前兆 投稿者:川村飛翔
見渡す限りの炎の海。
むせかえるような、血と焼け焦げた肉の臭い。
地獄の業火のように猛り狂う炎の中、死体化した仲間が俺の目の前に累々と広がっていた。
俺たちの想像を絶する鬼の妖術は、雷を放ち、炎を上げて、俺たちに襲いかかった。
そしてこの場に生き残った者は、この俺ただ一人になっていた。
いや、叔父の柳川は鬼に連れ去られてしまったようで、この場にはいない。
深く胸を腹を抉った爪痕からは大量の血が流れ、視界はとうに薄く霞んでいた。
四肢に力が入らず、全ての感覚が麻痺し、炎の熱すらも…もう感じない。
俺は、もう長くない。

剣術にはいささか自身があった。
いくさを生業とし、常に死と隣合わせの人生を生きている内に身についたものだ。
だがそんな実戦剣法も、圧倒的な鬼の力の前では、子供の遊戯に等しかった。
この俺を含めた討伐隊の者たち全ては、絶対的に鬼の力を侮りすぎていたのだ。
鬼などと大層な名で呼ばれてはいるものの、所詮は近隣の村を荒らす
ただの野党の集団に過ぎない、と選抜試合の時にも考えていた。
だが、それは大きな間違いだった。
奴らは正真正銘の物の怪だった。
噂通りの、紛う事なき本物の鬼だったのだ。
そして俺の目の前には、その鬼が立っていた。
深く澄んだ瞳を持つ、美しい姿をした一人の鬼が。
「…そうか、お前も鬼の仲間だったのか」
燃え盛る炎の中、俺が言うと、娘はあの時と同じあの澄んだ瞳で、
表情も変えることなく、じっとこちらを見つめた。
「……」
娘は未だ無言のまま、その場に立ち尽くしていた。
「しかしまさか、よりによって、お前の手によって殺されるとは…」
誰かに言うことなく小さく呟いた。
俺は娘の顔を見て驚き、刀の振りが鈍ったのは確かだ。
だが、そんなことは下らぬ言い訳に過ぎない。
この娘の力は、遥かにこの俺を…いや、全ての人間の力を凌駕していたのだ。

「…どうした、とどめを刺せ」
俺は言った。
だが、娘はピクリとも動かなかった。
燃え盛る炎を背に、どこか哀しげな瞳を俺に向け、無言のまま佇んでいた。
「…本当に…お前は美しいな」
娘の瞳を見つめながら、俺は素直に言葉を口にした。
例えそれが、魔性の血ゆえの美しさだとて、美しいことに変わりはない。
薄れ行く意識の中、俺は、自分の最期を見届ける者が、
この美しい娘であってよかった、と考えていた。
俺はそのまま意識を失った。
…ああ、俺はこれから死ぬんだ…。


一つの山の中で、一人の男と一人の女がいた。
男の方は地面に仰向けになって倒れ、女の方は無言のまま立ちつくしていた。
男の方はいかにも和風の剣豪と言った感じだ。
女の方はまだ年端もいかない娘に見えるが、その実は人間とは違う、鬼。
男の方の名を次郎衛門、鬼の娘の方の名をエディフェルという。
次郎衛門は辛うじて生きているようだが、先ほどの戦闘のせいで重傷を負っており、
そしてその具合からして、彼はこのままでは長くはない。
かといって、今から医者に見せたとしても、これでは手遅れだろう。
エディフェルは何を思いついたのか、瀕死の重傷の次郎衛門を抱き上げる。
小柄な身体なのにも関わらず、大人の男性を苦もなく
担ぎ上げるその膂力は鬼ならではの物である。
やがてエディフェルは、自分が討伐隊を迎え撃つために出てきた
縦穴の洞窟の中に、地球上の生物では考えられない跳躍力で飛び込んだ。

