鬼神異伝5<回り始めた非現実> ・ 正しく生きるということのなんと難しきことか ・ 1、 登校日である今日は、くだらない校長のありがたくもない話と、二学期から着任する教 育実習生の紹介で終わった。 「ねね、あかり。カッコ良かったわねえ、柏木先生 」 「うっ、うん」 あかりは俺に気でも遣っているのか、歯切れが悪い。最も今の始まった事ではないが。 帰り道の下り坂は、人がまばらで俺達以外に下校中の生徒をあまり見掛けない。 「へへーーん。どうヒロ、志保ちゃんニュースに間違いはないのよ! 」 「くっ、志保のくせになまいきな……」 「負け犬のとうぼえね。 さーてと、ヒロにはおごってもらうわよお! 」 「ちっ……わかったよ、ヤックでいいな? 」 「まあそこで手を打つとしますか。 あかりと雅史もくるでしょ? 」 あかりと雅史もOKし、ヤックへ向かう。 ここからヤックへ行くには公園を通ったほうが近道なので、それに倣うことにした。 公園の中には誰もいなかった。 真夏の正午だというのに不気味な空気が漂っていた。 俺は公園に入るのを、躊躇う。 朝の件を思い出した事もある。 もしかしたらあの殺気 の持ち主が、ここにいるのかもしれない……。不安が加速的に増大する。 「ちょっと、何立ち止まってんのよ! ヒロ! 行けないじゃない! 」 俺が入口で立ち止まったせいで、三人は俺の後ろで足止めをくらう。 志保は後ろから抗議の声をあげる。あかりと雅史も不思議そうな顔をして俺を見ていた。 「なあ、公園からいかないでさ、ちょっと遠回りしていかねーか? 天気もいいんだしよ」 「はあ? 何言ってんのよ、 さっさと行くわよ。ほらソコどいて」 「あっ、バカ! 入るな! 」 志保は俺の横をすり抜け、公園に入った。 (エモノガカカッタ! ) その瞬間、頭の中にそんな声を響く! そして一気に周囲にたちこめる殺気。 志保と俺……そしてあかりと雅史をも巻き込んで、世界が暗転した。 2、 柏木耕一は三階に位置する生徒資料室にいた。 無論、藤田浩之という生徒を調べるためである。 名前はすぐにわかった。 どうやらいい意味でも悪い意味でも、トラブルメーカーらしい。 そんな彼を好意的に考える先生もいれば、逆の先生もいる。 昔の俺を見ているみたいだな、と耕一は苦笑しながらファイルをめくっていく。 「藤田浩之、17歳、成績は中の下、両親と別居中……藤田、藤田ねえ、どっかで聞いた 事があるような……」 さして珍しい名前ではない。 もしかしたら勘違いかもしれない。 しかし耕一は記憶のど こかにこの名前が引っかかるのを感じていた。 「だめだ! 思い出せん! どっかで聞いた事があるんだけどなあ……」 そうつぶやいた時、後ろから声を掛けられる。 「耕一さん、何をやっているんです? 」 「うわおおおおおおおって、楓ちゃんか。 びっくりしたよ 」 楓は私服のまま、学校に来ていた。白いワンピースが眩しい。 「楓ちゃんが言ってた子について調べてたんだよ。 見るかい? 」 「……はい……藤田、浩之……?」 渡されたファイルを見ながら楓はつぶやく。 「そう、どっかで聞いた事があるんだけど……」 楓はあごに右手を持ってきて、黙り込み、そして言った。 「耕一さん……私、この人の事知ってます」 「えっ? 」 「伯父様が……!」 突然、楓が表情を変える。 窓に近づき、遠くの一点を凝視した。 「耕一さん……鬼が出ました……」 「なんだって! 」 耕一も窓に駆け寄り、楓の見つめる先を見やる。そこは木々であふれる場所、公園であっ た。 しかしエルクゥ独特の激しい殺気はまったく感じられない。 「なにも感じないけど……本当に? 」 「います……どうやらあの鬼は『禁猟区』を創れるみたいですね」 「『禁猟区』? なんだいそれは? 」 「後で説明します! 急ぎましょう! 」 楓は瞬時に鬼の力を解放し、窓から飛び出す。 「ちょっと待ってくれ! 楓ちゃん! 」 耕一も後を追うように窓から飛び出す。 耕一は内心驚いていた。 