ぶらんこの少女マルチ  投稿者:川村飛翔


ある日のこと。
オレとマルチは居間でテレビを見ていた。
お昼から見始めてからかなり長い時間が経ったようなので
時間が気になったオレは、壁の時計を見上げた。
「あれ?もう4時か」
「えっ?もうそんなに経つんですか?」
オレの言葉につられて、マルチも壁時計を見上げる。
「ああ。そろそろ夕飯の買い物に行く準備をしねーとな」
「はい、そうですね。ところで浩之さん。今日は何にいたしましょうか?」
「えーっと、あーそうだな。じゃあ…」
オレが最後まで言いかけた直後、テレビの画面の絵柄が総天然色時代の
ドラマの放送から、セル画全盛期の頃のアニメに変わった。
オープニングがヨーデルのリズムと共に流れ出した。
内容は、某有名な昔のアニメの再放送だった。
山に住む少女とおじいさんと、足の悪いお嬢様の物語だ。
歌の方はサビの部分に入っていて、画面は少女がロープがとても長い
ブランコに乗ってるシーンに切り替わっていた。
「わぁ…!」
隣にいるマルチから、感嘆のため息が聞こえてきたので、
首を動かしてマルチの方を見たオレは、わずかに戦慄した。
マルチは、瞳にキラキラ輝く星を携えてテレビを食い入るように見つめている。
だが、ブランコのシーンが終わると瞳のキラキラが立ち消える。
「…もしかして、マルチ。アレに乗ってみたいと思ってんのか?」
マルチは俺の声で一瞬硬直したが、
「あ、はい…!乗ってみたいです!」
「でもなぁ…あんなブランコを作るなんてマネ、日本じゃとても無理だぞ。
あんな長いロープを固定できる場所もねーし、土地もあんなに広くはないんだ。
どんなに考えても、日本であのブランコに乗るのは無理だな…」
「はぅ…残念です…」
マルチは心底残念そうだ。
落胆ここに極まれり、といったところだ。
「…ふぅ」

ぽむっ!

落ち込んだマルチの頭に手を置くと、
「まあ、そういう夢を持つのはいいことだぜ。
叶えたい夢ってのは、なかなか叶わないから意味があるんだぜ。
すぐに夢が実現出来てしまったら、面白くねーだろ?」
オレは手を置いたままマルチの頭をクシャクシャと撫でると、
「元気出せよ。もしかしたら、いつか夢が叶うかもしれないだろ?
だから、そう落ち込むんじゃねーよ」
「…浩之さん」
「…そうだな、今日のところは気分を変えて、久しぶりに外食にでも行くか!」
「あ、はいっ!私はこれで2度目ですねっ」
マルチは半年前、ローレライ工業という会社が開発した味覚センサーと、
食物を電気エネルギーに変換するというよく分からない装置を
搭載したおかげで、今のマルチは人間と同じように食事が出来たり、
味が曖昧に表現できるくらいまで分かるようになってるのだ。
おかげで外食でも何の問題もない。
強いて問題があるとすれば、マルチの分の食費が増えたと言うことか。
外食ならばまだ時間はあると言うことで、オレとマルチは外出に丁度いい
頃合いの時間になるまでの間、時間潰しにテレビを見続けた。

