発端 投稿者:川村飛翔
時は今か5百余年前。
雨月山と呼ばれる山に、人間を獲物として狩りをする鬼が
住んでいた伝承のあるここ、現在の呼び名は隆山。
鎌倉幕府の中期に生きた、時の地方の領主である天城忠義は、
鬼の討伐をするために日本全国より腕利きの剣士や剣豪を集めて
討伐隊を結成する事を決定した。
このお話は、その鬼の討伐隊に加わった者のうちの一人が、
その事実をこと細やかに記録されて伝承された物である。


「これより、雨月山の鬼と呼ばれる者の討伐に向かう者らの名を呼ぶ。
今から名を呼ばれた者、そのまま立つがよい」
いよいよだ。
先ほど行われた選抜試合の結果で鬼の討伐隊に向かえる奴が今、発表される。
選抜とは言っても、木刀が獲物での、忠義公御前での試合なのだが。
ただ、鬼とは言っても、伝説に伝え聞く物の怪ではなくて、
そこいらを荒らしてまわる、ただの野党の類に違いないだろう。
本物の鬼がこの世にそうそう存在してなるものか。
しかし、今回の鬼の討伐に成功すれば、莫大な賞金が天城忠義公より給える。
野党相手にこの賞金はおいしい話ではある。
この律された人の並びの中から、その幸運を掴める者が選ばれる。
「長瀬祐乃介、立て」
一番前にいる右から3番目の男が立った。
見た目はただの優男にしか見えぬが、物腰からして腕は悪くなさそうだ。
「次、藤田浩之進、立て」
一番後ろの真ん中に位置する男が立った。
ここにいる者の中で一番いい加減な男に見えるが、彼の腕は見た目と大違いだ。
「次、藤井冬乃丞、立て」
一番前の真ん中に位置する男が立った。
この男の試合は、自分の番の前だったので、終わるまで見ていたが、
太刀裁きは力強くないが、自然の流れに身を任せた、理にかなう流麗な剣裁きをする。
「次、千堂和樹介、立て」
俺の右隣の男が立った。
この男は自分の番が回ってくるまでの時間潰しに、試合の様子を
絵を描いていたようだが、俺が諸国を旅してたまに見かける
有名な絵師の物と変わらないくらい、いい腕を持っているようだ。
本人曰く、悲しいかな、絵を描きたいのだけれど、
家が位の高い武家だからそうもいかない、と自嘲していた。
「次、柳川裕乃進、立て」
俺の真後ろの男が立った。
この男は、俺の叔父に当たるらしいのだが、
いかんせん詳しいことがわからない。
「最後、柏木次郎衛門、立て」
柏木次郎衛門、すなわち俺だ。
俺も、いくさを生きる糧としてきた生粋の傭兵だ。
そんじょそこらの馬の骨に負けるつもりはない。
俺は無言のまま立ち上がると、
「以上の6名の者に、雨月山に巣くうと言われる鬼の討伐を命じる。
明後日、今しがた名を読み上げられた者は雨月山に向かうこと。以上だ」
まるで本物の鬼と戦わんばかりの空気だったが、
まあ別に気にすることもないだろう。
そう思った俺は、戦いの下準備をするために、まずは一人で雨月山に向かうことにした。


