幻狼院リレーSS『ボコ志保〜怒りの浩之〜』  第四話−獲物を追う者たち 投稿者: 幻狼院
「おう! あのガキども見つかったか!?」
「いえ、この辺だいたい捜しましたが、どこにも見あたりません」
「……ふん、ということはまんまと逃げられたか、もしくは……」
 兄貴分の男が、目の前にある建物を見上げた。
「この中に逃げ込んだか……だな」
「はい」
「行くぞ、おめえら。男はさっさと殺せ。女は抵抗するようなら手足を折っとけ」
「うっす」
 どう見てもカタギではない男たちが、建設途中の建物に入っていった。


 風向きを計算しながら、レミィがゆっくりと歩を進めていた。
 彼女は肉食獣顔負けの、一流のハンターであった。匂いで気取られることのない
よう、風下を選んで慎重に慎重に獲物との距離を詰めてゆく。
 もっとも、獲物――浩之たちの嗅覚では、匂いでレミィの接近を感知するという
ことはもちろんあり得ないので、はっきりいって風下に立つことにはなんの意味も
ない。
 おまけに、建設途中の建物は入り組んだ場所がら、空気の流れがデタラメになっ
ていて風向きがころころ変わり、そのたびにレミィはわざわざ風下を選んで歩いて
いるので、浩之たちとの距離は開く一方であった。
 というか、ほとんど進んでいない。レミィはいまだに一階をウロウロしていた。
「ムッ、風向きが変わった! 風下はこっちネ!」
 サササーーと足音も立てずに移動するあたり、さすがはスゴ腕の殺し屋であるが、
二階へ上がる階段から一挙に遠ざかってしまった。
「ヒロユキもシホも、なかなか逃げるのがうまいネ……ふふ……やっぱり、獲物は
それぐらい活きがよくないとネ……」
 うまいも何も、浩之たちは上の階目指して、ひたすら爆走しているだけである。
「でも、このアタシから逃げられるとは思わないことネ……」
 にやり、と物騒な笑みを浮かべるが、
「ムッ! 風向きが!」
 またもやサササーーと移動し、階段からますます遠ざかるレミィ。
 このままでは、日が暮れても浩之らのところには辿り着けないだろう。
「おい! そこにいるのは誰だ!?」
 と、大きな誰何の声が上がり、レミィは素早く物陰に隠れた。そのまま様子をう
かがっていると、硬い足音を響かせながら、多数の人影が彼女の方へと近づいてく
る。
 彼らはハイエナだ。獲物を横取りする気だ。
 ピキーンと閃いたレミィは弓に矢をつがえ、問答無用で乱射した。
「ぐわぁっ、な、なんだぁ!?」
「あの二人はアタシの獲物! アナタたちには渡さないヨ!!」
 言って、物陰から颯爽と飛び出す。
「ぬっ……! てっ、てめぇ、どこの組のモンだ!?」
 下っ端Aが目をすがめてレミィの姿を見極めようとした。
 夕焼けの茜を浴びながら、胸を張って毅然と立つ少女。
 滝のように流れ落ちる豪奢な金髪が西日に照らされ、燦然とした輝きを放ってい
る。
「へぇ……ひょっとして、あんた『金色の流れ星』か?」
 兄貴分の男が、軽く驚いた表情を見せた。
「ええ!? そいつ、確か『ハントマスター』って呼ばれてるヤツですよね!?」
「あれ? 『死神に抱かれたオンナ』じゃなかったっけか?」
「俺は『矢じりをワインと一緒に飲みほすオンナ』って聞いたことあるぞ」
 ざわめき出す男たち。
「しっかし、でけぇ女だよなぁ……」
「ムネもでけぇぞ」
「いやいや、ケツも捨てがたい……」
 今度は口々に勝手なことを言い出しはじめた。
 レミィはもう一度、デタラメに乱射した。
「ぐわぁっ、てっ、てめぇっ!!」
「Go home! アタシの獲物に手を出す気なら、容赦しないヨ!!」
 矢を撃ちまくりながら、新たな物陰へ飛び込むレミィ。
「上等だぁ!! おめぇら、かかれぇ!!」
 ヤクザ者たちが懐から拳銃を取り出した。