それからしばらく。
一般家庭の食事の時間になったので、オレは財布を持って
マルチと一緒に近くのファミレスに向かっていた。
「ん?どーしたんだ?」
まだマルチは沈んだ表情のままだった。
「…あっ!いえ、ちょっと考え事を…」
「…まだ気になってんのか?」
「えっと、その……はい」
「そっか」
やっぱりすぐには立ち直れねーか。
マルチのこういう所は、まるっきり子供だな。
っていうか、まだ生まれてから3年も立ってねーから、当然か。
オレが苦笑しながら歩いていると、
「あら。そこのご一行様、浩之にマルチじゃない?」
「あん?」
呼ばれて声のする方を振り向けば、
「やっぱりねぇ。ハァイ、お二人さん」
「………」
オレたちが歩いていた歩道のすぐ横に、黒塗りのロールスロイスの
窓から顔を出していたのは、オレもマルチもよく知ってる
来栖川家姉妹の次女、来栖川綾香だった。
そして、その綾香の隣には芹香先輩が座っていた。
前の運転席には、いつものジジイが仏頂面で座っている。
「よう、お二人さん」
「芹香さんに綾香さん、こんばんわ」
とりあえず挨拶するオレとマルチ。
「ねぇ、ところであなたたち、これからどこか行くの?」
綾香がロールスロイスから降りてきて、歩道の上に上がってきた。
「ん?たまには外食もいいかなって思ってさ。
この近くに、最近ファミレスが新しく出来たっていうんでな。
話のタネにでもなるかと思って、試しに行くとこ」
「ふ〜ん……アレ?」
何を思ったか、綾香がオレに向かって手招きをした。
綾香はオレがある程度近づくと、いきなり耳を引っ張って自分の元に引き寄せる。
「痛っ!いきなり何すんだ!」
「いいから浩之、ちょっと耳貸してっ」
綾香は強引にオレの耳に手を当てると、
「ねぇ、マルチったらさっきからどうなっちゃってるワケ?
顔がやたらと落ち込んでるように見えるんだけど…」
さっきから虚空を見つめるマルチにチラチラと視線を送りながら
声を殺して言葉を紡ぐ綾香。
ま、マルチがダークな空気背負う事なんて滅多にねぇからな。
「ああ。実は、簡単だか複雑だかわかんねーが…」
オレはテレビでの事を手短に話すと、
「へぇ…そんな事があったんだ。でもそれって、面白そうじゃない?」

(綾香、お前もか)

「でもなぁ、こんな狭い日本でどうやってあんなブランコ作るんだ?
いくら来栖川財閥でも、ちょっと難しいんじゃないか?
だからと言って、アメリカみたいな外国には行きたかねーぞ…」
オレが眉間に指を押しつけながら話すと、
「……………」
「えっ?なになに?姉さん」
先輩はそのまま綾香の横に並ぶと、
「…………」
「…ふんふん……って、それ本当?」
綾香の問いにこくんと頷く先輩。
「ん?綾香、先輩は何だって?」
綾香は人差し指を立ててくるくる回転させながら、
「うん。何か最近ウチの会社の一つが、遊園地の新しい乗り物の
開発を任されたんだけど、新しいアイデアが出なくて困ってるんだって。
だから、今さっきのそれをやってみたらどうかだって」
「ええっ?」
途端にマルチの顔がぱぁっと輝く。
「………」
「えっと…『企画が通って乗り物が完成したら、一番に乗せてあげます』だって」
「ええっ!本当ですか!?」
マルチの問いにこくんと頷く先輩。
「へぇ…マルチ、よかったわね。早速夢がかなえられそうで」
「は、はいっ!ありがとうございます!」
マルチは満面の笑みを浮かべていた。
しかし、こんなに夢が簡単にかなっていいものだろうか…。
その後しばらく続くマルチと綾香と先輩とのやりとりを、
オレはそう思いながら遠巻きに見ていた。

話が一段落したらしく、綾香と先輩がロールスロイスの中に戻って行く。
「それじゃあ、乗り物が出来たら連絡するわね。それじゃ」
綾香はひらひらと手を振り、先輩は軽く会釈をすると、
ロールスロイスのUVカット加工のウィンドウはゆっくりと閉じて視界を遮り、
点滅させっぱなしのハザードランプを消して走り去っていった。
オレとマルチはそれを見送ると、
「楽しそうだな」
いつもより3割増しの笑顔を浮かべるマルチは、
「はいっ!」
と答えた。
これは余談だが、マルチのガッツポーズの確率は100%状態は
綾香からの電話が来るまで続いたんだな、これが。

あれから時は流れて一週間。
先輩から、電話で試作品完成の知らせが届いたので、
オレとマルチは、電車で指定された場所まで行くことにした。
指定された場所は隣駅にある公園なので、それほど遠くはない。
目的の物見ヶ丘公園は、山が隣接している自然公園だ。
って、何一人でブツブツ公園の解説してんだか。

そうこうしてる内に、目的地の物見ヶ丘公園にたどり着いた。
公園内をぱっと見で探してみても、木々が多すぎて見つからない。
まあ夏も近いと言うことで、マルチにはちょっと早いが、
春と夏の中間のワンピースを着せて、麦わら帽子をかぶらせている。
ふと雲の状態が気になったオレは、何となく空を見上げると、
「…なっ、なんじゃありゃ!?」
「えっ?どうかしましたか、浩之さん…って、はえ〜っ!!」
70mくらい先に、とてつもなく長い2本の棒がそびえ立っていた。
そういや、あのブランコを再現するんだったよな。
アレをそのまま再現するんだったら、度を超えて長くても別に不思議じゃねーな。
っと、こんなところで感心してる場合じゃなかったな。
「先輩や綾香たちは多分あっちの方だな」
「それじゃあ、皆様をお待たせするの悪いですから、
早く向こうへ行きましょう、浩之さん!」
「はいはい、わかったわかった」
マルチにせかされ、オレは早足で長い棒がそびえ立つ場所に向かった。