楓がここまで取り乱した事など見た事なかったからだ。 (浩之君……か? ) 耕一はそう推測する。 デパートで浩之と出会ってから楓は妙にそわそわしていたような 振る舞いをしていた。今回の鬼の件で浩之という少年の事を調べよう、と言ったのは楓だ った。 彼女らしからぬ、積極的行動。良い傾向だと、耕一は思う。次郎衛門ではなく、 別の誰かに惹かれている彼女を。 (どうしたんだろう、私? ) 楓は自分でも分からぬまま疾走していた。 彼女自身、自分がこんなに焦っていることに 驚いていたのだ。 何故、焦るのか? そんな事はわからない。 しかしここ最近自分が抱 えていた想い、それが自分を走らせている事だけは理解できた。 (浩之さん……待っていてください! ) 3. 禁猟区、……狩猟者タルモノガ自ラノエモノヲ逃ガサヌタメニ創ル一種ノ位相空間。 そんな声が頭に響く。 心臓が信じられない程、激しく鼓動しする。 俺たちは息を呑んでいた。 目の前にいるもの。 それはバケモノ……としか言いようがなかったからだ。 額には二本の角。 その体躯は浩之の優に三倍はある。 巨大な、爪。 (俺の……夢に出てきたバケモノと同じ!? そんなバカな! ) 先ほどまでとは違い公園は真夜中の如く真っ暗で、血と死の匂いに満ちていた。 志保が持ち前の好奇心で辺りを見回す。 「なに、コレ……? うっ! 」 「どうしたの、志保……!! 」 「あかり、見るな! 」 志保と雅史が何を見たか、察した俺は即座にあかりの目を塞いだ。 そこにはまるでモズの生え贄のように、枝の先に絶命している人がいた。 中には腸が、目が、骨がはみ出したものもあり、グロテスクなオブジェと化している。 志保は口を覆い、雅史もまた目を背けた。 そして俺達を見つめるバケモノ……は口を裂けんばかりに開き舌なめずりする。 「グルウウウウウウアアアアアア!!! 」 咆哮、そして俺達に向けて飛び掛かる!! 数十メートルはある彼我の距離を一瞬でそのバケモノは詰めた。 振り下ろされる、爪。 俺は反射的に、硬直して動けない雅史と志保を右手に蹴飛ばし、自身もあかりを抱きかか えて跳ぶ。 ドガシャアアアアアッ!!! まるで豆腐のようにバケモノはコンクリートをた易く破壊する。 巻き起こる衝撃。その衝撃に後押しされ、四人ともかなり遠くへ飛ばされた。 俺はあかりを庇いながら慎重に受け身をとる。 「痛たたた! ヒロ、アンタ志保ちゃんヒップに何て事すんのよ! 」 いつのまにか毒舌が復活している志保。 多分、強がりなのだろう。 しかしその強がりに 付き合っている余裕はなかった。 「……黙ってろ、志保」 俺はあかりを雅史に預ける。困惑する二人。 「俺がアイツを引き付ける……その間に逃げろ」 「浩之……? 」 「浩之ちゃん? 」 動かない三人。 土煙の中に見える、バケモノの姿。 更に加速する心臓の鼓動。 まるで何かの目覚めを促す早鐘のように。 どくん、どくん、どくんどくんどくんどくんどくんどくんどくんどくんどくんどくんどく んどくん!!!! 「いいから行けええええ!!! 」 そのタイミングを計ったかの如く、バケモノは土煙から飛び出す。 俺はそれを向かい撃つかの如く、駆け出した。 4. 「これは……!」 「分かりますか、耕一さん? 」 耕一と楓は公園の入口前に到着していた。一般人には普通の公園に見えるだろう。 しかし鬼の力を以って鋭敏化した知覚が、空間的異常を二人に教えていた。 淡く輝く、『壁』。 「『禁猟区』とは狩猟者たるエルクゥがエモノを追いつめる時に張り巡らす、閉じた空間 ……。 言わば、狩り場です。この力場内には他のエルクゥが干渉できないため、そう呼 ばれます」 「それじゃあ、この中で誰かが襲われてるっていうのか? 楓ちゃん 」 「はい」 楓は無造作に『壁』に近寄り、そして言う。 「この『壁』をこじ開けます。 『穴』はおそらく数秒しか持ちませんから、合図をした らすぐに私を抱えて飛び込んで下さい」 「わかった」 楓はすうっと肺に新鮮な空気を吸いこみ、前世の記憶から受け継ぐ呪を唱えた。 