バトルッチ・ノアル・フウケイ 1/2 投稿者:くのひち・トム
 はじまましてー。という気持ちで書きました。
 見なかったことにしてくださいね☆(汗)
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

『お節介という病気』

 ふっ、と気が抜ける。
 言葉にしたら、それは『驚いた』『見てはいけないもんを見た』なんてことなんやろ
うけど、実際はもっと複雑な気分やった。
 そぅやな……ホンマはあの人のことを、応援しとったのかもしれへん。…心のどこか
で。

 ことの始まりは今から一時間ほど前、塾へ行く途中で藤田くんとD組の雛山さんを見
かけたところから。
「しかし、よく手に入ったなぁ」
「この日のために、徹夜して整理券を手に入れたの」
「徹夜ぁ? 気合入ってんな」
 思わず身を隠す自分に、『なんでうちが隠れないかんの?』とツッコミを入れつつも、
いまさら出て行くのは恥ずかしいし……ちがぅ、藤田くんがなにをしていようとうちに
は関係あらへん。また、しなくてもいぃお節介を焼いてるだけなんやろ。
 あれは確かに雛山さんや。うちには関係ないことやけど、学校で藤田くんの隣に座っ
とると知らんでもええことまで耳に入ってくる。ホンマ、勘弁してほしいわ。
「それって楽ちんなのかよ…?」
「早起きするより、ね……キャッ!」
 雛山さんがコケたのが見える。どないしたら、あんなとこでコケられるんか。でも、
わざとじゃなくマジでコケたんはわかる。結構いいコケしとるやないの。
「イタタ…。あれ? どうかしたの?」
「…パンツ見えてっぞ」
「あ、あれっ!? …コラッ、藤田君のエッチ!」
「勝手に自分で見せたんだろ〜」
 智子ちゃんニュース……。
 ……ずいぶん勝手な言い分やなぁ、藤田くん。雛山さんの方もなんか嬉しそうやし。
……なんかアホらしゅうなってきたわ。早よ、塾行こ。
 なに? 何か落ちてる。何やの? …雛山さんが落としたように見えたけど。
 ――そのとき、微かに甘い香りがした。コロンのような人工的な匂いやなくて、こう
何て言うか……高原の澄んだ水の感じ。
「…………」
 あれは…来栖川のお嬢さんやないの。何でこないなところに? …まさか、あの人も
藤田くんの後をつけて? …いや、うちはつけてなんかいないけどな。
「…………」
 来栖川さんは、ポケベルみたいなものを拾い上げると顔のすぐそばまで近づけた。匂
いを嗅いでいるんやろか?
「…………」
 やっぱ雛山さんに届けるんやろか? それとも警察に届ける? そうやな、来栖川さ
んも誰が落としたんか判らんもんな。警察に届けてそれで終わりや。なんもうちが心配
するようなことあらへんやないの。
 眼前でポケベルみたいなもんを凝視したまま固まっていた彼女は、やがてそれをスカ
ートのポケットに忍び込ませた。
「お嬢さまああああぁぁぁ、探しましたぞおおおぉぉぉ!!」
 そこへいかにも良家の執事っぽい老人が駆けてくる。一瞬、財閥解体前の時代にタイ
ムスリップしたかのような錯覚に陥る。
「ささささ、お嬢様、お車の方へどうぞ」
 執事の老人に引かれるように来栖川さんは、歩き去っていく。
 ――ちょっと待ち! それ警察に届けるんやないの? だったら方向が違うんとちゃ
うんやないですか?
 そんな言葉がノドまで出掛かる。でも、言えんかった。
 なんで? なんで何もできんかったん?
「……はぁ」
 ふっ、と気が抜ける。
 もしかしたら、藤田くんと雛山さんの仲を焼いてたんか、自分? いや、そないなこ
とあらへん。うちはうちの道を行くまでや。余計なことに気ぃつこうて、成績落とすわ
けにはいかん。そうや、それでええんや…

 それでも、塾の講義中いろんな思いが頭を駆け巡る…来栖川さんはやっぱり警察に届
けたんやろか? 雛山さんはポケベルみたいなもんを探しとるんやないやろか? 藤田
くんは……
 結局その日は、最後の講義を受けずに進学塾を後にした。