「あら、やっときたわね」
「………」
「おやおや、藤田君にマルチ。遅かったじゃないか」
辿り着いたその先で、長瀬主任と綾香、芹香先輩の3人が出迎えてくれた。
「あれ?何で主任がこちらへ?」
マルチが首を傾げると、
「今回のプロジェクトの主幹が、何故かこっちに回されましてね。
というわけで、私は一種の現場監督をやってるんですよ」
そう言うと長瀬主任は、手に持ってた缶コーヒーをあおる。

一方、主任のの後ろでちょこまかと動く影があった。
鉄で出来ていた長い棒の周囲に、白衣を着た研究員たちと量産マルチ&量産セリオが
鉄棒の周りのあちこちに設置された機械の点検をせっせとやっていた。
「ところでさ、なんで座る部分があんな高いところにあるんだ?
それに、どうやってあんな高いとこまで?誰もあそこまで登りたくないぞ」
遥か上空に見えたブランコの座る場所を見付けたオレは
ちょっとくらっとした頭を押さえながら呟くと、
「大丈夫です。シートまではエレベータで昇って行きます。
最初の加速は後方を引っ張って離す重力任せの方式をとってるので
漕ぎ手の方は特に何もする必要はないですよ。
まだ試作機なので、今回はデータを取るだけですが」
長瀬主任が一通り話し終わると、
「主任。最終点検全て終了しました」
量産マルチのひとりが抑揚無い声で報告に来た。
「よし、ご苦労。それじゃあマルチ、早速乗ってみなさい」
「はいっ!」
長瀬主任に促され、マルチは片側の棒に設置された小型のシートに座らされた。
背もたれの四方から伸ばされたベルトが、マルチの身体を固定する。

カチャッ!

ベルトがロックされる音がする。
その直後、マルチを乗せたシートが少しづつ上昇を始める。

ヴヴヴ………ン!

機械の駆動音が唸る。
オレがしばらくその光景を見上げていると、

ガサガサッ…!

「あれ?藤田君とちゃう?」
「ん?誰か呼んだか…って、あれ?」
意外な人物の登場に、オレもさすがに驚いた。
「ああ、やっぱり藤田君や。久しぶりやなぁ」
背後の森から姿を現したのは、高校の頃にオレのクラスの
委員長をやっていた保科智子だった。
あの頃、クラスの女子からイジメを受けていたのを
助けてから、それ以来からそれなりに親しくなったのだ。
「委員長…じゃなかった、保科。何でお前がここにいるんだよ」
「うん、ちょっと個人的な都合で、今こっちの方に滞在してるんよ。
まあ私の事はともかくとして、藤田君は一体ここで何してるん?」
保科に問われ、オレはすかさず頭上を指した。
「上?棒の上に何があるん…?」
保科は棒づたいに視線を追いかけると、マルチを見つけた途端凍り付いた。
「どーしたんだ?」
オレは保科に訊ねると、
「…なあ、藤田君。あのブランコのロープの長さって、一体何mあるん?」
「知らね」
「ロープの長さは27m、棒の全長は127mあります」
オレが身も蓋もない答え方をしてしまったが、長瀬主任が代わりに説明してくれた。
保科はそれを聞くなり、落ちていた木の枝で地面に計算式を書き始める。
一方マルチの方は、とうにシートの設置を終了している。
後はロックを外して重力任せって事か。
「…マルチには回路に悪いことになりますが…
本人が乗りたいと言ってる以上、これは仕方ないですな」
一言呟くと、長瀬主任は明後日の方角に目をそらした。
「…長瀬主任?どうしました?」
「いえ、別に。ただ、これから世界初の絶叫マシンの実験が
我が娘を使って行われるというのは、開発者としては戴けませんが…」
長瀬主任の漏らしたつぶやきに、オレは、
「…はい?」
「ちょっと藤田君!今すぐあの娘を降ろし!」
いきなり保科が会話に割ってきた。
「…一体何のことだ?」
「あのままロープを切り離したら、あの娘、エライことになるで!」
「エライ事?」
オレがちょっと考えこむと、
「…つまりは、こういうことです」
その言葉の直後だった。

……………ぃぃぃぃいいいゃわわわわわあああぁぁぁぁぁぁ……!!!
…たぁぁぁすぅぅぅぅぅけぇてぇぇぇぇくださぁぁぁぃぃぃぃぃぃ……!!