その日の夜は満月だった。
真円を描いた月が煌々と輝いていた。
涼やかな一筋の風が吹き抜ける、秋の夜。
そして川のほとり。
清らかな水が流れていて、その中央にぽっかりと月の姿が。
蒼い月明かりの下、俺はそこで、一人の娘に出会った。
神秘的な雰囲気を漂わせた美しい娘で、見慣れない衣服を着ていた。
その娘を一目見た瞬間、俺はあまりの美しさにすっかり心を奪われてしまった。
話すきっかけは何でもよかった。
とにかく俺は、その娘に近寄りたかったのだ。
俺は娘の前に立ち、鬼の事を機に話しかけてみる事にした。
「この辺りには鬼が出る、ひとりでいては危険だ」
すると娘は、深く澄んだ瞳で真っ直ぐ俺を見つめて、
「…オ…ニ…?…エルクゥ…デ…エゼ…?」
何やらうまく聞き取れない不思議な言葉で聞き返してきた。
一瞬、気が触れているのかとも思ったが、どうやらそうではなさそうだ。
恐らくこれは、異国の言葉なのだろう。
この娘は、どこか異国から訪れた異邦人なのだ。
「俺の言葉の意味が解るか?」
俺は娘に聞いた。
だが、言葉が通じてないのか、娘は何も応えようとはしなかった。
深く澄んだ瞳が、じっと俺を見つめている。
美しく、魂すらも魅了されてしまいそうな瞳。
「どこから来た? 異国の者なのだろう?」
言葉が通じないのを承知で聞く。
すると、娘はゆっくりと夜空を指差して、
「…レガゼ…ゼア…ネガレム…ラゼ…」
また、何だかよく解らない言葉を口にした。
言葉の意味は全く解らなかったが、
俺にはまるで彼女が、自分は月から来た、と言ってるように見えた。
「あの月から来たのか? では、お前は天の使いなのか?」
俺が微かな笑みとともに尋ねると、
「…テン? …レザム…デ…エゼ?」
娘は不可解な顔をした。
互いに通じぬ言葉を交わし、俺は一方通行な意志の疎通をはかる。
だが、娘が何者で、どこから来たのか、なぜこんなところにいるのかは、
結局何一つとして解らなかった。
ただ俺の目には、その娘が本当に月から舞い降りた天女の様に思えた。
「お前は、天女の様に美しいな」
俺が言うと、娘は不思議そうな顔をした。
「…ウツクシ…ナ? …ダル…デ…エディフェル…」
「ああ、美しい」
俺は繰り返し言った。
「お前たちの言葉では、なんと言うのだろうな」
俺がそう言って微笑むと、娘はよく解らない顔をして小首を傾げた。
「…レデゼ…ラダ…?」
今度は娘の方が尋ね返してきた。
もちろん、俺は彼女が何を言ってるのかは解らず、ただ苦笑して返した。


明けたその翌日。雨月山の鬼の討伐に向かう時となった。
俺達の勝利を祈念し、水盃を仲間内で交わした俺達討伐隊は、一路雨月山を目指す。
「おい、次郎衛門」
叔父と言う事になっている柳川が、俺に言ってきた。
「何だ」
俺はぶっきらぼうに返すと、
「このいくさ、俺には何やら作為的な物を感じる」
「作為的?気のせいだろ」
適当に返す俺。
「近頃、幕府のほうでは、雨月山の鬼に関して何やら怪しい動きがあるらしい。
もしかしたら、この討伐には何やら幕府の陰謀が隠されてるやもしれぬ」
「まさか。そんな事が起こるはずがあるまい。それは、叔父上の考え過ぎだ」
「まあ、これがただの杞憂に終わればいいのだが…」
もしもそうだとして、叔父上の言葉が正しいのでは、
と思うのは、鬼を見つけ出した直後だろう。


「雨月山ですね」
先頭を歩いていた長瀬という男が立ち止まって言った。
じゃりっ、という擦れた音が聞こえる。
誰かが砂利を強く踏んだようだ。
「ああ、そうだな」
俺は刀の鍔を鳴らすと、前方にそびえ立つ、昨夜も見た雨月山を見上げた。
あの娘は今頃どうしてるだろうか、と言う考えが俺の頭の中を過ぎる。
「ふ〜ん」
さも面白くなさそうな、この藤田という男。
やる気があるのかないのか、如何せんよくわからない。
「さて、これからどうするかだな」
雨月山を見上げながら呟く藤井という男。
「時間が掛かるかもしれないけど……山狩りでもするか?」
「…この少人数では、人海戦術が物を言う山狩りには不向きだ。
ここは、全員で固まって行動した方がいいだろう」
藤田という男の意見に異を唱える柳川。
「しかし、そう簡単に出てきてくれるかな?」
藤井という男が首を傾げる。
「何が何でも探し出すしかない。領主の命令だ」
俺が結論づけて言うと、皆は是に同意するように頷く。
そして俺達は、そのまま鬼の出る山、雨月山に入山した。
俺たちは日が沈みかけるまで山の中を探し回り、
鬼の住処と思われる縦穴の洞窟と、少し開けた平地を見つけた。
そしてこの場にて鬼を見つけたと同時に、悲劇は起こった。

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
ども、川村飛翔です
前回のSSの改訂版をお送りしています
内容は痕の次郎衛門が主役の時代となっとります
今日はスピードを考えて一本だけ





http://kobe.cool.ne.jp/khrj/