「はあ……はあ……はあ……」
「ちょ、ちょっと、休憩、しよ〜ヒロぉ。ぜえぜえ……」
 疲労困憊の志保が、もう走れないとでも言うようにその場にへたりこんだ。
「勝手に、しやがれ。オレは、行くぞ……」
 浩之はそんな志保を無視して、どんどん先へ進む。
「は、薄情モン〜〜」
「やか、ましわい。こうなったのは、全、部お前の、せいだろが……!」
「……そ、そんなこと、言ったって……」
「ああ、うるせぇ。文句言う、前に、とっとと、はし、れ……!」
「わ、分かっ、たわ、よー……」
 なんとか立ち上がり、重い足を引きずるようにして志保が走りだそうとした時。

 ズドォーーン、ズドオォォーーン!!

 鉄製の筒から小さな鉛玉が飛び出るさまが容易に想像できる音が、階下から聞こ
えてきた。
 思わず、凍りつく二人。
「……いまの……拳銃の音……だよ、な……」
「そ、そうでしょーね」
 建物内に、いまだ残響がかすかにこだましている。その上からかぶさるように、
さらに二度三度、雷にも似た激しい銃声がとどろいた。
「……何が、起きてんだ……? レミィ、か……? しかし、あいつぁ……」
「ええ……あのコが、持ってたのは、弓と矢のはず、なんだけど……」
 荒い息をつきながら、首を傾げる。
「つーことは、だな……おめぇのせいで、オレたちを追い回している、東鳩組の連
中が、ここにやってきた、ってとこか? で、レミィと、撃ち合ってると……?」
「……そういうことに、なるんじゃない?」
「はぁ〜あ、おめぇのせいで、ますますややこしいことに、なってきやがったじゃ
ねぇか……おめぇのせいで」
「わ、悪かったわねー。どうせ全部、あたしのせいよ!」
「そう、全部おめぇのせいだ。本当に悪いと思ってんなら、すべての元凶となった
その拳銃をとっととレミィに返してこい。そうすりゃ『オレ』は万々歳だ」
 志保が手にしている拳銃を一瞥して、浩之。
「あ、あたしはどうなるのよ! あんた、あたしに死ねって言うの!?」
「生け贄ってのは、死ぬもんだ」
「こ、この薄情モン〜〜」
 さらりと言う浩之を、志保が恨みがましい目つきで見た。

 ズドォーーン、ズドオォォーーン!!

 相変わらず、銃撃戦(?)は激しく展開されているようで、だんだんと音が近づ
いてきていることに二人は気がついた。
「やべぇ。ボヤボヤしてると、オレたちまで巻き込まれるぞ」
「そ、そうね。行きましょ」
 表情を変え、浩之と志保は慌てて駆け出した。


「Target lock on! Shot!!」
 どんな原理が働いているのか、五本の矢が金色に輝く尾を曳いて、さながら流星
のように飛翔する。避け損なった男たちが倒れた時には、レミィはすでに別の物陰
に潜んでいた。
「ちぃぃ! ちょこまかちょこまか、鬱陶しい女め!!」
 なんとか一発でも当てようと撃ちまくるものの、風のような迅さで動くレミィに
はかすりもしない。
 ハンターとハイエナは拳銃対弓矢の珍妙な飛び道具戦を続けながら、上の階へ駆
け上がってゆく。
 実のところ、上を目指しているのはレミィであって、東鳩組の連中はそれに引き
ずられているだけなのだが。
 ただ一人で大人数を相手取りながら、同時に獲物を追う。スゴ腕の殺し屋面目躍
如と言える闘いぶり。まさに、恐るべき女だった。
「ムッ! 風向きが!」
 ……いまだに風向きを計算しながら立ち回っているあたり、なお恐ろしい。
 いろんな意味で。
「ちっくしょう! あの女、いったいどこにあれだけの矢を隠し持ってんだ!? 
いくらなんでも不自然だぞ!」
「“不知火舞”状態ッスね!」
「やかましい!」
 げすっ!!
「アンディィ〜〜(がくっ)」
「てめぇ! ぶっ殺す!!」

 ズドォーーン、ズドオォォーーン!!

