あなたにあえて その13 投稿者:グンヤ
「本日をもちまして、春休みの強化練習を終了いたします」 
 ここで相馬ちょっと間を置き、 
「というわけで、剣道部、空手部合同バーベキュー大会いいいいいいい!!」
 うおおおおおおおおおおおおおおおおお!!
 みんな盛り上がっている。毎年恒例となっているこの行事。部員一同この日が来る
のをどれほど待ち望んだか。地獄の日々がようやく終わったのだ。もっとも学校がす
ぐ始まるけど…。なんで空手部合同かというと剣道部員の数が少ないため一緒にやろ
うか、と誘ったのが始まりらしい。それ以来何かとこの二つの部はこういった企画を
一緒にやっている。
 それはともかく、
「では、乾杯の前に剣道部マネージャー来栖川芹香さん。何か一言!」
 いきなり相馬は話を振った。芹香はきょとんとしたがしずしずと立ち上がり、
「……………………」
「はい、どうもありがとうございました」
 わあああああああああああああああ!!パチパチパチ……
 ちなみに理解できたのは剣道部の面々だけである。空手部の皆さんは『?』な表情
をしている…。
「おい、坂下。彼女なんていってた?」
「わ、私は何も……」
 
 いったい何処から潜り込んだのかちゃっかり参加している綾香が姉の耳元で囁く。
「姉さんも変わったわねえ。こんな大勢の人前で挨拶できるなんて」
「御立派でしたぞ。お嬢様」 
 やっぱりセバスもいる。芹香さん、ちょっと照れている。

 そんなこんなでバーベキューは始まった。場所は学校の校庭。春の日差しに美しく
咲き誇った桜の花びらが舞っている。
「きれいだなあ」
思わず見とれてしまう相馬。他の連中は風情より食気らしくひたすらがっついている。
「はやく食べないとなくなりますよー」
現実に戻された。振り向くとエプロンをつけた源が呼んでいる。
「まったく」
苦笑しつつも鉄板に向かった。
「おい、それ俺の肉」
「野菜も食え、野菜も!」
「ヤキソバああああ!!」
「あちゃちゃちゃちゃ」
 にぎやかなもんである。
「やっぱ食事は大勢じゃなきゃ。ね、姉さん、あれ?」
 さっきまで隣にいた芹香がいない。いつのまにか相馬のところにいた。
                                      
 鉄板の肉を突っついていると、くいくいと誰かに袖を引っ張られた。
「?」
 芹香である。
「どうかしたか?」
「…………」
「え、何?よく聞こえないんだけど」
「…………」
「え、お願い?ああ、なんだ。わかった」
 そう言うと相馬は芹香の皿を取り、肉と野菜をどっさりといれてあげた。
「取ってほしかったんだな」
 ふるふる。
「え?違う?じゃあ、ってゲン!!俺のヤキソバ少しは取っとけ!!」
「早い者勝ちです。それより来栖川さんと話してたんじゃないんですか?」
「ああ、あれ?」
 芹香はすでにいなかった。

「……」
「姉さ〜ん。たべてる〜?」
「……」
「あれ、どったの?」
「……」
 …別に… 
「…姉さん、すねてない?」
「…………」
 …すねてません…
 グニグニグニ。
「いひゃい、いひゃい。ちょっとなんなのよ〜」 
 芹香さん、本当は『叶えたいお願いありませんか?』と、訊いたのである。今日は
儀式に向いている日である事を思い出したのだ。最近魔術をやってなかったので久し
ぶりにやろうと思い、願いのかなう魔法をやることに決めたのである。で、日頃お世
話になっている相馬のお願いを訊いてみたのだが、どうやらタイミングが悪かったら
しい。もう一度落ち着いてから訊こう、芹香は決めた。

 食事もようやく一段落した。みなゆったりとくつろいでいる。というか、食べ過ぎ
で動けないのが正解だろう。後片付けまでかなり時間はある。芹香は相馬に訊こうと
周りを見たがいない。源もいないから、二人でぶらついているのだろうか?そう思い
ゆっくりと立ち上がる。
「お嬢様、どちらへ?」
「……」
 …散歩です…
「お気をつけて」
 少し歩くとすぐ相馬と源はいた。学校で一番大きな桜の木の下にいた。無言で桜を
見上げている二人。なんとなく入り込むことができなかった。最初に口を開いたのは
相馬だった。
「もうすぐ、俺達三年になるんだな…」
「ええ。…どうしたんです?そんなこと聞くなんて」
「別に…。ただ、はやいなあって」
「ええ…」
「なあゲン。お前、剣道続けるか?」
「何です。そんな突ぜ……」
 芹香からは相馬の表情はわからないが、それを見た源は黙り込んだ。相馬は何を言
いたいのだろう。 
「……俺にはこれしか、剣しかない。これ以外のことは俺からっきし駄目だ。その事
 に後悔はない。だけどお前は……」
 源は黙っている。相馬はかまわず続ける。
「あるんだろ。やりたいことが。夢が。行きたい大学だって。俺にかまうことないぜ」
 黙りこくっていた源がようやく口を開いた。
「……僕は、お前の力になると決めてるんです…」
「まだ、気にしてるのか?これを」
 ぴしゃぴしゃと右肩をたたいた。芹香は目をみはった。だらりと右袖がゆらめいて
いる。
「あれは事故…」
 みなまで源は言わせなかった。
「夢に…見るんですよ。今でも…。この時期になるとね。僕が車で遊びに行きたいな
 んて我侭を言わなければ……」
 それっきり二人は何も言わなくなった。ややあって源がしゃべり出した。
「なんで、急にこんなこと話すんです?」
「……言おう、言おうといつも思っていたことだ。それに、もうすぐ三年だしな」
 二人はそれっきり何も言わず戻っていった。後片付けの時間である。結局芹香は訊
くことができなかった。

 後片付けの間はもう相馬も源もいつも通りだった。芹香は相馬と話す機会はいくら
もあったが、なんとなく訊くのをためらってしまった。今日は魔術は止めよう、する
気も失せてしまった。片付けも終わり解散になった。
「お嬢様方、お車へ」
セバスに促され車に向かう。
「今日はありがとね。ごちそうさまでした」
「やれやれ、一番食べてましたね」
「失礼なこと言うわね。翔さんほどじゃないわ」
「じゃあな、来栖川さん。次に会うのは始業式だな」
「……」
 …はい…
 芹香たちが行こうとすると、不意に相馬が、
「来栖川さん!!」
 呼び止めた。
「……」
「忘れるとこだった」
 不思議そうに相馬を見つめる芹香。
「お願い」
「……」
 聞こえていたのだ。
「三年は、一緒のクラスになれるといいな」
「……」
「かなうかな?駄目かな?」
「……」
 …やってみます…
「そっか。頼むぜ、魔法使い殿」
 相馬がにっこりと笑った。
 芹香はうれしかった。お願いもうれしかったが、自分の声が届いていたことのほう
がずっとうれしかったかもしれない。
 三年になったら自分はなにをするのだろうか。不安も大きい。ただ、いつのまにか
芹香は学校が始まることを心待ちにしている自分に気づいていた。

                   続きます
 ずいぶんとお久しぶりです。すいません。今回で春休み編は終了です。
 いよいよ後半です。それでは。