それから数刻後。
洞窟の中には幾多ものの部屋があり、その中の一角に大きな部屋がある。
エディフェルはその大きな部屋の中にいた。
部屋の中には、エディフェルの他にも同じ種族の仲間が多くいた。
皆が皆、揃いも揃ってエディフェルと似ている衣装を着ている。
部屋の中に設置されている大きな台の上には、一人の人間が裸のまま眠らされていた。
血縁上は次郎衛門の叔父となっている、柳川裕乃進だった。
柳川が安置されている台を囲むように3人…と括っていいのかどうかわからないが、
とりあえずそうしておく事にし、3人の鬼が取り囲んでいた。
エディフェルの隣にも3人の鬼の娘が立っているが、その他の鬼達が平伏する所からすると、
立っているエディフェル達や台を囲む3人の鬼は鬼の中でも位が高い者と思われる。
鬼達の顔は、全て人間の者と酷似しているので見分けはつきやすい。
やがて、台を取り囲む3人の鬼の一人、顔の彫りの深いダロエルが目を閉じた。
「…我らエルクゥの母船、ヨークが墜ちてから、この星の衛星が25週したのを確認した」
全ての鬼達の脳内に、声が先ほどの鬼の声と思われる物が響き渡る。
声質はかなりの年齢を重ねた中年くらいの男の物だ。
恐らくエルクゥというのは、自分の種族の事を指すのだろう。
人間が自分たちの事を人類というように。
話の都合上日本語で話しているが、彼らが喋ってもいないのに話が出来る理由は
まだ分からないが、話が進めばそのうちに分かるだろう。
「我ら狩猟民族であるエルクゥは、これまで様々な星々を渡ってきたが、
我らの母船がこの様になってしまうと言うのは、これまでのエルクゥ史上初めてだ。
しかも、最強の皇族の船であるヨークがこの様な事態になった」
エルクゥ達が一斉に頷く。

「今回の航海は、ただの狩猟のための物ではない。
我らが前におられし4姉妹の内の1人に夫となるエルクゥを決める航海だ。
それはすなわち、我らの次なる皇を決める航海でもある」
そのエルクゥの対面にいた別のエルクゥが、さっきのエルクゥに目配せをすると、
多くのエルクゥ達の方に身体を翻し、
「我らがエルクゥの皇の夫婦からはどうしても女児しか生まれない。
そこで、いつも狩猟先の星で見つけた、知性の高い良質の牡をエルクゥ化した者を
我らが皇として迎え入れるのは、すでに皆も知っておろう」
女顔をしたそのエルクゥは、昔の女性特有のイントネーションで話を繋ぐ。
このエルクゥの名をビシュエリと言う。
「幸い、この星の獲物には言語能力を備えた物がいる。
普通ならば、我らの目の前にいるこの獲物をエルクゥ化し、
早急に我らの母星に帰らねばならぬのに、このままではそうする事もままならぬ」
ビシュエリの隣にいるエルクゥが、ゆっくりと大勢のエルクゥの方に身体を向けると、
「一応、ヨークの生きている部分を使って、母星に救難信号を送っている。
どれだけ時間が掛かるは分からないが、一度は転生しなければならないだろう。
だが、その様なことをすれば、我ら第一皇族の天下は無くなり、
その他の第二皇族、第三皇族の長がエルクゥの皇の実権を握ってしまう。
それだけは、数千年続いた第一皇族の誇りに賭けて、断固阻止せねばならん!」
しゃがれた声をエルクゥ達に響かせるのは、憤慨する老エルクゥのバラオエル。

話を終えた後、目を開けた先ほどのエルクゥは、もう一度目を閉じると、
「我ら第一皇族、そして第二皇族はともかくとして、あの第三皇族は危険だ。
我らの存亡に関わる事態を起こすであろう、呪われた皇族。
奴らは実権を握るために、色々と画策してきているが、何とか今まではね除けてきた。
しかし、奴らの手段は回を重ねるごとにどんどん酷くなっている。例えば…」
そのさらに話を続けようとしたが、
「例えば、先の皇を決める戦いで新開発の兵器を持ち出した事、ですね」
その先はエディフェルの隣の隣にいた四姉妹の長女、髪の長い女エルクゥ、リズエルが続けた。
「はい、その通りです」
ビシュエリが答える。
「だが、それだけで終わるような奴らではなかったのだ。
先の戦いだが、今までの戦いはエルクゥになり立ての者同士を戦わせる掟があったが、
実は奴ら第三皇族は前回それを犯し、その立ち寄った星で力の強いエルクゥへと
訓練させ、生まれたてにはない強力なエルクゥを作り上げたのだ」
ダロエルがビシュエリの言葉に付け加えるように言うと、
「だが、あのときは我ら第一皇族と第二皇族が手を組んで、何とか事なきを得たが、
そう何度もはね除けることが出来るとは思えぬ。
そこで我々三大皇官は、先ほど第一皇族最強の狩猟者にして戦士である
ダリエリ様に…これからの方針についてご指示を仰いだ……」
「それで、内容は?」
リズエルがその先を問う。
「……救援が来るまでこの星の生命を狩りつつ、こちらも皇候補を強化せよ、とのことだ」
ダロエルが重々しく言葉を放った。