「はーーー、うち何してんのやろ…」
「よう、委員長、塾の帰りか?」
 驚くより早く、身体がビクンと反応する。なんや、うちが意識しとるみたいやないの。
「……藤田くん、何か用?」
 それでも、冷静さを失わずに答える。
「いや、用って程じゃないんだがな…」
「なんか…探し物が見つからんって顔やな」
「ん? ああ、よく判るな」
 そりゃね。見とったもん。見とったけど、何も言えんかったんや…うち。
「それで…何を探してたん?」
「バトルッチって、携帯型のゲームなんだけどよ。どこの店に行っても品切れ中でさ、
ホント弱ったぜ」
「ふーん、バトルッチって小学生の間で流行っとるヤツやろ。な、なんで藤田くんが探
しとるの?」
 知っている。雛山さんが落としたからや。でも、それでもうちは『いや、友達がさ、
落としちまってよ』なんて答えを心のどこかで期待してた。
「ああ、大切なもんなんだ。絆とでも言うのかな?」
「へえ、そうなんや…」
 恥ずかしいわ、うち。何もできん自分が。保科智子ぉ、自分ホンマに傍観者でええん
か? 神戸に帰ることだけ目指してて、ええの?
「な、なあ藤田くん。数学の宿題やった? 結構量があったけど、明日までやで」
 なんとなく、そんなことを口に出していた。
「げげっ、そうだった! やべえ、オレ全然手ぇつけてないぜ」
「……うちが、教えよか?」
「へっ!?」
 驚きの表情のまま、藤田くんの顔が固まる。意外という文字が、まるで顔に書いてあ
るような感じやな。
「なんやの? イヤ…なんか?」
「え? あ、いや。こっちは大歓迎だぜ。でもいいのか、委員長? あんまり遅くなる
と家の人が心配するんじゃないか?」
「ええよ。今日はこれでも早いほうやし」
「そっか、悪ぃな。恩に着るぜ」
 その日は、藤田くんの家で宿題をしながら、あのバトルッチがどうなったんかをずっ
と考えていた。

 翌日。
「うがっ! プリント忘れたっ!」
 数学の授業が始まると同時に、隣からうめき声が聞こえる。
 そこまで責任持てんわ。と心の中で呟いてみる。神岸さんが心配そうに振り返るのが
視界の隅に写った。
「それでは、課題のプリントを机の上に出すように。忘れた者は立て〜」
 ズガガガ…と椅子を引きずる音が、左耳から右耳にすり抜けていく。
「なんだ藤田一人か? 忘れたの。やっぱ親御さんが留守にしてると、生活態度が弛ん
でくるのか? なぁ、藤田」
「…スンマセン」
 うちは関係ない。うちは関係ない。うちは関係ない。うちは…
「先生!」
「なんだ、保科。突然立ちあがって?」
「藤田くんは、ちゃんと課題をやりました。うちと一緒にやったから間違いありません」
 それだけ言うと椅子に座り直し、再びノートに没頭するように顔を埋める。教室が微
かにざわめくのが感じられた。
 ……なんで、なんでこんなこと言うたんやろ? 首の辺りがえらい熱いわ。…きっと
耳まで真っ赤なんやろな。
「ん? そうなのか、藤田? 課題はやったのか?」
「…ええ、まー」
「そうか、なら座れ。明日にでも私のところに持って来るようにな」
「…はい」
 うちには関係ないやないの? ああもう…みんなの顔が見れへんわぁ。
 ガタッ。藤田くんが座りながら、小声で『サンキュ、委員長』と言うのが聞こえた。
 ……お節介焼きも結構ええかなと思う。

