バージョンアップファイト! 投稿者:霞タカシ
 休日の午後早く。

 あかり手作りの朝昼兼食をとったオレは、やることも無いので午睡をむさぼろうと居間
のソファでごろごろしていた。
 なんだかんだと忙しかった時期も過ぎ、期末テストも終わった今となっては早いとこ夏
休みに入って欲しいと願うばかりだ。
「くっ……ふぁぁぁぁぁぁぁ……」
「もう、浩之ちゃんてば。寝てばかりいると太っちゃうよ」
「あん、へーきだよ。喰っても太らねぇ体質なんだ」
「……羨ましいな。片付け、しとくね」
「おう、悪ぃな」
 因みにあかりエンド後なので休みというと大抵あかりと二人で過ごしている。今ではあ
かりが家にいることが普通になりはじめていた。
 オレは妙な安心感と共に知らず眠り込んでいた。
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 プルルル──

 無遠慮な電子音が響いてオレは飛び起きた。時計を見ると二時ちょっと前。あかりはい
ない。後片付けをすませたら一度家に戻る、と言っていたな、と思い出しつつ、オレは玄
関へ向かった。
 そろそろ配線工事してもらって居間と2階に電話機を置きたいところだ。
「はいはい、今出ますよっと」
「もしもし?」
『……で……すぅ……あ』
「?」
 電話の向こうは事務所か何からしく何やらガヤ付いてる。勧誘なんかだとありがちなパ
ターンだな。
「勧誘ならお断りだ。切るぞ」
『あー、ままま、まってくださいぃぃいぃ切らないで〜』
 聞き覚えのある女の子の声。
「え? この声……もしかしてマルチか!?」
『はいっ! お久しぶりですぅ』
 そっか、廃棄だなんて聞いてたからどうなったかと思ったけど、元気そーじゃねーか。
『浩之さん、浩之さん! わたし、あたらしくなったんです! ばーじょんあっぷなんで
す!』
 興奮ぎみに話すマルチ。つーか、なんか嬉しいことがあるといつもこんな感じだな、コ
イツ。
「おいおい、久しぶりなんだから、少し落ち着いてしゃべってくれよ」
『えっと、流行なんです! 最新なんですぅ!』
「わかったわかった。で、なにがどうなったんだ?」
 マルチ大喜び。長瀬のおっさん、なにやったんだ。
「最新てアレか、サテライトシステム付けてもらったとか」
 マルチの耳カバーはほぼ飾りだからな。アンテナくらい入るだろうし。
『はいっ! 秘密です! それでですね、これからお邪魔してもいいですか?』
「なんだ、直に見せてくれるのか? どーせ暇だから、いいぜ」
『はいっ! それでは超特急でお邪魔しに行きますぅ』
 超特急か。方向音痴も少しは治ったのか、なら30分もすれば……。

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 甘かった。
 1時間経ってもマルチは現れず、例によって泣きながら鼻声で電話してきた。
「わかったから泣くな。いいかそこ動くなよ」
『は、はい〜(ごつっ)』
 あ、頭ぶつけてら。変わってねーな。
 オレは苦笑いを噛み締めながら駅前へと向かう。
 途中、あかりをひっぱり出して事情を説明すると、
「マルチちゃんにまた会えるんだね、嬉しいよ」
 と手放しで喜んだ。割と単純な奴。
 念のため言っとくが、あかりエンド後なのでマルチとの間には何も無いぞ。
「どうしたの? 浩之ちゃん。急に恐い顔して」
「あ、いや。説明をな」
「?」