聞き慣れた声が絶叫になって聞こえてくる。
「…は?」
「ふぅ…遅かったようやな…」
深くため息をつく保科。
「長さ27mのブランコで振り子運動をすると、おもりの部分は速度が速いんや」
「そうですね、大体時速68km/hってところでしょうか?
ディズニーランドのスペースマウンテンが大体時速50km/hですから、
絶叫マシンとしては、スピードの面では、それほど高レベルな物ではありません。
ですが、ろくに身体を固定できる部分が少ない分、スリルと恐怖が常に
隣り合わせの状態になる事は間違いなしですね」
「普通の人間でも神経持たへんわ…」
上空のマルチを見上げながら呟く長瀬主任と保科。

…許せ、マルチ。
オレが物理が苦手なばかりに…。


追伸。
マルチがオーバーヒートしたまま降ろされた。
そしてその後、オレも実験台にされてしまった。
それからオレたちは、そのアニメが怖くなってしまい、
当分の間観られなくなってしまった。


おわってまえ。

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
ども、川村飛翔です。
最近論文とか学業とかなんやらで書く暇あまりありません。
つーわけで、書き貯めが終わるまで単発ネタ続けます。
ちうか、今回は途中でもうオチがバレバレだよ(汗)
でも本当に心臓縮むぞ。あれ。
体感速度68km/hって訓練しないとムチャ恐いぞ。(汗)

それでは、簡単にレスです。


>鬼狼伝53 vladさん
あーあ、浩之のヤツやっちゃった。
あれは…痛いぞ(汗
しかし、よく見るとここの浩之って一般人級なのね…


>> NTTTさん
>This is the story of you
なんか3人称とも1人称とも捕らえにくい形式ですねぇ(汗
是が世に言う2人称?(笑)

>確かに君はメイドロボを持っているのだ。来栖川社製のHMX−12型。
ちょっと待て、何故こやつは試作機を持ってる?
量産機の型番はHM−12のはずやで?

>POP OLD WITH THE NEW MACHINE 
>3人称文体は全然書けないことが判明(汗)
3人称は経験が大切です。
何度も書いていけばそのうち書けるようになりますから(笑)
あと、3人称はよく誤字脱字が出てくるので
見直しを何度もしておいた方が吉。
今回は一文を長々繋げてしまったから読みにくい
個所も発生してても、お話的には良。


>芹香と免許 ギャラさん
「先輩にそういう質問をすること事態が間違ってるんだ」
by浩之


>緊急会議 外伝 Ken-Gさん
私の味覚では悪くないとは思うんですがね…(苦笑)
おねでは謎の液体も存在するから問題ないし(笑)
そういえば、DHAって取りすぎると発癌性物質になるそうですよ(汗


>>日々野英次さん
HPによらせてもらいましたけど、
掲示板は設置しないんですか?

>爆発物注意!
暴走したら危険物かもね…
となると、扱うのに必要な資格は
「危険物取り扱い」ではなく「危険人物取り扱い」か(ぉ

>Cryptic Writings 第1話『薬』
「薬物」ですかぁ
そういや昔、どこかのUGページでそれっぽいモノ見た事有るような
ノーマルな医薬とか検査なら、ある程度の資料を持ってるんですけどね


>答:三十路 紫炎さん
タナカとキバヤシ?MMR?
痴情絵ってなーに?地上絵じゃないの?
個人的には、踝さんの方が出て欲しかったんだけどね(マテ


>鬼龍業魔録 おーえすさん
あれ?柳川ってそんなに歳食ってたっけ?
過去の事ばかり書いてたから現在での設定忘却しちまったか?
最近思い付くSSって、皆昔の作品のパロばかり。
懐古現象でも起こってんのかな(汗
サスペンス風って、個人的にちょっと苦手…


http://members3.cool.ne.jp/~khrj/