「じょ、冗談ッスよ、兄貴ぃー!! うひゃあっ!!」
 東鳩組……愉快な連中である。


「Shit!」
 矢筒が空だということに気がつき、レミィは眉間にしわを寄せて舌打ちした。ど
うやら“不知火舞”状態ではなかったらしい。
 移動しながら、素早く周囲に視線を走らせる。何かこだわりでもあるのか、風向
きの計算はいまだに怠っていない。
 部屋の隅になんらかの資材が転がっていた。レミィはそちらへ近寄ると、長方形
の大きな板を取り上げた。それを弓につがえる。
「Target lock on! Fire!!」
 縦が1、横が3メートルほどの板が金色の尾を曳いて、さながら流星(?)のよ
うに飛翔した。
「なんじゃ、そらぁっ!?」
 もろに喰らった二人が、もんどり打って倒れる。
 次は角張った長い木材が飛んでいった。さらに、鉄筋コンクリートのブロック片
が飛んでいった。
「な、なんちゅう馬鹿力だ!!」
 慌てて物陰に隠れる男たち。
「No! 矢は力で飛ばすものじゃないワ! 心技体すべてがそろった時、初めて
矢は飛ぶのヨ!!」
「こんなもんを矢にすんなぁーー!! ていうか、なんでこんなもんが弓で飛ぶん
だぁーー!!」
「心技体、すべてがそろっている今のアタシに飛ばせないものはないワ!!」
 さっき板を喰らって倒れた二人のうちの片割れが飛んでいった。
 スーパー頭突きだ。
 金色の尾を曳いているから、スーパーコンボの鬼無双かもしれない。
「次はアナタたちを飛ばしてあげマス!!」
「ムチャクチャだぁ!!」
「今なら、金色の尾を曳いて流星のように飛べるのでお得ヨ!!」
「いらんわぁーー!!」
 男たちは叫び声をあげた。


