覚醒 〜中編〜  投稿者:川村飛翔


そのころリズエルは、山野のあちこちを駆け、木々の間をぬって跳躍していた。
今や裏切り者となった実の妹、エディフェルを探し出すため。
エルクゥの一族には珍しい、愛情を注いだ血族の者を、一族の掟に従って始末するため。
「まさか…こんな事になるなんて…エディフェル…」
リズエルは、心の中で泣いていた。
一族の掟とはいえ、妹想いのリズエルに妹殺しの命が下るのだから。
「…くっ!」
リズエルは、何度目かの跳躍直後、目の前に迫ってきた小木を、
まるで憂さ晴らしをするかのような勢いで薙いだ。
彼女の振るった腕はしなやかで刀のように細かったが、
目の前に迫った小木をいとも簡単に切り倒した。
恐るべきはエルクゥの腕力。
リズエルはそのまま何事もなかったかのように駆け抜ける。
「どうせならこのまま…見つからなければいいのに…」
跳びながらポツリと呟くと、リズエルはひときわ大きな跳躍をする。

跳躍後、リズエルが着地したのは、少し開けた山の一部。
彼女が上を見上げると、少し欠けた月が雲一つなくぽっかりと浮いていた。
リズエルが降り立ったそこは…。
「…運命とは、常に皮肉なものなのね…」
エディフェルの血のにおいが、極少量だけ風に乗ってきていた。
リズエル含むエルクゥの驚異的な嗅覚は、人間の鼻には届かない匂いも感じ取れる。
匂いの発生点は、既にリズエルの視界内に入っていた。


「そういえば、まだお前の名を聞いてなかったな」
既に服を着た俺と娘は、お互いのことを知るために、
まずは娘の名前を聞くことにした。
「…名前…私の名前…エディフェル…」
「そうか。お前の名はエディフェルというのか…。
俺の名は次郎衛門。正しくは、柏木次郎衛門」
「ジロー…エモン…?」
エディフェルが俺を見上げるように聞いてきた。
「そうだ、次郎衛門だ」
「…ジロー…エモン…。…あなたの名前は…ジローエモン…」
エディフェルは嬉しそうに俺の名を連呼する。
「そうか。俺の名が気にいったか」
エディフェルはさらに続けようとしたが、
急に何かを感じ取ったかのように外の方を見やった。
その直後に、俺の耳に風を切る音が届いた。
その音に気配を感じた俺は、何も考えずに山小屋の壁を突き破って外に出た。
エディフェルの方は天井を突き破り、上空で何かと戦っていた。
両者が地面に降り立ち、ようやく彼女と戦ってた者の顔が見えた。

それは、魔性の美しさを携えた女。
だが、彼女の身体からにじみ出る気配は、人間の物とはかなり違っている。
強いていえば、これは物の怪の類の気配だ。
突然現れた女とエディフェルが、かなり距離を開けて対峙している。
「エディフェル…」
女の方が、構えを崩さぬままエディフェルの名を呼んだ。
「…リズエル姉さん…来るの…早いのね…」
一方のエディフェルは、対峙している女の事を姉、と呼んだ。
エディフェルの姉、リズエル…。
つまりは、彼女も鬼…もとい、エルクゥだということだ。
「エディフェル…あなた、血の匂いを小屋の中から漂わせてたわ。
狩猟において、血の匂いを探すのは常識でしょう?」
「…そう…うかつだった…」
エディフェルの目が真剣になった。
「こうして、あなたを見つけた以上は…掟に従い、あなたを殺さねばなりません。
あなたが裏切り者となってしまった以上、掟は絶対…」
リズエルが両手の爪を伸ばして武器化させる。

