あなたにあえて その10 投稿者:グンヤ
「どうしたんだ?来栖川さん。今日はいつもと違うような・・・」
「うーん・・・」
 ここは春休みの剣道場。いつものごとく、厳しい稽古である。芹香は、というと皆
のタオルを用意したり、飲み物を作ったり、タイムを計ったりと、忙しく立ち回って
いる。最初に比べるとだいぶ慣れてきたようである。が、今日の芹香は妙にそわそわ
していた。といっても、大半の人間には気付かぬ程度だが・・・。
「どうした、来栖川さん?何か用事でもあるのか?」
 相馬が聞いた。
 ふるふる
 違うらしい。
 相馬は首を傾げたがそれ以上は聞かなかった。
(・・・綾香が来ています・・・)
 理由はそれだった。綾香が自分を興味津々に見つめてるのを感じていた。気配をま
ったく感じさせないが、血を分けた妹である。まして、芹香の勘は尋常ではない。肌
で感じ取っていた。
 で、綾香はどこに居るかと言うと、隣りの空手道場にいた。友人で、ここの空手部
員でもある、坂下好恵に無理いって開けてもらった。
「へえ、姉さん以外にさまになってるじゃない」
 向こうからは死角になってる場所をうまく見つけて覗く綾香。
「なあ、綾香・・・」
「なに?」
 見ればおもいっきり呆れ顔の坂下。
「覗きのためにわざわざ私を呼び出したのか?」
「あはは、怒った?」
「殴っていいか?」
「ま、まあまあ。だって気になるじゃない。姉さん、ちゃんとやれてるかどうか?だ
 いたいあの姉さんが運動部のそれも剣道のマネージャーよ。体育会系のノリについ
 ていけるのかなあ、とかケガとかしてないかなあ、とかいろいろ心配で・・・」
 一気にまくし立てる綾香。だいたいの事情は聞いていた坂下は苦笑して一言。
「ようするに野次馬根性ね」
「ぐ・・・」
 それを言っちゃおしまいである。気を取り直してまた、覗く。姉は部にちゃんと溶
け込んでいた。うまくやってるようである。なんだかんだ言って、やっぱり綾香は芹
香が心配だったのだ。友達のいない、学校に行きたがらない姉のことが。
(・・・よかったね、姉さん・・・)
あまり気付かれないが、綾香はほんとは姉思いの優しい娘である。
「けど、凄まじい稽古ね。ここ」
 綾香がつぶやく。姉の様子を見るだけだったが、だんだん『武道家綾香』の顔が出
て来た。それほど真剣な稽古風景である。
「まあね。うちの部の刺激にもなってる」
 と、坂下。隣同士なので、よく知っている。代々、この学校の空手部と剣道部は仲
が好いのである。
「あれが隻腕剣士かあ・・・」
 綾香は相馬をしげしげと見つめて一言。
「背、低いわね」
 坂下は苦笑した。相馬を初めて目の当たりにする人は皆、同じことを言う。たしか
に相馬は低い。聞いた話では百六十センチ弱だそうな。その身長と隻腕という条件で
全国を制したのである。いったいどれほどの修練を己に課したのか、それを思うと坂
下は、尊敬の念を抱いてしまう。
「けど、実力は本物ね」
 やはりわかるらしい。さすが綾香。
「隻腕剣士ともう一人、あのノッポの、『源』て、いう人。あの二人は別格ね。ほか
 の部員とレベルが全然違う」
 綾香は感嘆した。格闘技全般を修めた綾香だが剣道はあまり興味が湧かなかった。
まるっきりやらなかったわけではない。が、打撃系格闘技のほうが性に合っていたら
しい。すぐやめてしまった。
 やがて、練習が終わった。
「ごめんね、好恵。わがままに付き合わせちゃって」
「そう思うなら貸しひとつね」
「はいはい、今度何かおごるわ」
 さて、これからどうしようか?坂下と別れた綾香は自問した。このまま帰るだけで
はなんかつまらない。せっかく休日をつぶしてまでここに来たのだから。で、どうい
う訳か綾香は、学校を出てきた相馬の後をつけることにしてしまった。これでは坂下
に野次馬根性といわれても仕方ない気がする・・・

               続きます
 中途半端になってしまった。うう、時間がない。感想は後日。