ne.jp/~lynx-tm/
(↑1999-09-25現在、ほぼ100%ガレージキット専門サイトです)