 駅前に着くと、電話ボックスの廻りを所在無げにふらふらしている小柄な姿が目に入っ
た。
「おーい、マルチ!」
 ビクッ、と脅えたように小さな影がゆっくりと振り向く。
 強い日差しで顔に落ちた影は濃い。おかげで表情はよくわからないがあのマルチにちが
いないだろう。
「え、あ、あ、あ」
 オレとあかりは苦笑しながら同時にうなずいた。
「ひ、浩之さん! あかりさん!」
 マルチはオレ達に向かってまっすぐ駆けてきた。途中、何人かにタックルを仕掛けてし
まい、その都度、
「あうっ、す、すみませぇん」
 とぺこぺこ謝りながら。
 しかし、体当たり食らった人がその場で凍り付いたり、泡喰って逃げてるのはなんだ?
「はあ、ふう、ひ、ひひひ浩之さぁん」
 なんか顔色悪いな。
 そのまま抱きついてきてグシグシ泣き始めちまった。
「逢いたかったですぅ! う、うえ〜ん」
「マルチ……」
 オレはしがみついて泣きじゃくるマルチの頭を撫でてやった。
「マルチちゃん、泣かないの。ほら、こっちむ……いて…………」
 ハンカチをとり出したあかりはオレの傍らでしゃがみ込む。母親みたいだな、とかほの
ぼのしながら眺めていたら、その姿勢のままひっくり返った。
 あ、泡吹いてる。
「あ、あかりさん!? どうなさったんですかぁ!」
 マルチがあかりの肩をゆすっている。
「……いきなりなんだ? おいマルチ、ちょいとどいてくれ」
「あ、は、はい」

 振り向いたマルチ、顔の色がボンダイブルー。

 当然のようにシースルー。トランスルーセントとか言う奴だ。構造材やらアクチュエー
タやらが透けてるぞ、おい。
 あ、歯ぐきがリアル。
 まぶただけ肌色ってのがお約束なのか、こういうのって。

 しばし絶句――。

「…………」
「? 浩之さん?」
「…………」
「えっと……」
「…………」
「もしもし?」
「…………」
「あの〜」
「!!!!!」
 オレはあかりの手からハンカチをもぎ取って、マルチの顔に巻き付けた。
 目だけ出して鼻と口を覆ったので妙に怪しくなったがしかたない。
「もがががが。い、息が詰まるですぅ」
「うそつけ」
「夏向きの冷却用に……はふう……ガス交換頻度とか……いうのを増やしてるそうですの
で……」
 マジで苦しそうだ。マルチまでひっくり返る前に、とにかく衆目から遠ざけねば。
 オレは殺虫剤を浴びた虫のポーズで固まっているあかりと、じたばたするマルチを両脇
に抱えて猛スピードで手近な電話ボックスへ飛び込んだ。
 壊れんばかりの勢いでボタンを押す、つーか叩く。無論、あのおっさんのとこだ。

 プルルル──

「やあ、藤田君。気に入ってくれたかな」
「…………」
「そうかそうか、言葉にも出ないかぁ。あっはははっは」
 ぴきっ。
「ま、ここんとこ暑かったし、涼しげな方が良かろうと」
「……長瀬さん……」
「なんだね」
「いっぺん死にさらせ、馬面オヤジ!」
 がちゃん。

 ふー。少しは気が晴れた。さて、コイツらを何とかしないと──

「ふえええ、も、もうだめぇですぅ……」
「え、あ、おい! もう少し我慢――」

 ぷっしゅうーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
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 マルチがオーバーヒートした。身体のあちこちから吹き出した蒸気が電話ボックスの中
に充満。案外根性なし。
「ぶわああちちちちちちち」
 いやあ、炎天下のサウナは堪えるな──

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・

 電話ボックスで蒸されてから1週間。
 オレはまたもマルチに呼び出されていた。この間の件でおわびをしたいという。
 夕暮れの公園。
 真っ赤に染まった雲が、明日も焼けるような暑さだろうことを想像させる。
「待たせたな──」
「あ、浩之さん!」
 長い影を引くマルチがゆっくり振り返る。
「……コレならいいですよねぇ」

 マルチ、顔がタンジェリン。もちろんトランスルーセント。


 オレ即死。

- fin -


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 やってしまった(笑)
 はじめまして、霞タカシと申します。普段はガレージキットフィギュアなど作っている
のですが、SSは以前からオリジナル中心にすこしづつ書き溜めていました。友人に勧め
られての初投稿です。
 なんだかこういう文体はなじみがなくて、読み返すとヘロヘロな感じなのですがそれな
りにまとまってはいる……のかなぁ(苦笑)。どうも余計な説明を入れたがる癖があるよう
です、私。おまけに同ネタ多数のような気もしますが開き直ってます(ぉぃ
 では、諸先達方々にはお目汚しかもしれませんがよろしくお願いします。
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