電波使い〜紺碧色の闇〜序章 投稿者: 高須 陸
「助けて……」
 聞こえてきたその言葉に、僕はとまどった。
 そりゃそうだ。いきなり「助けて」なんて言われてビックリしない方がおかしい。
 それに、何をどうすればいいのか、僕には分からないし。
 君を助けてあげることなど、僕には出来ないし。
 だいたい……
 どうして僕が君を助けられるの?
 この力があるから?
 でも、どうして?

「もういやだ」
 
 何が?

「何もかも……全部」

 嫌だったら、やめちゃいなよ。

「でも、できない」

 意気地無しなんて言わないよ。誰だって、今まで続けてきたことを投げることは怖いんだ。そう簡単には出来ないことなんだ。

「だけど……だけど……」

 やめちゃえ。

「だめ!」

 やめちゃえよ。

「だめ! だめなのよ!」

 どうして?

「どうしても……だめなのよ……」

 そうか……苦しんでいるんだね?

「うん……」

 助けてほしいの?

「…………うん……助けて、くれるの?」

 嫌だね。

「え………」

 さっきも言っただろう?
 どうして僕が君を助けなくちゃいけないんだ?
 君と何も関わりなんてないのに。
 でも、やめる踏ん切りだったら、僕は手伝ってあげるよ。

 僕の答えを聞いて、彼女は憂いに満ちていた顔を恐怖にひきつらせた。どうして、そんな顔をするのか僕には全く分からなかったが。
「嫌っ!」
 あからさまな拒絶の態度。
「嫌! 嫌あああっ!」
 そして恐怖。
 あらら、泣いちゃってるよ。
「だめ! 止まって!」
 叫びながら、快速待ちをしている人たちの列をかき分けて、彼女は一歩前に踏み出した。
 だめだよ。並んでる人に迷惑じゃないか。
『え〜、一番線に快速ぅ夏樹町行きが参りまぁす』
 朗らかな構内アナウンスが、列車がじきに到着することを告げた。
『危ないですから、どなた様も黄色い線の内側に……おい、君っ! 下がりなさい! 何してるんだ、下がれっ!』
 ほとんど悲鳴に近い、駅員の制止にも関わらず、彼女の歩みは止まらない。止まるわけがない。
「止まってえええええっ! いやああああああああああっ!」
 だって、彼女にも止めることは出来ないんだもの。
 彼女は、すでにホームの縁まで来ていた。相変わらず、ぐしゃぐしゃの泣き顔で。
 だめだなぁ……
 せめて、笑いなよ。

  *****

『お客様にお知らせいたします。え〜、先ほど当駅で人身事故がありました関係で、上下線ともに大幅に遅れが出ております。繰り返し、お客様に……』
 東口の改札を通ろうと定期券を鞄から出したところで、僕は遅ればせながらの放送に舌打ちをした。
 横を見ると沙織ちゃんも同じような顔をしている。
「ねえねえ、祐くん。人身事故だって! 誰か飛び込んだのかな?」
 しかし、すぐに持ち前の好奇心が彼女の心を乗っ取ったのか、やけに嬉しそうな顔をしている。
「やっぱりさ、こういう事って一生にそう何度も……って何度も見たくないけど、自分が毎日使ってる駅で事故発生!って、珍しいことだと思わない?」
 いつもの口調に、いつもの行動力。こういう姿を見ていると、沙織ちゃんってホントに飽きのこない性格してる。
 けど、まあ、こういう時には何だよね。
「……不謹慎だよ、沙織ちゃん……」
「あ、そっか……」
 僕が返した苦笑に、沙織ちゃんはしゅんとなった。
「でも……どーする? これじゃ三限の講義に間に合わないよ?」
「そうだね……何はともあれ、改札で遅延証明もらって、学生部に提出すれば……!」
 僕は不意に言葉を切った。沙織ちゃんが不思議そうな目でこっちを見ていたが、どうでもいい。

 ちりちりちりちりちりちりちりちりちりちりちり

 電波……だ。
 改札の向こうから、誰かが、誰かが……

(生きるのが嫌だったんでしょ?)

 無邪気に笑っている。

(絶望してたんでしょ?)

 笑っていやがる。人を死なせておいて!

 僕は駆けだしていた。
「ちょ、ちょっと祐くん!」
 沙織ちゃんの驚いた声は背中越しに聞こえたが、それにかまっている暇はなかった。
 改札を抜け、思わぬ足止めに苛立ちを募らせている人混みがあふれるホームに出る。そして、周りを見渡す。
 …………
 ……いた!
 あいつだ。
 陶然とした足取りで、西口へと続く階段に向かっている。
 いなくなる。
 電波の送り主がいなくなる。
 ちくしょう、逃げるな。
 いざとなったら、この付近全体を僕の電波で……
「祐くん!」
 沙織ちゃんに肩をつかまれ、僕は現実世界に立ち戻った。
 何を考えていたんだ、僕は。
 広範囲にわたって電波ばらまいて足止めをする?
 そんなことをしたら、大パニックになるじゃないか。
「どうしたの? いきなり走り出して……」
「ああ、何でもないんだ……ごめん」
 謝りながら、僕はあいつの姿を探した。
 だめだ。もう、いない。
「本当に、何でもないんだ」
 沙織ちゃんに心配はかけたくなかった。
 もしかすると、あの悪夢を思い出させてしまうかもしれないから。

                                   続く