5、 「がはあ! 」 浩之は木に撃ちつけられる。 放り投げられた……。そう知ったのは口からの赤い血を見た時だった。 力の差は歴然としていた。バケモノは浩之という玩具で遊んでいる。 そうでなければ、こんなに浩之をなぶることはないだろう。 (あばらが2,3本イカレたか……背骨もやべえ) 頚骨が無事だったのは不幸中の幸いだった。 (いや、不幸かもな) 浩之はもはや霞みだした視界の中、バケモノの姿を認める。 「カハアアアッ」 遊ビハ、終ワリダ そう言ってるように見えた。あながち、間違いではないだろう。 バケモノはコンクリー トをも、た易く引き裂く爪を振りかぶる。 (時間は稼げたのか……アイツらうまく逃げられたのか……) 正直、自分がどれほど時間を稼げたのか、浩之にはわからなかった。 このバケモノと相対した時間を無限にも、あるいは一瞬にも浩之には感じられた。 身体はもう言う事を聞かない。 足は膝を潰され、立つ事すらできない。 振り下ろされる爪がやけにスローモーションに見えた。 (ろくな死に方はしないと思ったけど……まさかバケモノに殺されるとはなあ) 迫り来る、凶器と狂気。 (あばよ……あかり……) その瞬間浩之の視界に、真っ白な光を背負った真紅の華が咲いた。 6、 「これは……!? 」 「……!」 楓を抱えた耕一が、『禁猟区』の中で見たものは、階段でへたり込んでいる女生徒と男子 生徒。 ボロボロの浩之と鬼。 そしてその鬼に貫かれている、女生徒。 「あかりいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!! 」 階段でへたり込んでいる女生徒……志保は絶叫した。 7、 浩之の心は凍結していた。故に志保の絶叫も、耕一と楓の出現にも気づかない。 目の前に咲いた真紅の華、それがあかりものだと認めるのにひどく時間がかかった。 セーラー服に広がる血の染み。 バケモノの爪はあの悪夢と同じように、あかりの心臓を 貫き、俺の目の前で止まっていた。 爪を伝い、流れる血。 ずるうっと爪が引き抜かれ、あかりの身体は俺の方に倒れこんだ。 俺は力を振り絞って、声を出す。蚊のなくような声だったが。 「あか……り……どうして……? 」 あかりは答えない。 ただ微笑んで、 そして、 目を、 閉じた。 浩之の、心の中の何かが堰を切って溢れ出す。 それはずっと浩之の中に棲んでいたものだった。 「うわああああああああああああああああああああああああああああああああああ あ!! 」 その声に応えるように、大地が激震した。 ・ ・ ・ 第六話、「鬼を越えるモノ(仮)」に続く 後書座談会 琴音「座談会は私、姫川琴音と、」 葵「松原葵が務めさせて頂きます! それにしてもこのSS、どうなっちゃうんでしょ う?」 琴音「さあ? このままいくと、次か、その次で第一部完結らしいですよ」 葵「私、出てない……シクシク」 琴音「松原さんはまだいいよ、私なんて一文字も……しくしく」 芹香、登場。二人になでなでマジック。 葵「……芹香先輩? 」 琴音「……来栖川先輩? 」 芹香「……」 葵「えっ、『そう落ち込まないで下さい 』? 」 琴音「『第二部に期待しましょう』……ですか? 」 芹香「……(こくこく)」 葵「そうですよね! 希望は捨てちゃあいけませんよね! 私頑張ります! 」 琴音「私も! ……それではそろそろお開きですね、皆様、またお会いしましょう! 」 葵「さよ〜〜な〜〜ら〜〜〜〜!!」 芹香「……(ひらひら)」 芹香、ハンカチを振って、退場。 >くま様、セリオ三部作はよかったです。セリオらぶらぶな私は、ほろりと涙が。 今、セリオと浩之がコンビ組んでの刑事モノを「にわか書店」に投稿中です。 よかったら見て下さいませ。 >AE様、神岸家の秘密、面白かったです。 あかりの母さん、強ひ! 千鶴さんでもかな ないのでは? >Arm様、What‘s マルチュウ?は傑作です。四天王は誰? 教えて?