鬼神異伝4 投稿者:神風
鬼神異伝4 硝子(ガラス)

あなたが生のなかに死を求めるのなら、あなたを過去へと導きましょう。
あなたが死のなかに生を求めるのなら、あなたを未来へと導きましょう。

「ふああ」
 坂道を登りながら、盛大に大あくびする浩之。
「大丈夫、浩之ちゃん? 」
 隣を歩くあかりが心配げに浩之を見上げる。
「ああ、寝不足なだけだ。 心配すんな。 」
「そう、ならいいんだけど……」
 えらく不安げにあかりはうつむき、そして言う。
「浩之ちゃん、最近、夢見が悪いって言ってたじゃない。 だから……」
 そうなのだ。浩之が最近見る夢はすべて、あかりを浩之自身が殺してしまう夢ばかりな
のである。 そして異形と化した自分。 ここまで同じ夢が続くと、さすがの浩之も正夢な
のかと疑ってしまいそうになる。
しかし、もしかしたら、欲求不満やらストレスやらが溜まっているだけかもしれない。 な
らば、いっその事打ち明けてしまえば、あんな夢を見る事もなくなるかもしれないと思う
……どうせ、夢なのだから。
「なあ、あかり……」
「うん、何? 」
「もしも、もしもだぜ。 事故かなんかで俺がさ……お前を殺しちまう事になったら……
お前はどう思う? 」
 あかりはきょとんとした表情で、浩之を見つめ返し、そして微笑んで、
「ねえ、浩之ちゃん、私はね……」
あかりの、その聖母のような微笑みにドキッとする浩之。
「浩之ちゃんなら殺されてもいいよ……大好きだもん」
「あかり……? 」
目と目が合う。永遠の沈黙かと思われたそれは、ある少女によって破られた。
「およよっとお! あいかわらず熱いねえ、ご両人!! 」
「おはよ。浩之、あかりちゃん」
浩之が振り返ると、志保と雅史の姿があった。
「出やがったな……万年デマ垂れ流し女……」
「なによお! ヒロ、訂正なさい。すっごいニュースがあるんだから! 」
そのセリフを言うと志保はない胸を反り返らせ、ふふん、と息巻く。
志保のセリフに反応したのは、面倒見のいいあかりと雅史だった。
「なんなの、志保? 」
「僕も聞きたいな、ね、浩之? 」
浩之は憮然とした顔で反論しようとしたが、雅史とあかりの「ね、付き合ってあげようよ
」というアイコンタクトに渋々承諾する。
「ふふん、まあ、あかりと雅史に免じて、特別にヒロにも教えてあげる。なんと、今日ウ
チの高校に教育実習生が来るらしいのよお! どう、 驚いたでしょ? 」
「別に」
「どんな人なのかな、雅史ちゃん?」
「さあ? どんな人なのさ、志保?」
「ちょっっっっとおおおお!! ヒロ! あんた付き合い悪いわよ! 少しはあかりや雅史
みたいな反応しなさいよ! 」
浩之はボリボリと頭を掻きながら、くってかかる志保に、
「別にどーでもいいじゃねえかよ。 それに来るって言っても、新学期からかじゃねえの
か? 登校日(今日)みてーな中途半端な日に来るとは思えねえけどな」
「うっ!! 」
どうやら、そこら辺の裏付けは取れてないらしい。大方、実習生が来るという情報のみで
動いていたのだろう。 おそらく志保のニュースにデマが多いのはこういう所からきてい
るのだろう。(大体時期はずれだし)
「ねえ、志保。 他になにかニュースはないの? 」
意気消沈した志保に助け船を出すあかり。
「えっ、う〜ん、そうねえ……あっ、あったわ! ビックニュースが! そうよ! てっき
り忘れていたわ! 」
「また、くだらねえニュースだろ……?」
「違うわよ、ヒロも知ってるでしょ? 神隠し、あれで私たちの高校からついに被害者が
出たらしいのよ! 」