「掟?」
俺がエディフェルに尋ねると、
「…エルクゥの一族では…一族を裏切った者は…裏切り者として扱われる。
そして…裏切り者は…その者の血族、かつ年長の者が始末をすること…」
リズエルと同じく、構えを崩さぬまま答えてくれた。
「…つまりお前は…俺を助けるために…一族を追われたって事か…」
俺は一人つぶやくと、
「…いいえ…それだけじゃない…そう。私は…人間が好きになった…。
例え違う種族でも、愛することが出来る人間が好きになった…。
一族の…仮の長が…人間を殲滅させると決めた以上…私は一族に居られない…」
「に、人間を殲滅…」
俺はあまりの出来事に、僅かに絶句した。
さらに続けてエディフェルは、
「…人間との…共生が叶う日まで…私は…戦い続ける…!」
エディフェルも両手の爪を武器化させる。
「…それがあなたの答え…エディフェル…」
リズエルは目を閉じてエディフェルの話を聞いていたが、
やがて目を開けると、
「ならば…一族の古の掟に従い、エディフェル…あなたを殺します…!」
リズエルの身体から、もの凄い殺気が周囲に立ちこめる。
殺気によって張りつめたこの空気のせいなのか、
さっきまで元気よく鳴いていた虫達の喧噪が止んだ。
地上最強の種族同士の者が、今ここで対峙しているという
事実が、生きとし生けるものの恐怖を誘うのか。

…シャッ!

長き均衡を保った沈黙は、リズエルの跳躍によって破られた。

ザッ!

リズエルの跳躍を確認したエディフェルは、上へ跳ばずに横に跳んだ。
直後、リズエルの爪がエディフェルの居た地面を深く抉っていた。
それもつかの間、爪を引き抜いたリズエルが、エディフェルを急襲する。
俺は二人の戦いのさなか、情けなくも動けずにいた。
それだけ二人の気迫が凄いのだ。
エディフェルは、リズエルが飛びかかってきたのを避けると、
息もつかずに、そのまま空中に跳躍する。
リズエルも慌ててエディフェルの後を追いかける。

人間だと、エルクゥの動きを肉眼で捉える事が出来ないはずだった。
現に、俺が前にエディフェルと戦ったときも、彼女の動きは捉えられなかったのだから。
…だが、今の俺は違う。
もう人間ではない。
エディフェルやリズエルと同じ、エルクゥなのだ。
人外と化した、人間からすれば化け物なのだ。
目標を捉える眼の能力も、人間よりも格段に高いのだ。

エディフェルとリズエルは何度か空中で重なり合う。
その度に、何度も空気を切る音やキィン、という乾いた音が響く。
何度もぶつかり合い、何度目かになる跳躍の後、戦いの均衡は破られた。
突然、空中でエディフェルの姿勢が崩れ、錐もみしながら落ちてくる。
「エディフェル…!」

ドサッ!

俺の叫びもむなしく、彼女はそのまま固い地面の上に落下した。
エディフェルの元に駆け寄ろうとした
俺とエディフェルの間に、リズエルが降りてきた。
リズエルはエディフェルを見下ろした状態で彼女の元に近づくと、
「…どうしたの、エディフェル。いつもより動きが鈍いわよ…」
リズエルが冷たく言い放つ。
「…脚が…うまくいうことを聞かない…」
弱々しく立ち上がるエディフェル。
彼女の腹部を中心に、リズエルの物と思われる爪が5本刺さっていた。
見ればリズエルの片方の手には、伸びた爪は一本も無い。

エディフェルの動きが鈍い…?
そういえば…生娘が破瓜(はか)した後は、腰などの痛みが激しいから
当分は激しく動くことが出来ない、と以前聞いたことがある。
まさか、エディフェルもそれで運動能力が…。

「せめてものの情け…月並みだけど、苦しまずにとどめを刺して上げる!」
リズエルが伸びた爪が残っている方の腕を振り上げる。
その爪は、月明かりを浴びて煌めいている。
「覚悟!」
リズエルが爪をエディフェルの身体に振り下ろす。
危ないっ!!
「エディフェルっ!!」
俺は何も考えずに飛び出した。
「…えっ?」

ドガッ!!

今までの俺の脚だったら間に合わないと思っていたが、
事実は俺の予想に反して、自分でも驚きの俊足でリズエルを突き飛ばした。
一方、突き飛ばされたリズエルは、一瞬何が起こったのか分からなかった様だが、
すぐに正気を取り戻し、空中で身体をねじ曲げ、姿勢を正して着地する。
今のではっきりと自覚出来た。
今の俺は、紛う事なく人間ではない。
エディフェルのいう、エルクゥに生まれ変わったのだ。
彼女の肉体改造のおかげで、俺は進化した。

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ども。
川村飛翔です
いきなりですがレスです

>久々野彰さん

了解しました
まあ、HTMLとテキストの差は研究して埋めていくと言う事で・・

>おーえすさん
こちらの感想もお願いしますね
そちらの感想は後編のときにでも・・・

http://members3.cool.ne.jp/~khrj/