「ぜえっ……ぜえっ……や……やっと……」
「お……屋上、ね……ひい……ふう……」
 階下でのんきな闘いが起こってるとは露知らず、浩之と志保の二人はやっとの思
いで最上階の屋上までたどり着いた。
 激しく息切れをしているが、そんな思いをしてまで走らなくても十分間に合った
と思われる。
「な……なんか、言った、か、志保?」
「え……? 今の、ヒロじゃ……ないの?」
 くたびれた顔を付き合わせる二人。
 しばし不可思議な顔をしていたが、ややあって浩之と志保は同時に尻もちをつい
た。
「つ……疲れたぁ……」
「ね、ねぇヒロ……それで……どうすんの……これ、から……?」
「し……知るか……」
「ちょ、ちょっとぉ……!」
 志保がまなじりをつり上げる。
 二人の荒い呼吸も、ようやく収まりを見せ始めていた。
「あのなあ……元はと言や、おめぇが、悪ぃんだろが……!! なんで、オレが、
おめぇに攻められなきゃ、ならねえんだよ……!」
「う……こ、こういう時ぐらい、男らしい包容力を、見せなさいよー!」
「けっ。なんで、おめぇなんかに、見せてやる必要があんだよ?」
「うぬぅ……覚えてなさいよ、ヒロォ。次の志保ちゃんニュースを楽しみに、しと
くのね……!」
「生きて帰れたらな」
 浩之のぶっきらぼうな物言いに、志保はうっと呻いた。
 銃声は、ときおり思い出したように今でも響いてくる。
 サイレンサーをつけていない銃をこれだけ散々撃ちまくっているのだから、いい
加減警察にも通報が入っているだろうし、そろそろ駆けつけてきてもおかしくない
のだが……。
 そう、浩之が言うと、
「じゃ、じゃあ時間との勝負ってとこか……」
「ま、そういうことになるな……」
 浩之は後ろ手に地面に両手をついて、暮れゆく陽をぼんやりと眺めた。
 街全体を夕闇が支配し、西の空には血のような朱が広がっている。
 涼しい風が髪を頬をやさしく撫でて通り過ぎ、身体から発散する熱を冷まさせて
くれる。火照った身体に、とても心地がよかった。
 街のあちらこちらで、道路を行き交う車の駆動音とクラクションの音がかすかに
響いている。
 目線の高さでは、一日の終わりを告げるスズメやカラスの鳴き声。
 どこか遠くから、ヘリのローター音が聞こえてきた。
 空ではゆったりと雲が流れ、銃声も今はやんでいる。
 いつの間にか、極めて日常的な空気があたりに漂っていた。
 漫然と座っている浩之を見、志保はわずかな逡巡ののち、ためらいがちに口を開
いた。
「……な、なんか、平和って感じよねー……」
「この建物以外はな」
 グッと言葉に詰まる。
「……わ、悪かったわね……あんたまで巻き込んだりして……」
 少し沈んだ調子で志保が言った。
 浩之が振り返ると、志保は落ち着かなげに床に目を落とした。
「おまえ……」
「……な、なによ……」
「どっか撃たれたのか?」
 あまり心配そうには見えない顔で、浩之が訊ねた。
「撃たれてないわよッ!!」
「そうか? それならいいけど」
「あ、あたしだって反省する時ぐらいあるわよ!」
「ごくたまにな」
「う、うぐぐ……」
 志保は、白くなるまで拳を固く握りしめた。
「……気にすんな。そのかわり、生きて帰れたらヤックおごれよ」
「え……あ、うん……分かった」
 ほんのわずかに声を弾ませ、志保は顔を上げた。
 建設途中の建物の屋上、沈みゆく太陽が投げかける断末魔にも似た炎が、すべて
を朱く染め抜いている。
 ふたたびぼんやりと日没を眺めはじめた浩之の顔は、もちろん朱い。
 特別な熱を宿す視線で、浩之の横顔を見つめている志保の顔もまた、朱かった。
もっとも、彼女の場合は別の意味で朱くなっているのかもしれないが。
(あなたの横顔……か。あかりはずっと、この横顔を見つめてきたのよね……)
 志保は心の中で諦めの溜め息をついた。

 バラバラバラバラバラバラバラバラ……………………………

 大気を震わすローター音がかなり近づいてきていた。
 しかし、浩之と志保は気にも止めていなかった。
 さっきから聞こえてはいたものの、浩之も志保もまさか自分たちに用があるとは
思えなかったからだ。
「聞こえる? 浩之」
 いきなり名を呼ばれ、浩之は思わず志保と顔を見合わせた。それから、弾かれた
ように天を振り仰ぐ。
 外部スピーカーから流れてきたその声には、聞き覚えがあった。
「あ、綾香!?」
 気がついた時には、その名が勝手に口をついて出ていた。




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えー、貸借天です。
いきなりですが、すいません。
9割方書き終えたところで、第3話の時点で時刻はすでに夜7時過ぎになっている
ことに気づいてのけ反ったのですが、もう書き直す気力がなくて強行しました。
あああ、ごめんなさいです。
それ以上にごめんなさいが、アンカーのくま様。
しりとりで言うと、「カラス」→「酢」→「スイカ」の場合、オレは「酢」という
ことになり、すべての謎をほっぽりだして次につなげてしまいました。
いろいろ考えたんですが、思いつかなくて……。
というわけで、くま様。すいませんが頑張って下さい。
では、さよなら。

ちなみに、「エ○フを狩るものたち」を参考にしたわけではありません。