あなたにあえて その6 投稿者:グンヤ
 その日、芹香は相変わらずゆっくりゆっくりと歩いている。いつものお気に入りの
ベンチに座る。今日もいい天気だった。ぽお〜と空を見るのがすきだった。時刻は
三時を少し過ぎるころ。ふと芹香は思いつくことがあって立ち上がった。ゆっくりゆ
っくりと歩き出す。行き先は剣道場だった。
 剣道場は空手道場、柔道場とまとめて一つの建物の中にある。芹香はテクテクと道
場の周りを歩く。窓を見つけた。覗き込む。バシッ、バシッ、と窓ガラスが震えてい
る。剣道部だった。
(……あのお二人はどこでしょうか……?)
 ……いた。試合だろうか?面をつけてわからないが『相馬』と書かれた防具をつけ
ている。なにより隻腕だからすぐわかる。源は見えなかった。声はするから死角にな
っている場所にいるのだろう。
 芹香は剣道をよく知らないのだが、今、相馬たちは『地稽古』を行っている。試合
形式で行う練習と思ってくれればよい。相馬は道場では『鬼』と呼ばれているが、源
も相当過激である。普段のトボケた優男からは想像もできぬ凄まじい形相と声で、
「斬れ!斬れ!斬り殺せい!!」
と、気合声をだすのである。これで、大概の新入部員は度肝を抜かれる。が、慣れと
いうのは恐ろしいもので、今では、
「これを聞かなきゃ練習した気にならん」
とまで、言われている。部員たちは源の気合声にビビるどころかますます気力を奮い
たたし、ヒートアップしていく。
(綾香とどちらが強いでしょうか・・・?)
 剣道のことなど何も知らぬ芹香だが相馬と源、この二人は他の部員達のはるか上を
いっているレベルなのがはっきりとわかる。芹香でもわかるほどこの二人は凄まじか
った。どうやら休憩にはいったらしい。突然、
「来栖川さん!!」
 相馬に呼ばれた。ビックリした。顔には出てないが・・・。
 ひょいひょいと相馬が窓のほうに歩いてきた。
「何をしてるの?こんな所で?」
 不思議そうに聞いた。そりゃそうだろう。お嬢様のいる場所とはあまり言えない。
「・・・・・・」
 芹香は困った。特に理由なんかなくて来てしまったのだ。強いて言うならあの隻腕
剣士さんに興味を覚えたというか・・・。全校生徒の前で相馬は表彰されたので芹香
は前から知っていたが、その時は、自分とは縁のない世界の人だと思った。剣士とい
うからには、もっと厳つい顔で大きくて怖い人だろう、ぐらいにしか思わなかった。
道場での相馬は凄まじかったが、芹香が出会ったときの相馬はイメージとはだいぶ違
うひとだった。まず身長が自分とほとんど同じだった。もっと大きいと思ったのに。
そして、大きな優しげな目をしていた。何となく、優しい目をした時のセバスチャン
に雰囲気がよく似ていた。
「あ、あの〜、来栖川さん・・・?」
 相馬が困っている。
「・・・・・・」
 ・・・シュークリームの御礼を・・・
「え、そ・・・それだけ・・・」
「・・・はい」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
 後ろで聞いていた源が吹き出していた。
「あははははは、うん、わざわざありがとうございます」
 つられて相馬も笑い出してしまった。
「そんなのいいのに。結構義理堅い人だなあ」
 芹香はなぜ笑われたのかわからない。
「ふふ、そっか、入部希望者じゃないんだ」
 いたずらっぽく相馬が言う。
「・・・・・・」
 どうやらあの騒ぎのこと、まだ覚えているらしい。芹香はうつむいた。
「そんな所にいないでよろしければ中に入ってください」
 と、源。
「・・・・・・」
「いいぜ、来栖川さんが大丈夫なら」
 今日は迎えの車は遅く来る。結局道場にお邪魔した。物珍しげに辺りを見渡す。
(綾香もこんな所で練習してるのでしょうか・・・?)
「おおい、みんな。こちら来栖川芹香さん。俺たちと同じ二年の先輩。見学したい
 そうだ」
「こんちわーす」
 ペコリ、と頭を下げた。剣道部に二年は相馬と源しかいない。ほかは一年である。
 そして練習が再開し・・・、終わるころにはみんなボロボロである。いつのまにか
芹香の姿がなかった。
「帰ったのか?来栖川さん」
「かもしれませんね」
 帰ってなかった。皆の分のおしぼりと麦茶を持ってあらわれた。
「く、来栖川さん・・・?」
「・・・・・・・」
 ・・・お疲れ様でした、どうぞ・・・
「い、いいのか・・・?」
「・・・・・・」
 ・・・なにがですか・・・?
「お、お嬢様に御茶汲み・・・」
「ばれたら殺されるかもしれませんねえ」
「笑顔でいうな!!」
 替わろうとしたのだが、どうしてもお礼がしたいという。結局全員に配ってしまっ
た。
「みんな、ちゃんとお礼いっとけ」
 芹香は皆にお礼を言われた。初めてだった。お礼を言われるのも、こんなに多くの
人に話し掛けられるのも。嬉しかった。人の多くは自分のことを避けるのに。涙が出
そうになった。
「・・・・・・」
 ・・・また、ここに来てもよろしいですか・・・?
「かまわないよ」
「歓迎しますよ」
 相馬たちは微笑んだ。
 芹香もはっきりとわかる笑顔を浮かべた。

             続きます
 ここらで芹香さんのことを『芹香』と表記することにします。
 最初から統一して書くのが普通なのに・・・すいません、まだ
 未熟者なので・・・時間が着たのでサラバ