「…これから、どんどん武装強化や肉体強化が進んでいくのですね」
リズエルが未来を嘆くように言葉を放つ。
「……リズエル様、これはもうすでに決定事項なのです。
あまりにも大きな悲しみの思念波を出すのはおやめください。
それを受ける、我らの身にもなってくださいませ…」
(…エルクゥの会話、思念波はこういうときに不便なんだよなぁ……)
リズエルとエディフェルの真ん中で毒づいているのは4姉妹の次女に当たるアズエル。
髪が短めの活発なエルクゥの皇族の娘の一人。
彼女を形容するなら、現代の言葉を借りてボーイッシュと言う。
彼女の思念波と言う言葉から、エルクゥ達の主な会話方法は
テレパシーに近いものだと言うことがわかる。

「…ただ、全ての生命を狩るだけでは、エルクゥは強くなれぬ。
自分と同等、もしくは上位の力を持つ相応の相手が必要になってくる」
バラオエルが言葉を放つ。
「しかし、ダリエリ様にご指示を仰いだのも、受けたのも、この獲物を連れてきた直後です。
当初の予定通り、一人しか連れてきていない以上、どうにかせねばなりませんな」
ビシュエムがバラオエルの言葉に続く。
「…この国の権力者に、最強の実力を持つ獲物を一人よこせ、と要請している以上、
この男と同等、若しくはそれ以上の実力を持つ者を探し出すのは難しいだろう。
ただ、事を偽って無ければの話だが…」
バラオエルの言葉に、ビシュエリは、
「でも、所詮は我らの力には遠く及ばぬ弱き獲物と言う存在。
我らが睨み付ければ、嘘を付くのはこの星の生物には不可能ですわ」
「ビシュエリ、油断は禁物だ。この星の獲物、肉体の強度は貧弱なくせに、
我々や高度精神文明を持つ星の連中が持っている『感情』を持っている。
そのせいで、現に過去一回だけ、我々が狩りに失敗した事があるのを忘れたか!」
バラオエルがビシュエリを睨み付ける。
その光景に、エルクゥ皇族四姉妹の四女で末女、リネットはオロオロしている。
一方エディフェルの方は、真摯な表情でその光景を見つめている。
「忘れてはいません。しかし、あの時は向こうの文明がそこそこ進んでいたから
こそであって、まだ文明レベルが低いこの星では、その様な事態は起こらぬでしょう」
ビシュエリはバラオエルのそれを冷静に流す。
「とにかく、我らの成すべき事は、もう既に決まっている!
この星の生命を狩りながら、強力な戦士になりうる獲物を捜し出す事だ!
ここで余計なもめ事をしている場合ではない!」
ダロエルがビシュエリとバラオエルを叱咤する。
「4姉妹王女様、我らの行動は以上の物として進めることに、依存はありませんね?」
リズエルとアズエルは首を縦に振る。
リネットは少々悩んでいる。
そして、エディフェルは……。

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えっと、改訂版2話めでしね
川村飛翔です
やっぱりこの辺はすでに暗黙の了解化してるから人気無いのかな?
まあ、覚醒のお話に行けば変化しているのがわかるでしょうけど(~~;)
勘の良い方はこの辺で何が元ネタか気付くと思いますが
この作品の元ネタと痕って、似てる要素が一部あるからなぁ…鬼になるとこだけ


>ARMさん バッチ売りの少女

>これが雪じゃなくって由綺だったらすげーイヤ。
実際にCGで表現してみましょうか?
私、最近そういうCG編集まがいな事始めたんで(^^;

>マルチライター
…そういや、マルチライターって、濁点を一個足したら私の作品のタイトルになるな(苦笑)
今光一君(浩之のこと)はマルチに乗って北海道までお仕事に行ってると思ふ


>vladさん 鬼狼伝(47)

プロレス技って…見た目は派手だけど、威力は地味(茹卵氏談)
鬼の血引いた耕一に勝てるとは思えん…


>貸借天さん
ネタに詰まったら、無茶苦茶なことを考えると良い物が生まれたりします
他にも、もう一度ゲームをやり直すとか、他のゲームもやってネタ合わせしてみるとか


>>久々野彰さん
>kanonSS
読んでみました
ネタは悪くないのですが、文章が途中で一文字だけ残して
次の行に移るという現象が多発してますが、あれは規定のある普通の本ならまだわかるのですが、
特に規定の決まってないパソコン上での小説にはちょっと不向きだと思います
一文の長さはCRTとディスプレイプロパティに依存しますが、25文字±7くらいがベストと思います
テキストフォームの制限があるなら、それに合わせて文章を調節してみてはいかがでしょう?
ま、私の意見は参考程度で


>まさた館長様
改訂版のこちらの方を乗っけてください
コメントなどの詳細は覚醒偏が終わった後に提出します

http://kobe.cool.ne.jp/khrj/