 ま、うちには関係ないけどなぁ。

 * * *

『曲がらず真っ直ぐに』

 ふと空を見上げる。いい天気。これなら夕刊も配りやすそう。
「…………はぁ」
 なんて、気持ちを誤魔化そうとしてもだめね。
 良太ごめんね。お姉ちゃん結局何もできなかった…藤田君にも。でもね、きっとこれ
はお姉ちゃんが悪いんだよ。良太にも藤田君にも、いい顔見せようとしたんで罰があた
ったんだね。
「雛山さ〜ん!」
 不意に呼ばれ、現実に引き戻される。
「は〜い!」
 返事をして、それが藤田君だと気が付いた。走ってきたのか、顔が紅潮している。沈
んでいた心にエンジンをかけながら、平静を装って訊く。
「どーしたの? 藤田君」
「ハアハア…。見つかったんだよ」
 息を切らしながら、藤田君が言う。
「え? なにが?」
「バトルッチがだよ」
「え、うっそ〜っ!」
 そのあと自分が何を言ったのか、よく思い出せない。ただ、たくさんの天使たちがフ
ァンファーレを吹き鳴らして、藤田君扮する王子様がガラスの靴を届けにくる…そんな
イメージが頭の中をぐるぐると回っていたような気がする。
 まるでおとぎ話の中に自分がいるようだった。いえ、確かにそれはおとぎ話なのかも
しれない。やさしい気持ちから生まれた舞台。。でも、この話はハッピーエンドを迎え
ることはできない。
 ――なぜなら、そのガラスの靴はわたしのものではなかったから。
 藤田君の持ってきてくれたバトルッチは、わたしの落としたものではなかった。それ
に気が付いてから、どうしたらいいか? という問いがわたしの中をぐちゃぐちゃにし
ていく。まるで、心の編み目がほどけて、もつれていくような感じで。
 次の休み時間、どうしていいか判らないまま中庭の辺りを歩いていた。この辺りは人
が少なくて考え事をするには、いいと思う。
「ちょっとええ? 雛山さん」
 と思ったら、いきなり後ろから声を掛けられる。
「は、はい?」
 振り返るとおさげ髪に眼鏡を掛けた生徒が立っていた。同じ女性だけれど、その瞳が
とても綺麗だなと感じる。鋭く、そして哀しげな瞳。
「……えっと、その、なんや……」
「はい、わたしがなにか?」
 何か躊躇しているような口調。この人はえっと…
「ばっ、バトルッチは見つかったんか?」
「えっ、あっ、はい?」
 予想もしてない問いに、息が詰まる。一瞬、バトルッチっていう外国の人でも居たん
だっけ? …なんて考えてしまう。
「バトルッチは見つかったん?」
「バトルッチって、あの…」
 藤田君から、何か聞いているのかな? そうだよね、二人だけの秘密なんてことはな
いもんね。そんなわたしの心のもやもやなど吹き飛ばすかのような鋭い声で、目の前の
彼女は質問を繰り返す。
「そうや、雛山さんが落としたバトルッチ。あれ、見つかったんか?」
「わたしの落としたバトルッチ……それはまだ……でも――」
「まだなんか、まだ見つかったへんのやな! わかった、うちにまかしとき!」
 わたしが言い終わらないうちに、その人は一人納得して走り去ろうとする。
「――あ、ちょっと待って!」
 わたしが声を掛けると、急制動をかけたその人のおさげがふわりと前方に泳ぐ。
「なに?」
「あの、なんでバトルッチのこと…」
 自分でも情けなくなるような声で呟くと、彼女は初めてフッと笑った。
「簡単なことや。自分に正直になろうと思ぅた。ただそれだけや」
 本当に『それだけ』言うと、今度は声を掛ける間も彼女は走り去っていった。訊きた
かったことは訊けなかったけど、彼女の言葉が心に引っかかっていた。
 ――自分に正直に。
 そう…心のどこかでこのまま黙っていれば良太が喜ぶし、藤田君には後で改めてお礼
をしよう…なんてことを考えていたのかもしれない。でも。
 そうじゃない、そうじゃないんだよね。それじゃあ、良太も藤田君も二人とも騙すこ
とになるもんね。言おう、正直に。
 ありがとう…えっと、あの……そう言えば、名前訊いてなかった……。

 放課後。
 わたしは藤田くんに、バトルッチのことを話した。
 ――いえ、ありのままの自分の気持ちを……


 そして…4月29日。
「良太、誕生日おめでと。ほら、プレゼントだよ」
「ネーチャン、ありがと。でももう、もらったぞ!」
 はあ? もらったって? 良太何言ってるの?
「もらったって、誰に?」
「ネーチャン」
「ど、どこのねーちゃんによ?」
「りおネーチャンにだ!」
 へっ? 意味がよくわからない。かと言って人を騙すような子じゃないし…。
「わたしに? 何言ってんの、良太?」
「でも、もう一度もらうぞ、ネーチャンのプレゼント」
「う、うん、オメデト、良太」
 わたしは狐につままれた感じのまま、良太の誕生日を祝った。よくわからないけど、
とにかくよかったと思う。

 ありがとう、藤田君、そして…おさげさん。