最近テレビを騒がせている連続殺人事件、まさしくその名の通りの事件である。初めてこ
の事件が起こったのは五日前、高層ビル街で若い大学生数人の死体が発見されたことだ。
警察の鑑識によれば、熊か虎のような猛獣が暴れ回ったとしか思えない惨状だったという。
そしてそれと前後して若い女性が神隠しに遭うという事件も起こった。しかも、消えた被
害者は皆、十代後半から二十代前半の女性……。警察ではこの二つの事件は同一犯による
ものではないかと断定しているそうだが……。
浩之とて知らないわけがない。だから夜遅くあかりが家に帰る時は必ず送っている。たと
えどんなに近くとも。だから、真顔になって反応した。
「ほんとかよ、誰が?」
「確か一年の朝比奈さん。 部活の帰りに神隠しにあったらしいのよ。今も警察やら家族
やらが必死に探しているらしいけど……影も形もないらしいわ」
「ふーん。……何時頃だよ? 」
「確か七時ごろ……しかも一昨日なのよ? ……多分今も犯人はこの近くに……」
「ちょっと、志保。止めてよ」
あかりが本気になって怖がりはじめたのを見て、志保は、
「あっは、冗談よ。いくらなんでもここら辺にいるわけないじゃない? あんたも心配性
ねえ、お昼の推理サスペンスじゃあるまいし」
「あ、やべ!東鳩クラシックの予約録画、忘れてた! 」
東鳩クラシックというのは、最近浩之がはまっている推理サスペンスドラマで、ある探偵
が怪奇事件に遭遇し、幼なじみやメイドロボに支えられながら事件を解決していくという
浩之的ヒットドラマである。
「俺、ちょっと録画予約してくる! 先行っててくれ 」
「ちょっとヒロ! 遅れるわよ! 」
「そうだよ、浩之ちゃん。 後十八分しか……」
既に浩之は坂を猛スピードで駆け下りていて、あかりの忠告など聞こえやしなかった。
……十分後、浩之は息を弾ませながら公園を歩いていた。なんとか録画予約はしたものの
既に体力を使い果たしていたのだ。
(やべえ、このままじゃ遅刻しちまう……)
そう思うのだが、身体が、とりわけ足が言う事を聞いてくれない。
そう言えば最近葵ちゃんのエクストリーム部にも行っていない。
なまってんのかな……と浩之は思いながら、歩く。
そんな時、悪寒を感じた。
「……!」
殺気、そう言えばいいのだろうか。喩えるなら葵ちゃんと試合形式の練習の時、技の読み
合いをする時の緊張感と受ける威圧感を数千倍にしたような感じ。
子供の頃、野犬の群れに囲まれた記憶が蘇る。後ろには、震えるあかりと雅史が浩之の
服の端を握って、泣きじゃくっていた。
(野犬……? 違う! もっとヤバイものだ!!! )
何かが、浩之を見つめているのだ。 獣が獲物に狙いを定めるように。浩之を。
殺気がどんどん膨れ上がる。 浩之はどこが殺気の源なのか周囲を見渡すが、まったく分
からない。まるで公園中に淀んで溜まっていくかの如く、殺気で周囲が包まれる。
しかし、殺気は突然しぼみ、消える。
「……」
ペタンと情けなくも浩之はその場に座り込んでしまった。
「なっ……なんだったんだ」
玉のような汗が頬を伝い、ワイシャツがぐっしょりと濡れているのがわかる。
「……大丈夫ですか……?」
そんな俺に誰かが声を掛ける。 聞き覚えのある声。風に乗って消えてしまいそうな、そ
んな声。知っている、この声の持ち主の名は……。
「かっ、楓ちゃん……?」
「……また、会いましたね」 
彼女はかすかに微笑み、こちらに手を伸ばす。
浩之はそれに掴まり、身体を立たせた。 お尻についた砂を払い、楓に謝罪する。
「わりい、情けねえな、俺」
楓はきょとんとして、その後、浩之の言わんとした事を察した。
「……仕方ないです。 気にしないで下さい、……それより遅れますよ?」
「えっ!? えーと……やべえ! もうこんな時間かよ!」
浩之の腕時計は残りジャスト三分を示していた。
浩之は駆け出し、そして公園の出口辺りで振り返った。
楓と浩之の目が合う。
そして浩之は、
「その、何ていうかわからねえけどさ……」
「?」
楓はじっと浩之の挙動を見守る。
何が仕方ないのか、と浩之は疑問に思う。しかし訳の分からないあの殺気から自分を救っ
てくれたのは彼女だということは、なんとなく理解できた。
「サンキュな、楓ちゃん! 」
そう言って浩之は走り出す。だから浩之は知らない。楓の頬に赤みが差したのを。
そして、浩之の姿が見えなくなった時、楓はつぶやいた。
「もう、出てきてもいいですよ、耕一さんに姉さんたち」
すると、鬱蒼とした木々の後ろから三人が出てきた。
無論、梓、千鶴、耕一の三人である。
「あはははははは、いや、別に立ち聞きした訳じゃなくてね、そのう、つまり、鬼の気配
を感じたから、ねえ、耕一、千鶴姉? 」
「そっ、そうなのよ。 別にマンションからつけてきたわけじゃないわ、ねえ耕一さん? 」
「そう! その通りだよ。 断じて盗み聞きなんて……あっはははははは」
自爆していく三人を見て楓はふうとため息をつく。
そんな楓を見て千鶴は真剣な表情に戻り、
「今のが楓の言ってた子ね? 」
「…… 」
こくんと楓は肯く。
「でもさあ、鬼の気なんてこれっぽっちも感じなかったし……。 なにかの間違いじゃな
いの? 私としては、あいつより今の鬼をどうにかしたほうがいいと思うけど? 」
梓は頬を掻きながらそう言う。
「まあ、確かに。 今のが最近の連続殺人犯だろうし……あの鬼をどうにかした後からで
も遅くはないとは思うけど……」
耕一は慣れない背広のネクタイを整え、言った。
「彼にも目を光らせておきますか。 一応、俺の生徒になるわけだし」
「よろしくお願いしますね、耕一さん。……ところであなた達はどうするの? 」
「私は初音といっしょに街をぶらつくつもりだけど……梓姉、どっか行くの? 」
「お爺様の親友だった方の所にね、ご挨拶しに行くの。 来る? 」
「やめとく……かたっ苦しい事やだもん。楓はどうするの? 」
「しばらくここにいます」
「そっか。 じゃあ俺もそろそろ行きます。 実習生とはいえ着任そうそう遅刻はヤバイで
すし 」
しゅんっ。
その瞬間、耕一の姿が掻き消える。跳躍したのだ。もっとも、<変化>が起きるほど力を
解放してはいないが。常人では見極められないスピードで、耕一は瓦を蹴り、電柱を蹴っ
て、学校へ向かう。
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第五話<回り始めた非現実>に続く
ようやく第五話……。キャラが勝手に動きまくってまるで進まねえでやんの。
本当なら、ここが第一部の山場になるはずだったんですがねえ。
急ぎすぎては読む人がついてきてくれないと思い、断念。
わかる人には一発でわかる「東鳩クラシック」は睦月周様が書かれるSSが元ネタです。
勝手に使って申し訳ございません。とっても面白いので皆様も読んでみては?
りーふ図書館の「夏夜の子守り歌」というSSがこれに当たり、周様のHPには更に多く
のSSがございます。ぜひ行きましょう!(えらく丁寧だな、俺)
それでは、第五話でお会いしましょう! 次は何とあかりちゃんが……。
タイトル:鬼神異伝4
コメント:楓、浩之と二度目の出会い。浩之に惹かれる楓だが……。
ジャンル:シリアス・THと痕・浩之